2015年05月02日

憲法を考える

 朝日新聞デジタル  耕論5/1

長い間、論争の的になってきた日本国憲法第9条。日本人は近い将来、これを書き換え、あるいは手放すのだろうか。憲法記念日を前に、改めて9条の意味を考えてみたい。


 ■無辜の民を守る防波堤 俳優・宝田明さん

 11歳の時、旧満州(現中国東北部)のハルビンで日本の敗戦を目の当たりにしました。旧ソ連軍が攻めてきて、関東軍は武装解除され、街は無政府状態に陥りました。

 父親が満鉄の技師だったため、満鉄の社宅に住んでいました。夕食時、略奪したたくさんの時計を腕に巻き付けたソ連兵が土足で入って来て、銃をほおに突きつけられました。じっと我慢しましたが、ガタガタと歯が音をたてて鳴っているのが聞こえました。

 ある時は、近所の奥さんが買い物帰りに2人のソ連兵に捕まり、連れて行かれるのを目撃しました。あわててソ連の憲兵隊に駆け込んで助けてもらいましたが、この時の衝撃は忘れられません。

 ソ連軍の強制使役で石炭を貨車に積み込む作業をしていた際に、大勢の日本兵を運ぶ車両が見えました。「2人の兄がいるかもしれない」とそばに行くと、見回りの兵に腹を撃たれました。元軍医が裁ちばさみで傷を切り開いて弾を取り出してくれましたが、麻酔なしです。握りしめていたベッドの柵が曲がっていました。こんな経験から、戦後、どんなに素晴らしいロシアの映画やバレエを見ても、私は感動できませんでした。

 国家の命運を動かすのは一握りの人間ですが、いつの時代も、戦争で最も苦労するのは無辜(むこ)の民です。人命尊重の思想を礎に、「二度と愚かな戦争を繰り返してはならない」という、多くの日本人の反省の思いが刻まれている憲法9条は、時代を超えて引き継がなければなりません。

 それには、日本が無謀な戦争に突き進んでいった歴史を教育現場できちんと教える必要があると思います。戦国武将の話よりも、近現代史に多くの時間を割いて欲しい。若い世代に歴史の真実を知ってもらえれば、平和を希求する9条の普遍的な価値を理解してもらえると思います。逆に歴史の真実を学ばないと、歴史に殺されてしまいます。

 旧満州から引き揚げる際、可愛がっていた雑種犬を連れていけないので、エサや水と一緒に大きな石炭箱に入れました。「ケリー、優しい飼い主に出会ってね」と願いながら。家を離れ、ハルビン駅での厳しい検査を終えて汽車に乗りこみ、外を見ると、プラットホームにケリーがたたずんでいました。私たちを見つけると、ケリーは窓に飛びついてきました。

 汽車が動き出してもケリーは必死で追いかけてきました。やがて、窓からケリーの姿は見えなくなりました。この光景は、今も私の脳裏から離れることはありません。

 これが真実です。歴史の真実を伝え、9条を守り抜くことが、戦争を知る世代の責務だと思っています。9条は無辜の民が戦争に巻き込まれないための最大の防波堤なのですから。

 (聞き手・古屋聡一)

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 たからだあきら 34年生まれ。「ゴジラ」「ミンボーの女」など出演映画多数。舞台「ファンタスティックス」で芸術祭大賞。共著「平和と命こそ」。


 ■「戦争しない国」の強み フォトグラファー・安田菜津紀さん

 戦禍から逃れてきたシリア難民やイラク難民の人たちを取材しています。今年も2月に現地を訪れました。

 難民キャンプで「どこの国から来た」と聞かれて「日本から」と答えると、「いい国だ。平和的だし人も優しい」と言われます。「日本はどこも攻撃しない国だから歓迎する」とも言われました。

 彼らは、憲法9条の条文は知らなくても「日本は戦争をしない国」ということをよく知っています。私は、日本に9条があって、守ってきたことを誇りに思っています。

 でも今後はわからない。このまま日本が集団的自衛権の行使を認めたり9条を変えたりして「戦争が出来る国」になってしまったら……。「なんだ日本もほかの国を攻撃するのか」「戦争を後押しする国なのか」という意識が広がり、態度が変わっていくでしょう。出会った難民の人たちの故郷に米国が空爆するのを後押しする国になっていくかもしれない。彼らの失望を想像すると、苦しくなります。

 イラク難民の男の子がこう言いました。「知ってる? 戦争になったら僕たちチェスの駒なんだ。チェスって動かしている人間はぜんぜん傷つかないけれど、駒はどんどん傷つくだろ」。日本にその言葉を持ち帰ろうと思いました。私たちは駒でなく意思をもった人間だ、だから意思をもって傷つけあうのはやめようと。そのためには9条を、私も今まで実感がなかったけれど、もう一度9条の存在が輝ける社会をつくりたい。

 でも私たちの世代は、内心では9条は大事だと思っていても、なかなか言えないというイメージがある。「変な人」扱いをされたり特殊な運動をしている人に見られたりするんじゃないか、と。

 しかもよくわからない。だから黙っていよう。ツイッターなどで攻撃されるのもいやだ。どんどん、語りにくくなっている気がする。そこにどうやって穴を開け、広げていくか。それは伝える仕事をしている私たちの役割です。

 たとえば写真や音楽などアートと組み合わせる。あるいは「改憲したらこんなに大変だ」と脅すだけではなく、9条が守られたらこんなふうにいいことがありますよ、こんなに優しい世の中になるかもしれませんよって。

 中東にいると、9条を持つ日本だからこそ出来る国際支援があることがわかります。紛争で生まれる憎しみの連鎖を絶つ、せめて増幅しないようにすることです。

 米国の団体が支援しようとしても、反米感情や「戦争している国が今さら何だ」という反発にぶつかることがあるそうです。日本は違います。「平和な国の人たちが支援してくれるのなら」と受け入れられやすい。これは日本ならではの強みです。

 (聞き手 編集委員・刀祢館正明)



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 やすだなつき 87年生まれ。東南アジア、中東、アフリカなどの難民や貧困を取材。ウガンダのエイズ孤児たちの写真で12年に名取洋之助写真賞。


 ■損得で考えれば国益に ドワンゴ会長・川上量生さん

 今後10年以内に、日本は何らかの戦争に巻き込まれる可能性が高い。そう思っている人は少なくないでしょうし、僕もその一人です。

 現在の国際情勢は「世界大戦の序章」と言ってもいいぐらいです。過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭し、イエメンでは反政府勢力が制圧した首都にアラブ諸国が空爆をしている。ウクライナでは、ロシアが領土拡大への野心を持ち、親ロ派と親欧米派との戦闘が収まらない。

 アジアでも中国のチベットや新疆(しんきょう)ウイグル自治区で民族対立が高まっている。中国政府が国際社会の目をそこからそらすため、尖閣諸島に突然上陸するというのは、十分ありうるシナリオではないか。

 そんな状況下で、日本に憲法9条があるのは、「こんなに素晴らしいことはない」と考えています。

 そもそも、憲法9条は敗戦のペナルティーとして、米国から押しつけられたとも言える。だけど、多くの日本人が護憲を言い続けたことで、米国は日本の軍事力を活用できず、困っている。米国が想像もしなかった展開で痛快でさえあります。

 日本が対米追従の外交を強いられがちな中で、憲法9条は戦争に加わらない口実として、数少ない切り札となってきた。戦争のリスクを減らすために、憲法9条はこれからも有効でしょう。日本政府にとっても、憲法9条があった方が都合がいいんじゃないでしょうか。

 仮に中国が尖閣で限定的な武力を行使しても、自衛隊が現実に存在している以上、日本を守る戦力としてきちんと機能するでしょう。憲法9条があろうとなかろうと、日本を守る上で困ることはない。

 軍事衝突が現実になれば、日本は憲法9条を速やかに放棄し、急速な軍事国家化を進めるでしょう。これは中国にとっても望ましいことではない。つまり憲法9条には、相手が仕掛けてくるのを抑止する効果が期待できるのです。

 だから、集団的自衛権の行使や改憲はできるだけやらない方がいいし、国民は反対するべきです。「こうあるべきだ」という理念ではなく、「得か損か」というリアリズムで考えれば、憲法9条がある方が、日本の国益にとって絶対にプラスだからです。

 一方で僕は、国民の多くが安倍政権を支持しているのも、正しい選択だと考えています。国際的緊張が高まっている時には、安定した強固な政権の方が安全保障上のリスクを少なくできるからです。

 ネット上の言説を見れば、改憲論が優勢に見えるけど、それは一部の人が繰り返し言っているから。若い人たちの本音は「改憲されて徴兵制が導入されるのは、絶対嫌だ」ということでしょう。改憲に賛成する人は多くないと思います。

 (聞き手・太田啓之)

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 かわかみのぶお 68年生まれ。97年ドワンゴ設立。子会社ニワンゴで「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」を運営。近著「コンテンツの秘密」。
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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