2015年05月31日

夏休み:ホストファミリーを体験してみませんか?  7/30(木)〜 8/5(木)

本年は、イギリス、アメリカ、カナダの英語圏の他、オランダ、ノルウエー、ルクセンブルグ、デンマーク、ノルウエー、フィンランドなどからWCI*の学生ら約20人が我孫子に滞在します。
そこで、我孫子(柏)の方でホームステイを受け入れて頂けるご家庭(ボランティア)を探しています。
これまでにも赤ちゃんのいる家庭、小中学生、高校、大学生のいる家庭、ご夫婦だけの家庭でも受け入れていただきました。

これからの国際交流は、あなたの出番です、気楽にお手伝いくださる=おもてなし、です。

<説明会のお知らせ>
既に、我孫子市広報、イースト情報でもホストファミリー説明会を告知しました。
6月13日 10時から けやきプラザ 和室、
  27日 10時から けやきプラザ 第2会議室 

 特別なことは必要ありません。
 布団と朝夕の食事を提供くださるボランティア精神をちょっぴりお貸しいただけることだけです。
 言葉を気にする必要は一切ありません。英語よりも助け合える、受け入れるハートです。
 日本を学ぼうとやってくる学生が中心だから、日本人と交流することが目的です。 
 日中は、プログラム参加のため移動して、市内のイベントなどに参加します。
 それでも心配という方にも、楽しい交流を続けてきた受け入れ団体のサポートがあることなど、ご説明します。
 説明会に参加いただけなくても、引き受け家庭(ボランティア)になっていただくのはOKです。

  ★お問合せ:
      あびこホストファミリーの会(渡辺和子/つくし野)
      電話1(プッシュホン)04-7183-0406 
      K_watanabe319524●yahoo.co.jp(●を@に変換してください)
 

ワールドキャンパスインターナショナル(WCI)は、世界各国の若者を集め、日本の各地でホームステイしながら交流・学習プログラムを行う団体です。交流・学習プログラムは各地域の人たちが独自に企画し運営するものです。
我孫子では、毎年訪れて楽しい交流を続けて好評です。

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2015年05月30日

大阪はラテン系?!

2006年4月からNHKのBS放送で『cool japan』という番組の司会者が、
10年目に突入した2009年10月に、100回記念番組の時に、世界各国100人の外国人にアンケートを取りました。それまで、番組で取り上げたもので、これはクールだと思ったものをあげてもらったのです。

その中のベスト20は次のようなものでした。
一位、「洗浄器付き便座」
二位、「お花見」
三位、「100円ショップ」
四位、「花火」
五位、「食品サンプル」
六位、「おにぎり」
七位、「カプセルホテル」
八位、「盆踊り」
九位、「紅葉狩り」
十位、「新幹線」
十一位、「居酒屋」
十二位、「富士登山」
十三位、「大阪人の気質」
十四位、「スーパー銭湯」
十五位、「自動販売機」
十六位、「立体駐車場」
十七位、「ICカード乗車券」
十八位、「ニッカボッカ」
十九位、「神前挙式」
二十位、「マンガ喫茶」

十三位の「大阪人の気質」について。
番組でこういう特集を組んだのです。
それは、外国人の中から、「どうも大阪人は、私たちがイメージしている日本人と違う」という声が聞こえてきたらからです。 内気で恥ずかしがり屋で、奥ゆかしい、思ったことをなかなか口にしない、という日本人のイメージと、どうも大阪人は合わないと言うのです(僕が言っているんじゃないですよ。番組に出た、多くの外国人が口を揃えて言っているのです)。

それほど言うのなら確かめてみましょうと、2009年、大阪でロケをしてみました。
やることは簡単。外国人が、街を歩く大阪人に突然、葵の印籠を見せて「コノインロウガメニ ハイラヌカ!?」とたどたどしい日本語で言うだけです。
日本に住んでいる人ならみんな知っている『水戸黄門』のパロディーです。
呆れたことに、いえ、驚くことに、印籠を尽きつけられた大阪人は、九割近い人が、「ははあ〜」と言いながら、ひれ伏す真似をしました。

ロケ地が大阪城の近くだったので、ひれ伏さなかった残りの一割は大阪以外から来た観光客なんじゃないかと僕たちは想像しました。 二〇人がぐらい土下座の真似をしてくれる人を集めるのに、二時間はかかるかなと考えていたのに、二〇分で予定人数は集まりました。

東京で、事前にロケをしましたが、誰一人、やってくれませんでした。
印籠を突きつけられた人はみんな、戸惑い、ポカンとし、照れ笑いをしながら、「えっ?なんですか?」「印籠ですね…」「ごめんなさい」などと反応しただけでした。

大阪の結果に、外国人も番組スタッフも僕も、大笑いして感動しました。
「これは、まるでラテンのノリなんじゃないの?」と口々に言いました。

歩いている人の前で突然、バナナを取り出し「ハイ モシモシ チョットマッテクダサイ」と言い、相手に「デンワデス」とバナナを差し出すというネタもやりました。
これまたほとんどの大阪人は、当然のようにバナナを受け取り、「はい、もしもし」と耳に当て、すぐに「バナナやないかい!」と外国人に突っ込みました。

業界用語で言う「ノリ ツッコミ」ですね。
一回、相手のボケに乗って、その後、突っ込むという技です。
バナナを突き出され、一瞬、戸惑う子供に、横で「アホ、ちゃんと受けんかい。もしもし、やろ」と、ノリを指導する父親もいました。

どうしてそんなことを言うんですか?と訊けば、「いや、当然のことでしょう」としごく普通の顔で答えてくれました。 実は、「回転寿司」も「カラオケ」も「インスタントラーメン」もすべて大阪で生まれて世界にひろまったものです。

どれも、感動的な発明というよりは、思いついた時にはちょっと笑ってしまう雰囲気があります。
いえ、バッタもんの匂いさえします(笑)。でも、たいていの発明は、最初のとっかかりはバカバカしかったり、恥ずかしかったり、くだらなかったりするものじゃないかと思います。
笑われても試行錯誤を続けることで、世界に通じる発明になるのでしょう。

こういうものを発明できたのは、くだらないことを言って笑われることを、たいして気にしない文化に育っているからじゃないか。くだらないことを思いつき、言い出し、製品化することに抵抗が少なかったんじゃないかと考えるのです。

それともうひとつ「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」は、大阪では発生件数がとても少ないのだそうです。
電話を受けた母さんが、「あんた、誰や?」と徹底的に突っ込むからでしょうか。

これまた不思議ですが、なんとなく納得する大阪人の特徴です。
ベスト20を発表すると、たいてい、この十三位に質問が集中します。
でも、外国人が面白がっているのですから、堂々の十三位入賞なのです。

大阪の人に話す時は、オチがない話をすると怒られる、というのもある、ある、なのです。
面白くないヤツと思われると相手にされないという。
子どもの頃から、常に面白いネタを探し、面白い話をすることが習性となっているのが大阪人だからだ、という。それは、「アホにもなれる」ということ 「アホになれ」には、見栄を捨てて、世間体なんかは気にするな、自分の殻をやぶれ、非常識を恐れるな、失敗を気にするな、等々の意味が込められています。
そして、その根底には、正しいか正しくないかではなく、楽しいか楽しくないか、面白いか面白くないか、という価値観がある。

これは、何も大阪人だけではなく、自分の殻をやぶろうとするのに必要な気質です。
大阪人気質は日本人はおもろいということを教えてくれる。

参照;
鴻上尚史  『クール・ジャパン!?』講談社現代新書
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2015年05月29日

東京市場のこのところ

28日の東京株式市場は続伸し、日経平均株価の終値は前日比78円88銭高の2万0551円46銭。値上がりは10営業日連続となり、これは1988年2月以来、27年ぶりのこと。終値としては2000年4月12日(2万0833円21銭)以来、15年1カ月ぶり高値をまた更新した。

 終値ベースで年初来高値を連日で更新しており、IT(情報技術)バブル期の高値である平成12年4月12日の終値(2万0833円12銭)超えが視野に入ってきた。

 東証1部上場企業全体の時価総額は取引時間中に一時600兆円を超えた。終値の時価総額は599兆3274億円。東証1部銘柄の騰落は、値上がり907、値下がり842と拮抗したが、東京電力、3メガバンク、トヨタ自動車など売買代金上位の銘柄はそろって値を上げた。

米国経済の持ち直しも底堅く、原油価格の回復によるシェールガス・オイルの投資底打ち、低金利と雇用・賃金増加による個人消費、住宅投資の回復と好調いある。そこで、9月にも政策金利を引き上げるとの観測の下に、ヘッジファンドがドル買い・円売りを活発化している。

 夏に向けて、1ドル=125円、秋には128円ぐらいまで行くとなると・・・。海外旅行の方は、必要なドルは123円ぐらいのここらあたりで手当てしておくなどというのは、目先として良いでしょう。


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2015年05月28日

国会論争:事実誤認でも、数は力なのか

 たまたま、昼ごろに食事の準備をしながら、テレビをつけたら、 共産党の志位和夫委員長の党首討論だった。
 自衛隊の派遣か実質派兵になるまきかなどとの議論がされる中での質疑なので、敗戦前後の日本の事情についても議論が及んでいた。20日の党首討論では、志位氏がポツダム宣言について「日本の戦争について世界を相手にした戦争であったと明瞭に判定している。総理はこのポツダム宣言の認識を認めないのか」と質問。首相は直接答えず、「その部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい。先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがある」と述べていた。

  安倍晋三首相が質問に答えて、第2次世界大戦で米・英・中の三国が日本に降伏を勧告したポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と答弁したことについて、戦後レジームについて何度も語る割には、事実認識が出来てないと追及した。志位氏は、翌日の記者会見で「事実誤認がある。本当に読んでいなかったことがうかがえる」と言及した。

 志位委員長は、自民党幹事長代理だった首相が月刊誌「Voice」2005年7月号の対談で、「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」と語っていたと指摘。だが、宣言は1945年7月26日に米英中の名で発表され、同8月6日と9日の原爆投下後、日本が同14日に受諾を決定した。志位氏は「(宣言は)二つ原爆が落ちた後に『たたきつけられた』ものではない。事実誤認がある」と述べた。

 27日の衆院の特別委員会で2003年から09年までイラクへ派遣された自衛隊員のうち、在職中に自殺で死亡したと認定された隊員が29人いることが明らかになった。自殺者の総数については、共産党の志位和夫委員長の質問に防衛省の真部朗人事教育局長が答えた。

 防衛省によると、うち4人は、イラク派遣が原因のストレスで自殺に至ったとみられるという。イラクに派遣された自衛隊員は陸海空の各自衛隊で約9310人。01年〜07年のテロ特別措置法にもとづくインド洋での給油活動に派遣された海空の自衛隊員はのべ約1万3800人で、実数は明らかにしていない。在職中に自殺で死亡した隊員は25人だった。真部局長は「個々の原因を特定するのは困難だ」と語った。

 また、28日の衆院平和安全法制特別委員会で、民主党の辻元清美氏の質疑中、席に着いたまま「早く質問しろよ」とやじを飛ばし、審議が紛糾する場面があった。民主党の抗議を受け、首相は陳謝した。

 審議では辻元氏ら民主党議員が、前日の審議で不適切な答弁があった中谷元防衛相に照準を合わせて追及。この戦法が首相を刺激したとみられる。この日は、首相が積極的に答弁に立とうとする場面も目立った。首相は、いら立った様子で「(答弁者の)指名権は(質問する)委員にはない。そのことをよく勉強した方がいい。委員長が議事進行を仕切る」とも語った。 
 
参照:
朝日新聞社 5月22日
時事通信 5月28日
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2015年05月27日

成熟国家である日本

Mr.Yen と呼ばれて、経済界に知られた榊原英資が、日本文化について面白い話を書いています。
経済政策について自論を展開するのが主旨ではなくして、日本文化論です。江戸文化研究を趣味とすることは大蔵省時代からの公表プロフィールであり、エコノミストなどというものは著者のごく一部分でしかない属性で、実はプロテスタントの基督教徒であり、ご実父は牧師さんだということですから、日本の宗教に対してもきちんとしたスタンスをもっておられます。 

日本文化の成熟期である江戸時代の良さに軸足を置く態度は地に足が付いた視点で日本という国を眺めることができます。江戸時代の特徴は国民の広い層に渉って文化が行き渡った平和な時代でした。むしろ、広い層の若い人々に日本人としての教養を身につけるための出発点にして欲しいという願いから書かれおり、1990年以降に成熟期に入ってきた日本は、「成熟国家」という観点から見れば、世界のトップランナーだと言っています。

成熟国家の主な要素は、環境、安全、健康などでしょう。
日本の環境のすばらしさは世界有数です。

国土の7割近くが森という世界でも珍しい豊かな森の国。
ヨーロッパの3倍雨が降り清流に恵まれた水の国。
しかも世界三大漁場の一つという極めて豊かな海に囲まれた国。
とても温暖で美しい四季がめぐってくる国。
こんなすばらしい自然に囲まれた国はないのです。

平和で安全という意味でも、日本は世界有数です。
大陸と荒波で隔てられて外敵の侵略がほとんどなく、国内も政治・宗教の見事なバランスを保った天皇制システムや、豊かな分権システムによって、内乱のない安定した時代が長く続きました。だからこそ、文化や伝統が連続し、世界に誇るユニークな文化が生まれました。

日本人が世界でもっとも健康な国民であることも、すでに強調しました。
平均寿命が世界でもっとも長いだけではなく、平均寿命から自立した生活ができない介護年月を引いた健康寿命も世界のナンバー1です。

豊かな自然のなかで伝統的な生活を維持しているところほど寿命が長いようで、いにしえの都、京都と奈良は国内ナンバー6、7と高い平均寿命を誇っています。
成熟国家の基本的な要素である環境・安全・健康のいずれも世界のトップですから、日本は成熟国家として世界のトップランナーなのです。

成熟国家というと、私たちはヨーロッパの国ぐにを思い浮かべます。
石造りの街並みが、いかにも成熟した感じですし、私たちが使っている文物(文化の所産としての学問・芸術・宗教・法律・制度)の多くがヨーロッパ起源だからでしょう。
しかし、日本は経済的にもヨーロッパに匹敵する豊かな国で、環境・安全・健康面でもヨーロッパを圧倒するパフォーマンスを示しています。

つまり、成熟国家としての日本はヨーロッパ凌ぐものがあるのです。
成長シンドロームから抜け出て「成熟」という観点から日本を見れば、私たちは悲観する必要などまったくありません。
それどころか、大いに楽観的になって日本を世界に誇ってよいのではないでしょうか。

事実、多くの日本人にとって、日本はさまざまな意味でとても住みやすい国です。
気候も温暖で、国土も豊かで安全、食べものもおいしい…。
こんなすばらしい国は、世界広しといえども日本以外にはほとんどないといってよいのです。

そんなすばらしさを最大限、戦略的に生かしていく生き方こそが、いま日本人に求められているのではないでしょうか。

出典:
榊原英資『仕事に活きる教養としての「日本論」』アスコム(2014年)
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2015年05月26日

君が世とは、誰の世なのか

徳永圀典
『日本人の誇りと自信を取り戻す33話』コスモ21

外国国歌の歌詞、
@ソ連 A中華人民共和国 Bフランス Cイギリス Dアメリカ の歌詞を翻訳したものである。

@「鍛えられし わがつわもの 攻めくる敵 討ち破り 断固と守る 尊き国わが祖国に栄あれ。 栄光の民よ 自由の祖国 結ばれしその誉れ 旗のかげで 導けよ勝利の為進めよや」

A「立て、奴隷となるとな、血と肉もて、築かんよき国。 立て!立て!立て!心合わせ、敵にあたらん、進め、敵にあたらん。 進め、進め、進め、進めよや」

B「ゆけ祖国の国民 時こそ至れり正義の我らに。 旗は翻る 聞かずや野に山に 敵の呼ぶを悪魔の如く 敵は血に飢えたり 立て国民 いざ矛とれ 進め進め 仇なす敵を葬らん」

C「おお神よ 我らが神よ 敵をけ散らし降伏させ給え 悪らつな政策と奸計を破らせ給え 神こそ我らが望み 国民を守らせ給え」

D「おお激戦の後に 暁の光に照らし出された星条旗が見えるか 夜どおし砲弾が飛びかった後に 我らの星条旗が翻っている。 自由な祖国 勇敢な家庭 星条旗をふれ 星条旗をふれ 戦闘がやんで微風が吹く中に 濃い朝霧の中 見え隠れしているものは何か これこそ我らが星条旗 神よ! 星条旗をふり続け給え 自由の祖国勇敢な家庭の上に」

国を讃える国歌には、勇ましい軍歌調のものが多い、国王(王女)のために戦ったとか独立の為に血を流したことに哀悼の意と賞讃をおくり、たたえる歴史をものがたっているからだ。
血とか肉とか敵と戦えとか、血に飢えた敵とか、実に戦闘的なものばかりの烈しい。

戦争に向かって多くの命を落とすこともあったが、そこを奮い立たせて、若人に故郷を守るために闘いにいくことを求め、慰める必要があったからだと思われる。

一方の日本の国歌、「君が代」の歌詞は、平和でおおらかで悠久な歴史を重ねていけるようにとの格調が高いが、作詞者は「読み人知らず」なので無名の民の歌である。

歌詞は、今から約一千年前、醍醐天皇が紀貫之に命じて編集させた日本最古の歌集「古今和歌集」巻第七、賀歌の第三四三番、読み人知らず、として掲載されている「わが君は、千代にやちよに、さざれいしの いはおとなりて、こけのむすまで」がルーツだとされる。

『古今和歌集』収録の歌としてごく一般的な「君」の解釈を述べるならば「君は広くもちいる言葉であって天皇をさすとは限らない」ということであり、それ以上はなにも断定できない。当時に天皇は、「大君」であって、「君」などと軽く表現することは、当時は畏れ多くて、とても言えなかったという解釈がある。

『古今和歌集』巻七の賀歌22首のうち18首は特定の個人]の具体的な祝い(ほとんどが算賀だが出生慶賀もある)に際して詠まれたものだが、最初の4首は読み人知らずで作歌年代も古いと見られ歌が作られた事情もわからない。その中の1首で、冒頭に置かれたものが「君が代」の原歌である。「君」は特定の個人をさすものではなく治世の君(『古今和歌集』の時代においては帝)の長寿を祝し、その御世によせる賛歌として収録されたものとも考えられる。上から強制して歌われたものではない長寿を祈り願う祝い歌として人々に広く愛唱されていったもののようである。つまり、「わが君」とはあなたであり、広く対者をいう際の敬愛を込めた言葉であると解釈できるともいえる。

万葉時代、そして現在も、皇居では毎年、「歌会始め」があり、老若男女、地位名誉に無関係に歌を募集し、入選者は皇室に呼ばれる。

「君が代」を恋の歌、との解釈をいう人もいる。

庶民と歌を詠みあう皇室・王室は世界に類が無いだろう。実は、1903年(明治36年)にドイツで行われた「世界国歌コンクール」で、「君が代」は一等を受賞したことがあったのだという。
日本の国歌は世界に比しても、先祖の英知にあふれてあるとしたら感謝しなくてはならない。


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2015年05月25日

諦めない、終わりなき闘いこそ「まちづくり」

 交流する仕掛けがつくりやすく、どうフォーマットしていけるかなのではないでしょうか。学生を惹き寄せる、若い女性がカフェにいる、などの仕掛けを作れる、これはやりようはあるので、かなり可能です。そして、それがあって、観光(交流人口の拡大=魅力あるまちづくりがされている)につなげていける下地ができる。

それなりの質の観光の場がそもそもあるのか、歴史的なヒストリーも蓄えてきた景観に魅せる場があるかないかは、当初に質量が決まってしまっているので、どこでも可能だというものではないのです。我孫子はこれまでに観光地だったわけではなく、せめてもウリを見つけて、磨きあげ、仕掛けもし、チャンスを探して、PRを継続的に打っていけるか、です。もともとの観光地となっているところは、まちぐるみ、企業ぐるみですから、そこはたくみにやってきていたのです。

まちづくり条例を制定した最初のまち、湯布院はそうした議論を時間をかけてやり続けて、若い旅館の後継者が育ちました。実際に、温泉地であったから旅館や観光に付随する商売もありました。ところがサラリーマンのベットタウンで年金暮らしになっている人が多くなった我孫子のような街では何が起こせるかは、プロデューサー的能力がある人物が、市民の興味を引き出して、育てて、方向付けられるかどうか、一歩ずつです。

これまで女性たちが目覚ましく教育福祉活動に躍起になった時代があり、次なる市民運動を牽引していくのは、秀逸なアイデアと纏まりが見いだせる地域活動のファシリエーターがいるかどうかだとすると、そうした人材を見つけ出して、本気で取り組んでみようと思うかどうか、です。

やり続けるのみ、諦めたら終わり、です。

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2015年05月24日

終わりは始まり

スポーツ、政治ではどう続投するか去就が注目される点で似ています。
ハーフハーフかなと言っていた、浅田真央は再度氷上に戻ってくることが歓迎され、片や橋下徹は、マイクを向けられ、政界から去ると宣言しました。

「大阪都構想が実現しなければ大阪はダメになる」とまで主張していた行列ができる弁護士から転じての、政治の寵児が、縦横無尽に全国を奔走して、「本当に悔いがない」「幸せな7年半だった」と語ったのが住民投票の惜敗結果を受けての弁でした。

言葉通りならばダメになってしまうはずの大阪なのでしょう。住民は都構想によって大阪市がなくなるのは淋しい、だから反対した人というが多かったようです。カラ出張で悪名を馳せた大阪市、大阪府の放漫行財政については市民も呆れ、ダメとは思っていたのです。横山ノック府知事もタレント議員出身で、府知事二期の選挙戦でウグイス嬢にセクハラが有罪となり、辞職したのでした。当時には関西国際空港二期工事に絡み利権問題が発生し、これにノック知事が猛反対したので裏で仕組まれたことなど加味してか裁判所が執行猶予をつけていた。一期目就任当初は議会のほとんどが野党というオール野党状態でしたが、同年8月30日には当時不良債権が大幅に膨らんで事実上死に体であった信用組合に対して業務停止命令を発し、また行政改革への積極的な取り組みなど、一定の実績は積み上げていました。大阪人に愛されるキャラクターと知名度から府民の人気は高く、加えてAPEC首脳会議の成功など実績も評価されたことで、1999年の二期目選挙では自民党など主要政党が対立候補の擁立を見送らざるを得ない状況となり、235万票という大阪新記録の得票によって事実上の信任投票となる形で、学歴のハンディをものともせず二期目の就任をして、しばらくして訴えがでたことから、スキャンダルとなって、辞任劇につながり、もとの木阿弥となっていました。それほど、大阪にはつもりつもったものがあり、橋下元府知事は橋下流でメスをいれて「キレ」まくって、大阪維新を見せてくれました。

橋下市長が、政治プロセスを勝負事と誤解しているようなのは気になります。本来、自立した個人が利害や価値観の違いを認めつつ、時間をかけて、それぞれが妥協をしながら合意形成を図ることこそが民主主義です。最終的には多数決になりますが、大事なのは少数派の権利が守られることで「敗者」にしないことを目指すものでしょう。

会見では民主主義を「すばらしい政治体制」と語り、「報道の自由は絶対に守らないといけない」と述べました。独裁が必要だと発言し、報道にたいしても攻撃的に対してきたこれまでの姿勢を知る者からすれば変身です。それが無批判に受け入れられるならば、橋下氏の弁舌の巧みさだけでなく、民主主義に対する理解が日本人にどう広がっているか、ではないでしょうか。

「民主主義は感情統治」と橋下氏はかつてつぶやきました。
支持者に伝染するキャッチフレーズやコピーとなるような言葉は、人々が抱いている怒りや猜疑心を刺激し、ネガティブな感情に火をつけます。敵味方をはっきり分ける橋下手法を、安倍晋三首相や日本中の政治家が模倣し始めてもいるようです。それは民主制の危機をいずれ意味しかねません。

橋下引退表明について、一喜一憂している場合ではないのです。「橋下的なるもの」に対して、「民主主義の蹂躙」といった言葉では対抗できなくなってきます。政治家の言を選んで投票して、お任せで仕方ないと諦めるような、これまでの政治家による政治手法にごまかされず、一人一人が政治家になったつもりで、自分の言葉を紡ぎ、デモクラシーについての本質的な理解を深める必要があるのではないでしょうか。

週明けに向けて、また一緒に考えてみてほしいのです。
また、どうぞよろしくお願いします。 




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2015年05月23日

戦後70年・我孫子市平和都市宣言30年記念事業

戦後70年・我孫子市平和都市宣言30年記念事業「記念誌」の原稿募集

★ 戦中・戦後体験、平和への思いを募集。

募集内容「テーマ」・・・次世代へ伝えたい戦中の体験、戦後の苦労、戦争と平和について思うこと。
    「字 数」・・・400字詰め原稿用紙5枚以内 又は
            A4用紙で2000字以内。

対象者・・・あびこ市内在住者。
締切日・・・6月30日
9月30日(水)

応募先・・・〒270−1192我孫子市役所企画課(住所省略可)
      FAXは、 7183−0066
      メールは、 sengo70@city.abiko.chiba.jp

記載事項・・住所・氏名(ふりがな)・生年月日・電話番号

★ 戦後60年記念誌・65年記念誌は、図書館で観られます。
★ 4月1日「あびこ広報」でお知らせしてありますが、あらためて、皆さんに原稿をお寄せいただきたく、お願い申しあげます。


我孫子市平和事業推進市民会議
(戦後70年・我孫子市平和都市宣言30年平和事業運営委員会)
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2015年05月22日

「人生楽しみ度」、Enjoyment of Life(EOL)

近年、世界的に多くの健康であるための調査、研究がなされてきました。近年のビッグデータの収集・解析技術の進歩によって、「人生をより前向きにとらえ、楽しんで生きている人のほうが、そうでない人よりも病気になりにくく長生きである」ことが明らかになってきたのです。

2009年に、日本の全国規模の研究グループが、「人生を楽しんでいる意識」と、脳卒中や狭心症・心筋梗塞などの心臓病との関連性について調査し、米国心臓協会の専門誌に報告しました。これは、40〜69歳の日本人男女に、自身の「人生を楽しんでいる意識」を0(低)、1(中)、2(高)の三段階から一つ選んでもらい、それぞれの数字を選んだ人々の病気の発生率や死亡率について、その後何年も追跡調査して得られたものでした。

結果として、「人生を楽しんでいる意識」の高い男性は、脳卒中や心臓病による死亡リスクが、「人生を楽しんでいる意識」の低い男性の約半分であることがわかりました。

その後、ロンドン大学のアンドリュー・スティプトゥ教授らの研究グループは、60歳以上の男女を対象に、生活や人生を楽しんでいる意識をもう少し詳しく調査して、それらと将来の身体機能との関連性について検討してみました。

彼らは、以下の4つの項目:
@自分がすることを楽しんで行っている
A他人といることが楽しい
B振り返ってみると自分の人生は幸福だ
C最近エネルギーに満ちているように感じる
について、「まったく自分にあてはまらない」という場合を0、「ほぼあてはまる」という場合を3として、0〜3の数字を被験者に選んでもらいました。そして、四つの項目について選んだ0〜3までの数字の合計と、人々のその後の身体機能の変化との関係性について、追跡調査を行いました。

その結果、四つの項目すべてに3を選んだ(つまり合計が12の)「人生を楽しんでいる意識」の高い人たち(男性の21%、女性の21%)は、数字の合計が9以下であった、人生を楽しんでいる意識の比較的低い人たち(男性の23%、女性の23%)に比べて、将来、身体機能になんらかの問題を抱えて日常生活に支障をきたす人の割合が明らかに少ないことがわかりました。

つまり、人生を楽しんでいる人ほど健康寿命が長く、その分、人生をさらに長く楽しめる、ということが示されたのです。日常生活を楽しんでいる意識が、心臓病や脳卒中による死亡リスクなどと関連のあることは先に述べました。人と話すことを楽しみ、人と積極的に接している人は、将来、認知症になりにくく、死亡リスクの低い傾向が認められます。

幸福を感じながら生きている人は、エネルギーやバイタリティに満ちて、前向きに生きていると、そうでない人に比べて長生きである傾向が認めら、心臓病などの病気になりにくく、病気になっても身体機能が低下しにくいことが以前から知られています。

「人生楽しみ度」は、Enjoyment of Lifeを略して“EOL”と名付けられ、
@EOLが高い人は、活動的である
AEOLが高い人は、良い習慣を形成しやすい
BEOLが高い人は、体内のネガティブ物質の影響を受けにくい
ということが分かりました。人生を楽しむと、さらに心身の健康度が高まって、いっそう楽しい人生になるというカラクリが、私たちのなかに秘められていたということが明らかになったのです。

また、行動だけでなく、人生が楽しくなるような言葉を使っていることも明らかになっています。
明るく、前向きで、肯定的で、積極的で、元気が出るような言葉…
うれしい、楽しい、愉快だ、ついてる、しあわせ、ありがとう、感謝してます等々、というような言葉。
言葉は、ただ、使ってなんぼ、この週末からでも実践してみましょう。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

参考:
川田浩志(東海大学医学部教授) 『人生を楽しんでいる人は歳をとらない』ディスカヴァー

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2015年05月21日

人生の最高の楽しみ

斎藤 一人(さいとう ひとり、1948年8月3日 - )は、東京都江戸川区出身の日本の実業家。自著の出版では、高額納税者公示制度(長者番付)12年間連続10位以内。税金を差し引いた実質手取り額で日本一。「銀座まるかん」の創業者だ。『人生が楽しくなる「因果の法則」』(PHP研究所)に次のようなことを書いているので、ご参考までにご紹介します。

死ぬとね、二つしか質問されないからね。
一つは、「人生を楽しみましたか?」って。
 もう一つは、「人に親切にしましたか?」。
この二つしか聞かれないんだよ。
 
だけど、この二つは同じなんだよ。
人生を楽しみましたか?…って、他人(ひと)に喜ばれると、人はすごくうれしくて楽しいんだよ。
人間、生きてて、なにがうれしい、ってさ。
「あんたがいてくれて、しあわせだよ」とかね。
「あなたと同じ時代に生まれてしあわせだ」とか。
そうやって言われたら、いちばんしあわせだよね。
「自分は人からどんなふうに思われてもいいんだ」って言うけど、嫌われたら、しあわせじゃないよね。
 だから、しあわせって、追求したらね。 追求すればするほど、人に喜ばれることが、「しあわせだ」ってことがわかるよね。


鍵山秀三郎(1933年8月18日 - イエローハットの創業者)も幸せについて講演して回っていています。
そこで、人間には三つの幸せがあると言います。

一つ目の幸せは「してもらう」幸せ。
赤ちゃんが、母親から「してもらう」幸せ。
二つ目の幸せが「できるようになる」幸せ。
二歳か三、四歳の子供が、歩いたり、走ったり、スプーンやお箸を持って自分で食べたり、自転車に乗ったり、ということが「できるようになる」幸せ。
三つ目の幸せが「してあげる」幸せ。友人や知り合いに限らず、誰かに何かをしてあげると喜ぶが、相手のその喜んだ姿を見ると自分も幸せになるという、「してあげる」幸せ。
この幸せのなかで、三つ目の「してあげる」幸せを感じることができる人が、最も幸せを感じることができ、それが最高の人生の楽しみとなる。

「してもらう」幸せも、「できるようになる」幸せも、自分だけの幸せ、つまり、自律していない赤ちゃんや子どもの幸せ。「してあげる」幸せは、成熟し、自律した大人の楽しみ。

人に喜ばれることが、最高の「しあわせ」であり、無上の「楽しみ」。
人生を楽しめる人は、してもらう事ではなくて、「してあげる」ことができる、そこに幸せがあるということだった。



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2015年05月20日

女性が輝けない実態

「女性が輝く日本へ」と声高に叫ばれるスローガンを、もっともしらじらしい思いで聞いているのは当の女性たちだろう。単身女性を取り巻く実態は、働く世代の3分の1が年収114万円未満の低所得。〈若年女性の貧困〉はもはや、待ったなしで解決しなければいけないところまできている。

『失職女子。』著者と貧困ルポライターが語る「女性の貧困」最前線 貧困当事者として生活保護を受給するまでの道のりを描いた『失職女子。〜私がリストラされてから、生活保護を受給するまで〜』が話題の大和彩さんと、貧困からセックスワークにからめとられる女性たちを追いつづけ、最新作『最貧困女子』(幻冬舎)に著した鈴木大介さんに、女性の貧困が内包する問題と、今後の課題について語ってもらった。

――なぜここまで女性が貧困化したのでしょう?

大和:女性は男性より非正規雇用で働く人が多いですよね。加えて、現在は男性であろうと、既婚女性、未婚女性、シングルマザーであろうと、誰しもが働きつづけなくてはいけない時代。そんななかで、女性の賃金だけ低くおさえられ、雇用環境の整備が追いついていないことが、一番の原因だと思います。私も失職するまえに正社員として働いていた時期もありましたが、ほとんどは契約社員と派遣。会社の倒産や派遣切りで失職し、その後は〈35歳の壁〉にはばまれ、100社連続不採用……。低所得と貧困は、常に隣り合わせです。

鈴木:僕は貧困女子のなかでも可視化されていない層、差別されている層を取材してきました。家庭に事情があって家出し、セックスワークにからめとられる少女たち。離婚後、子どもを養うために出会い系で売春相手を探すシングルマザーたち……。『失職〜』を読んで、彼女らが何に困っているのか、ようやく見えました。大和さんは「文字は読めるのに、それを頭のなかで言葉や文にできない」ときがありましたね。

大和:生活保護を申請したころのことですね。

鈴木:貧困が思考力や判断力を奪っていく過程がよくわかりました。きっと彼女たちも大和さんと同じ景色を見ていたんですね。そんな状態で生活保護にたどり着くのはとてもむずかしい。とてつもなく空腹のとき、100メートル先においしい御馳走が用意されていても、目の前にあるパンを手に取るようなもので、手近にある脇道にそれてしまいます。彼女たちにとってはそれが、セックスワークなんです。

――その一方で、〈生活保護〉というワードを見ただけで、反射的にバッシングする人たちもいます。

大和:バッシングといっても「貧困は自己責任」「甘え」「仕事をえり好みしているだけ」とパターン化していて、どれも実情を知らずに言っているだけです。仕事も頼れる人もなく、貧困で身動きがとれなくなっている女性に、「困ったら女は体を売ればいい」という言葉が浴びせられることも多いですね。

鈴木:僕も『最貧困女子』を書くことで、自己責任論を封じ込めたいと考えていました。

大和:そんな状態の人が制度によって救われるのが、先進国だと思うのですが……。

鈴木:自己責任論は、決して勝者の理論ではないんですよ。「自分だってぎりぎりの稼ぎでがんばっているのに」という、貧困と隣り合わせで孤独な人たちが、この理論をふりかざしているんです。


『失職女子。』著者と貧困ルポライターが語る「女性の貧困」最前線
『男女別に見た生活保護受給者数』ほとんどの年代において、女性の貧困率は男性の貧困率を上回っている
大和:働きたくても仕事のない人がどうしても出てくるのが現在の日本社会ですから、自己責任論では片づけられませんよね。私は申請をする前に、「生活保護とは、福祉である」という一文に出会って、目が覚める思いでした。福祉は社会を豊かにするもの。病気になっても貧困に陥っても、福祉に受け止められる。そんなセーフティーネットが用意されているのが、先進国だと思います。

鈴木:健康保険と同じですよね。貧困に陥った人を切り捨てていくと単純に労働力が減ります。生活保護はそれを防ぐためのものです。その福祉が税収を圧迫しているというなら、乱暴な話、真っ先に切り捨てられるべきは高齢者ですよ。でも、そういうわけにはいかない。

大和:社会保障に充てられている予算は、全部で100兆円強。そのうち生活保護は3兆円程度、つまり3%以下なんです。生活保護が税収を圧迫しているというのはお門違いだし、切り詰めるべきところを切り詰めれば、もっと多くの人を社会保障で救えると思うのですが……。

鈴木:「インフルエンザに罹ったから、ちょっと病院に行ってきたよ」というのと同じ感覚で、「失業して次の仕事が見つからなかったから、ちょっと生活保護を受けてきた」「それで生活立て直して再就職できてよかったなぁ」というふうに利用されるべきものなんですよね。

大和:現実には、貧困を自覚した瞬間、「誰にも言えない!」と思ってしまいます。生活保護は風当たりが強いので、なおさら……。バッシングの数々を見ていると、受給者が口をつぐむのも理解できます。そして孤立していく。

鈴木:貧困は孤独とセットなんですよね。頼れる家族や地域があるかぎりは、貧乏であっても貧困ではない。すべての縁を失った最貧困女子の行き先が路上での売春であるなら、最貧困男子の最後の受け皿は刑務所です。そう考えると「ちょっと生活保護」ができる世の中のほうがいいのは、考えるまでもありません。

大和:『最貧困女子』では、凄惨な家庭環境で育った少女たちが10代半ばで実家を飛び出し、縁を断たざるを得なかったケースがたくさん出てきますね。私は彼女たちの生い立ちを、「そうそう、ウチもこうだった」と共感しながら読みました。私も中学のときに家出を考えたんですよ。でも、きっとそうやって売春に取り込まれるだろうと考えて、できなかったんです。彼女たちは、もしかするとそっちにいっていたかもしれない〈自分〉だと思いました。

鈴木:そうやってセックスワーク側に流れていった女性たちは、頭のいい子が上に立って女の子たちだけのチームを作るのが典型です。トップの子は頭も容姿もよく、当事者の気持ちもわかっている。自分と同じ経験を持つ子らをまとめることで、満たされています。所属する少女たちも、そこで共通点の多い同世代の子と初めて出会い、縁を得られるんです。売春を通して初めて友だちができて、初めて親の悪口がいえる……。

大和:ああ、それで安心する気持ちはよくわかります。

鈴木:孤独と貧困のセットから抜け出す方法として、僕は炎上覚悟で〈恋活〉を提案しました。恋愛、結婚によって新しく縁を作り、制度に接続できるシステムがあるといいのではないか、と。でも、貧困当事者のなかには、そもそも家族の愛情を知らないがゆえに、それを求めない人もいる。大和さんは、自分が何で満たされると思いますか?

大和:私のようなタイプは、家族を作ってもそれはそれで非常に苦しいです。だから、勉強することです。知識を自分のなかに蓄積したい。いまは子ども時代を振り返って〈あのときの自分は貧困状態にあった〉〈あれは解離性障害だった〉と名前をつけることで自分を納得させる作業をしているところです。

鈴木:いろんなパターンの当事者がいますから、当事者ケアも一律というわけにいきません。だからこそ、大和さんには『よくぞ書いてくれました!』とお礼をいいたいんです。そして、ほかにも、発信する当事者が増えてくれればというのが僕の願いです。

出典:
日刊SPA 2014/12/17
<取材・文/三浦ゆえ>
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2015年05月19日

国連への提案文書から「被爆地訪問」削除

スウェーデンの首相だった故パルメ氏は若さと雄弁で「スウェーデンのケネディ」といわれた人だ。1981年に広島を訪れる。原爆資料館に入ると次第に無口になったという▼展示に衝撃を受けて、ひとつの言葉を残した。「どの国の政府であれ、責任ある地位に就く者には、すべて広島を訪れることを義務づけるべきだ」。核戦争には敗者しかいないとも語っていた▼反核平和のリーダーで知られたその人は、何を思うだろう。国連本部で先日、核軍縮を扱う最終文書の素案から、世界の指導者らに被爆地を訪ねるよう日本が提案した部分が削除された。中国の求めによる▼「日本政府が第2次大戦の加害者でなく被害者として日本を描こうとしていることに同意できない」と言う。しかし、加害の立場から目をそらさずに、「悲劇は自分たちを最後に」と訴えてきたのが被爆地だった。被爆した詩人、故栗原貞子さんの一節を引く▼「〈ヒロシマ〉というとき/〈ああヒロシマ〉と/やさしくこたえてくれるだろうか/〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉/〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉……」。やさしいこたえが返ってくるためには、私たちは汚れた手を清めねばならないと詩は続く▼被爆地に限らず多くの人が共有する思いであろう。パルメ氏の言葉も、加害と被害を超えた人道の深みに根ざすものだ。核廃絶の願いまで歴史認識につなげるのは筋が違う。提案を復活させてほしい。

出典: 
2015年5月15日 天声人語

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2015年05月18日

「放射能食品の残飯入れにするな」の声、台湾から

台湾当局が東京電力福島第1原発事故後に導入した日本の食品に対する輸入規制を強化する問題で、日台双方の窓口機関による協議が13日、台北市内で行われた。関係者によると協議は物別れに終わり、15日から日本からの食品輸入が全て停止することが確実になった。

 協議には、日本側から農林水産省や経済産業省の課長級も出席した。台湾は震災以降、福島など5県の食品の輸入を禁じており、(1)日本から出荷される全ての食品に都道府県別の産地証明(2)東京都や静岡県など特定地域の水産品、茶類、乳幼児食品など3分類800品目超の「高リスク産品」に放射線検査証明−の添付をそれぞれ求めている。

 台湾側は今年4月16日、規制強化を一方的に発表。日本側は「科学的根拠に欠ける」として撤回を求めていた。

 13日の協議でも、台湾は日本側にこうした対応を改めて要求。日本側は実施の延期を求めたが、台湾側は応じなかった。輸入停止は15日以降、日本の港湾や空港から台湾向けに出荷される食品が対象になる。

食品衛生当局は24日、台湾の輸入会社10社が輸入した食品283種類が、輸入を禁じている福島、茨城、群馬、栃木、千葉の5県産だったとして回収を命じた。大半がカップ麺や飲料、菓子など大手食品会社の加工食品で、製造工場が5県内にあった。他県産とする中国語のシールが貼られており、産地偽装の疑いで検察が捜査を始めた。

 25日付の新聞各紙は大きく報じ、一部は全商品のリストを掲載。26日までに放射線は検出されていないが、「発癌リスク」に警鐘を鳴らす専門家の声も報じられた。

 また、情報を得てから1カ月以上発表しなかったとして、当局の「隠蔽」(蘋果日報)を批判。「台湾人を放射能食品の残飯入れにするな」(聯合報)といった感情的な表現もあった。

 食品衛生当局は、日本の食品に新たに産地証明や放射線検査報告を科す規制強化を検討、日本側と協議が続いている。今回の事態を受けて高官は25日、立法院(国会に相当)で「早ければ6月にも(規制強化を)施行する」と答弁した。

 一方、日台双方は、輸入停止期間が長引かないよう何らかの対応が必要だとの認識で一致した。日本側は台湾側の要求の一部について、対応が可能か検討する姿勢を示したもようだ。

参照:
産経新聞 3/27  5/14

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2015年05月17日

沖縄復帰45周年、戦後70周年の年

 沖縄が5月15日に日本に復帰して43年。

 沖縄と政府の関係が緊張するなかで迎えた「復帰の日」だ。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設準備を、多くの県民の反対を顧みず、政府が推し進めている。

 戦後70年間、基地負担にあえぎながらも日本の安全保障を支えてきた沖縄の訴えに耳を傾けるべきで、国民は沖縄を孤立させてはならない。

 昨年12月に翁長雄志氏が知事に就任して以来、会うことを拒んできた菅義偉官房長官、安倍晋三首相、中谷元防衛相の政府首脳3人との会談が、ようやく4月、5月に実現した。その機会に翁長氏が発した言葉が、沖縄の強い意思を明確に示した。

 復帰前の米軍統治下、基地建設のために「銃剣とブルドーザー」で土地を強制収用されたこと。自治権拡大を「神話」と言い放ったキャラウェイ高等弁務官のこと。軍用地の一括買い上げを狙ったプライス勧告のこと。翁長氏は県民にわだかまる記憶を次々とすくい上げ、現政権と二重写しにしてみせた。

 翁長氏の発言は、昨年の名護市長選、県知事選、総選挙と繰り返し示された辺野古移設反対の民意が無視され続けていることへの怒り、そして今の沖縄の政府に向けた行動が米軍政下の自治権獲得闘争と同質であるとの見解の表明である。

 中谷防衛相との会談では、翁長氏が那覇市長時代の2年前、自民党の参院議員から「本土が(基地受け入れを)嫌だと言っているのだから、沖縄が受けるのは当たり前だ。不毛な議論はやめよう」という言葉を投げかけられた経験を明かし、本土側の意識を痛烈に批判した。

 一連の会談をきっかけに、国内世論が次第に沖縄に共感を示し始めたことは注目される。
 朝日新聞など多くの報道機関の世論調査でも、政府の姿勢を評価しないとする声が増えた。

 移設阻止を訴えるために県議や地元経済界が設立した「辺野古基金」の共同代表に映画監督の宮崎駿氏らが就くなど、問題への関心が高まっている。

 翁長知事は今後、米政府をはじめ国際世論にも広く働きかける戦略を描く。

 復帰後も、「本土並み」という願いは踏みにじられてきた。

 「沖縄が再び国の手段として犠牲になってはならない」。琉球政府主席で復帰直後の沖縄県知事、屋良朝苗(やらちょうびょう)氏はこう訴えたという。今またわれわれは沖縄を犠牲にしようとしていないか。本土の国民は改めてこの問いを受け止める必要がある。

出典:
朝日新聞 社説(5/16)

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2015年05月16日

確実に高まる隊員のリスク

大半は任務中の事故死 「論理のすり替え」

 新たな安全保障関連法案を閣議決定した14日の記者会見で、安倍晋三首相が自衛隊員のリスクについて「今までも1800人の隊員が殉職している」と述べたことに波紋が広がっている。

殉職者の大半は任務中の事故によるもので、戦闘に巻き込まれて亡くなった隊員は、過去1人もいない。隊員に「戦死者」が出かねないとの批判をかわす狙いとみられるが、性質の違う数字を挙げる首相の論法に、専門家は「論理のすり替えだ」と批判している。

 「まるで今まで殉職した隊員がいないかのように思っている方もいるかもしれないが、1800人が殉職している。私も遺族とお目にかかっており、殉職者が全く出ない状況を何とか実現したい」。首相は14日の会見で、新たな法整備によって隊員が死亡するリスクが高まると指摘した質問に対し、こう述べた。

 防衛省によると、自衛隊の前身である警察予備隊が発足した1950年以降、殉職者数は今年3月末現在で1874人。車両や航空機、艦船による訓練など任務中の事故が7割以上を占め、残りは過剰業務による病気などが原因のケースが目立つという。
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 首相はまた「自衛隊は日ごろから日本人の命、幸せな暮らしを守るために苦しい訓練を積んでいる。こういう任務をこれからも同じように果たしていく」と強調した。だが、関連法案が成立すれば「非戦闘地域」に限定されていた他国軍への後方支援が、より戦場に近い地域でも可能になる。法人救出や「駆け付け警護」などの任務で攻撃を受ける可能性は高まり、危険性は格段に増す。政府高官も15日、「自衛隊の活動場所や内容は広がり、隊員のリスクは確実に高まる」と認める。

 憲法9条の下、戦後、自衛隊員が戦闘で殉職した例はなく、野党は「今回の法整備によって、戦闘に巻き込まれて死亡する隊員が出かねない」、憲法を乗り越え戦闘任務にかかわることを危惧する。

 専門家からも「首相は、これまでも殉死者はいるのだから戦死者が出ても驚くことではないと言っているようだ」「自衛隊員の殉職はやむを得ないとも聞こえる」、実態をと理解していないとの批判の声も上がる。


出典:
北海道新聞 5月16日(土)
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2015年05月15日

安保法案閣議決定、現場から不安や疑問の声も

安全保障関連法案の閣議決定後の記者会見をテレビで見た。手慣れた様子で、安倍晋三首相は法案について、記者からの質問に答えるなどを含め、30分超の説明を行った。

北朝鮮のミサイルは日本全土を射程距離であること、中国での軍事力が増していること、尖閣諸島、領空権をも犯す行為をみせている。竹島の領土問題まで含めると日本の平和憲法ではこれらが脅かされるとの脅威をいう人々が、万一に備えることは絶対に必要だと考えており、それはこれまでの三度も選挙を通じて党の公約としてはっきり打ち出してきた、そのことへの筋道だとも説明した。国際法上の正当性などがあれば、自衛隊をいつでもどこにでも派遣できるよう米軍以外の国の軍との連携や後方支援も可能にする。他国への武力攻撃が「国民の権利が根底から覆る明白な危険がある」と判断すれば共に武器を取って戦うことも辞さない国へと転換することになる。安倍政権の「今」だから変える千載一遇の好機とみている。
 
 昨年5月の記者会見で、母子が描かれたパネルを見せながら邦人輸送中の米艦船を自衛隊が守ることの必要性を訴えた。ところが、新たな指針はそんな事例をはるかに飛び越え、自衛隊が米軍の活動を世界規模で補完する可能性を示している。この歴史に残る大転換の是非を、日本の国会も国民もまだ問われることがない。それまで政府は9条のもとでは集団的自衛権の行使は認められず、認めるには憲法改正が必要だとしてきた。自衛隊が合憲とされてきたのは、「自衛のための必要最小限度の実力」であると解釈されてきたからだ。だが、限定的であろうと集団的自衛権で他国を防衛できるとなれば、必要最小限度の範囲を超えるということだ。
 
 米軍からの様々な要請を断ってきた憲法上の根拠を自ら捨て去ることにもなる。つまり、正当防衛に限定しない武器使用の拡大も含め、憲法の制約で「できない」とされていた活動を「可能」とする。「日本の平和と安全を守る」法整備とはいうが、日本の平和につながる軍事行為を米軍から求められる歯止めを次々になくして、日本の近海を超えてどこまで網羅する平和のための軍事活動なのか。昨年の集団的自衛権の行使容認を閣議決定は「解釈改憲」とも言える事に等しいから、具体的な自衛隊の配備、派遣は自衛隊という名前こそ違え、軍隊と内容は同一に限りなく近くなっていくのではないか。

 これまでにも、日米安保反対、PKO法案反対、戦争に加担するなとの野党の危惧は、戦中世代、団塊の世代の戦争の悲惨を舐めた国民の声を代弁して国会で言われてきたが、今回の閣議決定はそうした声を聴く耳はなくなっている。戦争への深い反省をもとに憲法によって、外交で解決することを一義としてやってきた世界に比類ない憲法だと認識も深まってきた。国を守るとの言葉の後ろに米軍と共闘しなくてはならないとの気分が一義になっている印象の会見だった。

 自衛隊の活動範囲を飛躍的に広げる安全保障関連法案に、「存立危機事態」に「重要影響事態」という抽象的で難解な言葉が多数使われた。自衛隊の現場や防衛省内から、安倍政権の進め方に不安や疑問の声が上がっているともいわれる。以下、毎日新聞の報道から拾う。

■戦死者必ず出ると元防衛官僚が指摘するが
 海外の現場を踏んできた自衛官たちは、安保法制の行方を複雑な思いで見詰めている。

 「僕なら南スーダンには派遣しない。自衛隊がアフリカで活動することが、日本にとってどれほどの意味を持つのか」。イラク派遣にも関わった元将官がこう漏らす。陸上自衛隊は2012年1月から、事実上の内戦状態が続く南スーダンへ国連平和維持活動(PKO)で派遣されている。名目は「国造りへの貢献」だ。

 今後は戦う他国軍への支援で地球の裏側へ派遣される可能性もある。自衛隊は日本を守る組織であり、派遣先が日本から離れれば離れるほど、必要性は分かりにくくなる。「国民の支持を受けて派遣されたい」というのが現場の隊員の率直な気持ちだという。

 湾岸戦争終結後のペルシャ湾への掃海艇派遣(1991年)では「家族が反対した」として隊員3人が辞退。また、健康上や結婚を控えているなどの理由で5人が固辞した。

 「誰だって怖いが、文字通り同じ釜の飯を食う仲間に迷惑をかけるくらいなら行く、という絆がある」。部隊長も経験した30代後半の陸上自衛官は言う。「自衛官は命の使い道が決められている。だから尊い仕事だと思っている。でも、なぜ行くのかきちんと説明されなければ、部下も家族も納得させることができない。政治家は、自分の子供を行かせると思って真剣に考えてほしい」

 防衛省内でも、与党協議が続いていた時期「『事態』にもいろいろあって複雑だ」「法律として明文化されないと、どんな活動をすることになるか分からない」「国民的合意が得られるのか」と疑問の声が上がっていた。

 「我々は政府の命令に従うだけ」。制服組のある幹部は淡々と語る。その一方で「何かが起きた際に、政治家が自衛隊にどんな命令を出すか難しい判断に迫られる場面も出てくるかもしれない」と懸念も口にした。

 別の幹部は「法律が変わってすぐに現場で対応できるわけではない。部隊で訓練を重ねる時間が必要だ」と語る。そして「今回の法制が国民から本当に後押しを受けるのか。憲法9条改正を避け、自衛隊の位置付けをあいまいにしたまま危険な任務に就くのは、どうか」と胸中は複雑だ。

 一方、背広組の幹部は「今出ている法案は役人の言葉。だから難しいのは確か。いかにかみ砕いて国民に説明できるか」と話した。「米国や他国に巻き込まれるとは思わない。なぜなら我々は国益を考えるから」と冷静に受け止めた。

 出典:毎日新聞5月14日

内閣府 一問一答
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/anzenhoshouhousei.html

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2015年05月14日

常磐線の起点、上野が熱い注目

「【鳥獣戯画展】京都高山寺の至宝」へは出かけられましたか?
と知り合いからメール。そのメールの続きは

「先日、行ってみましたところ、1時に長い長い行列の並び、途中のにわか雨の攻撃にも負けず、立疲れにも負けずに見ました。前の人を!
 全部をさっと押し流されても会場を出たのは5時41分。会場は人の列で5時に閉館できません。
長い見学の幕が閉じましたが、天から見れば、人様の行為は戯画そのものかもしれません。」
というものでした。

調べてみると、現在、その混雑ぶりがニュースになり、ツイッターで報告がされています。90分〜45分は入場に待たされるようです。 それで、切符の購入先、平成館入り口で迷わないようにとツイッターが大活躍しています。これから世の騒ぎ、人間の様も見てみようと上野にお出かけの際にはご参考になさってください。
https://twitter.com/chojugiga_ten

鳥獣戯画の伝来した京都・高山寺は、鎌倉時代のはじめに明恵上人によって再興され、今なお多くの文化財が伝わります。日本で最も有名な絵巻、国宝・鳥獣戯画。墨線のみで動物や人物たちを躍動的に描いた、日本絵画史上屈指の作品です。全巻の修理を終え、その魅力を一新した鳥獣戯画の全貌を紹介します。国宝の甲・乙・丙・丁4巻とともに、この4巻から分かれ、国内外に所蔵される断簡5幅も集結。現存する全ての鳥獣戯画をご覧頂けます。

本展覧会では、高山寺ゆかりの至宝とともに、明恵上人の信仰と深く関わる美術作品を、かつてない規模で展観します。

※会期中、一部作品、および場面の展示替を行います。
「鳥獣戯画」については全4巻の前半部分が前期、後半部分が後期に展示されます。
前期=4月28日(火)〜5月17日(日)
後期=5月19日(火)〜6月7日(日)


国立博物館 
平成館 特別展示室 2015年4月28日(火) 〜 2015年6月7日(日)

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2015年05月13日

第15回 我孫子アートな散歩市

爽やかな5月、散歩にピッタリの気候です。
7日(木)〜22日(金)の約2週間、「我孫子アートな散歩市」が開催され、市内のさまざまなアートに触れることができます。ぶらりと気楽に、マップを持って、各所を覗いてみてはいかがでしょうか?

我孫子市周辺の公園や史跡で絵画、彫刻、工芸、陶芸、染織、木工、音楽などのアーテイストの作品、演奏を展示・発表しています。今回は、市制45周年記念に合わせて多くのイベントが手賀沼周辺各エリアに組み合わされています。

 【主な会場】
アビイクオーレ、手賀沼公園、けやきプラザ、千葉銀行、杉村楚人冠邸園、嘉納治五郎別荘跡、志賀直哉邸跡、旧村川別荘、手賀沼親水広場ほか
  
【費用】無料!

 【案内&MAP】
我孫子インフォメーションセンター「アビシルベ」が総合案内場です。
散歩市の地図はここでも配布しています。(※会期・時間はイベントの場所により異なりますので、要確認)

 ★作家紹介・作品展示期間
2015年5月8日(金)〜5月14日(木)16時まで
MAP.png
 我孫子インフォメーションセンター「アビシルベ」
 千葉県我孫子市本町2-2-6
 (JR我孫子駅南口 徒歩1分)
 電話: 04-7100-0014
 開館時間:9時〜18時まで
 (但し、金・土・休前日は20時まで)
 http://www.abikoinfo.jp/


【主催・問合せ】
我孫子手づくり散歩市 太田TEL.090-4601-8222
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2015年05月12日

手描きジャワ更紗展 in 高野山(我孫子)

 化学染料でない草木染が見直されています。しかし、手仕事の作品は手掛ける人も数少なくなり、手に入れるのも貴重になって、値段もお高くなっています。

 日本の中の千葉の中の我孫子で、それを何とか実現して、皆様にも手に取っていただきやすいお値段でと、ご自身の作品の展覧会方々、手描き更紗の品々も販売するというジャワ更紗展が開催中です。

CIMG0817.JPG
写真 by Kaizu :ソファーカバーにもぴったり

 5月9日(土)〜17日 午前10時から午後5時
  みち更紗工房  (駐車場あり)

  千葉県我孫子市高野山448-9 
 (我孫子消防署沿いガストの角を入る)
   Tel/Fax 04-7183-7365


もともとは、ジャワ宮廷の女性の嗜みで行われたろうけつ染めですが、一般の人々に普及して今日に至っています。細かい模様を下絵に従ってマラム(蝋)を置いていきます。すべて手で描く作業、しかも布の表裏とも同じ模様を描くのだそうです。

伝統的な自然染料であるソガ(茶褐色の木の名称)と藍(あい)や茜(あかね)を基本とした染色法で、独特の伝統模様を創り出していきます。今回は、伝統的色彩の古更紗とオリジナル作品を展示しています。手触りのよいコットン、美しい手描き模様が施されて素敵です。タペストリー、バック、小物、アクセサリー、涼やかな夏の装うにピッタリな服が所狭しと置かれて、見るだけでなく、選んで購入したり、インドネシアのお話が聞けたり、ゆったりしたお庭に囲まれた中で楽しめます。いらしてみてください。



   


 
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2015年05月11日

けやきプラザ、5-6月の県民講座ご案内

5月、6月の県民講座の案内です。

@ 5月15日(金)10時〜12時
   場所:けやき7階研修室
   演題:「サークルや地域の中での上手なコミュニケーション作り」

A 5月21日(木)13時30分〜15時30分
   場所:けやき7階研修室
   演題:「介護する人も笑顔、介護される人も笑顔」

B 6月4日(木)13時30分〜15時30分
  場所:けやき2階ホール
  特別講演:「今日からできる認知症予防」

C 6月24日(水)13時30分〜15時30分
  場所:けやき7階研修室
  演題:「認知症予防のためのおしゃべりのポイント」

D 6月28日(日)13時30分〜15時30分
  場所:けやき9階ホール
  演題:「老後の健康管理」

詳しくは
千葉県福祉ふれあいプラザ県民研修担当:
04−7165−2886にお願いします。

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2015年05月10日

日本人の強い回復力には心を打たれます。日本社会の未来を悲観してはいない。

上智大学の名物教授/アルフォンス・デーゲン先生は、日本で司祭になって3月に50周年を迎えた。「司祭として私はメイド・イン・ジャパンですね」と、ユーモアある日本語で周りを温かい思いにする。日本における生死学の祖とも言われ、特に震災後の日本において、この生死観に関心が強くなっている。暮らしの足もとが揺らぎ、社会の不安が広がっている。一般向けに40年続くキリスト教入門講座に、昨年は福島の女性が、毎週片道4時間かけてバスで通ってきたという。

 1932年ドイツ生まれ。19歳でイエズス会に入り、59年に来日した。日本では、この半世紀に、高度成長、バブル景気と崩壊、デフレ、そして阪神・淡路、東日本と2度の大震災を経験した。現代の日本人に向けて、四十年以上にわたって「死への準備」の重要性を情熱的に語り続けてきた。上智大の最終講義に加筆して本にまとめた『よく生き よく笑い よき死と出会う』で、成育過程の決定的に重要な節目が何であったのかを子細に語った。 

 まず、デーケン先生にとって「人生での最初の一番深い体験」は、妹パウラの死だったという。八人兄弟の三番目だったアルフォンス少年は、八歳の時、四歳だったパウラが白血病で死にゆくのを家族とともに看取っている。父母が「病院で死を迎えさせるより、生まれ育った家に戻って、みんなで最期まで介護しよう」と決断し、子どもたちにも介護に参加させ、死別への心の準備をやさしく教えたという点だ。医学が発達していなかった時代なのに、今日の在宅ホスピスケアを実践していたのだ。わずか四歳だった妹は、自分の死期を悟り、「また、天国で会いましょう」と言って息を引き取った。敬虔なカトリックの信仰に生きる家族だった。この時、アルフォンス少年は「信仰は永遠に対する希望の根源だ」ということを深く考えさせられたという。

 第二は、父母の生き方だった。第二次大戦中に、父は生粋のドイツ人でありながら、ナチスの人種差別と障害者抹殺に反対し、密かに反ナチ運動に身を投じていた。「絶対に認められないことは、生死をかけてでも、反対していかなければならない」という父の言葉は少年の胸に深く刻まれたという。ナチスを告発する文書をタイプで増刷するのを手伝った。そして母は穏やかな性格で、大鍋料理による家族の団欒に象徴されるように、朝から晩まで子どもたちのために家事に専念し、いつもいつも家族みんなの無事を祈るのだ。その姿はまさに「母の愛」そのものだった。

 第三のエピソードは、連合軍の空襲が激しくなり、下校途中に、戦闘機の機銃掃射を受け、地面に伏した身体すれすれのところに弾丸がめりこんだという恐怖の体験だ。それは「私自身の死」との初めての出会いであり、生きる喜びと意味を強烈に自覚するようになったきっかけになったという。

 第四のエピソードは、小学校の卒業が近づいた時、校長から言われたナチスの指導者養成学校への進学を拒否し、同級生たちから疎外されたことだ。自ら選んだ「孤独」ゆえに、読書と創作に耽るようになった。そして、その時読んだ一冊の本を通して、長崎の二十六聖人殉教者の中に十二歳の少年もいたことを知って感激し、日本人への関心を強く抱くようになったという。

 人間は旅人。旅に出ればすばらしい人に出会う。出会いによって人間は成長し転機をつかむ。――という人生観で生きてきたデーケン先生の人生は物語に満ちている。悲しみも辛さもすべて成長と転機の糧として自分の物語の文脈に位置づけてきた生き方は、カトリックの信仰を超えて仏教徒である私たちの心の中にまでも沁みこませてくる。大学で「死の哲学」「人間学」などを教えながら、死生学を広めた。83年に始めた「生と死を考える会」は各地に広がり、いま全国で48の会が活動を続ける。長年、世界各国のホスピスを医師らと訪ねる視察ツアーを主導し、日本での普及を後押しした。国際人名センター(英国ケンブリッジ)が発刊する「21世紀の優れた知識人2000人」の常連でもある。

 日本社会の未来を悲観してはいない。被災地で講演し人々とふれあい、「日本人の強い回復力には心を打たれます」。今後は「世界一の超高齢社会の処方箋を世界に発信していくことが日本の使命です」。

参照;
朝日デジタル 5月1日
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2015年05月09日

助け合いの精神;ネパール大地震の後

箱根山の火山性地震が大幅に増えているとの報道は不安だが、一方、ネパール大地震は発生から二週間を迎え、各地からの救援活動が現地の人々の支えになっている。
 
 ネパールは裕福な国ではなく、政権も変わって日が浅く、その上インフラも整っていない。半日の停電が当たり前で、不便な生活には慣れているという。豊かさを示す国連の指数で、ネパールは187カ国中145位(2014年版)だ。食糧事情の悪化が懸念されているが、目立った暴動は起きていない。無人の商店街では略奪も見られず、テント暮らしの被災者は比較的穏やかに過ごす。東日本大震災でも略奪などはほとんどなく、海外から称賛された。ネパール在住の日本人らは「こちらにも助け合いの精神がある」と両国の類似性を語った。

 首都カトマンズ最大規模の避難所となったラトナ公園では約2500人がテントで暮らし、毎日、ネパール軍による配給がある。配給のたびに1千人以上の列ができるが、整然と一列に並び、割り込む人もいなければ、支援物資を奪い合うこともない。

 テントで暮らす4人家族のダルマラール・サキアさん(44)は「ここに来れば皆さんが助けてくれる。大変ありがたいことだ。皆で分け合えば、なるようになるし、騒いでも仕方がない」と話す。

 ネパールに14年間在住する酒卸会社経営、高田英明さん(48)は「持てる者が持てない者に与える助け合いの精神があり、物を奪ったりした人は強く非難され、その社会で生きていけなくなる。輪廻転生の宗教的精神もあり、起こったことに対し悔やむのではなく、あっさりと納得するという気質がある」と説明する。

 同国在住約20年の日本語教師、坂本みどりさん(64)も「政府の支援に頼るのではなく自ら何とかしようという気概がある」と強調。カトマンズで医療支援活動に携わる陸上自衛隊の佐藤裕己・2等陸曹(34)は、東日本大震災でも震災直後から約2カ月、被災者の巡回診療をした経験がある。佐藤氏は「被災されたネパール人は、日本人の被災者と同じように結構、表情が明るくて気持ちのよい対応をされる。こちらが逆に元気を分けてもらっている」と話す。

 06年のジャワ島中部地震で被災後に略奪や暴力行為が発生するなど、今回のネパール地震と同様レベルの災害では過去、略奪や暴動がニュースになってきた。

 ただ、在ネパール日本人会の水橋雄太郎会長(54)=JICA専門員=は「今は無事を親族たちと喜び合うことの方が大事。長期的には、家を失った人や仕事がなくなった人を助けていく必要がある」と継続的な支援の必要性を訴えた。

ローソンなどコンビニでも、募金箱が置かれている。東日本大震災のおりには緊急物資としてネパールからは毛布が届けられという、今度は日本が助ける番だ。

 参照:産経新聞5月5日
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2015年05月08日

世界経済フォーラム発表

 ダボス会議の主催で知られる「世界経済フォーラム(WEF)」は6日、最新の「旅行・観光競争力報告書」を発表、日本は141カ国中9位に順位を上げた。

 トップはスペイン。次いでフランス、ドイツ、米国、英国、スイス、オーストラリア、イタリアが続き、10位にカナダが入った。上位は欧米でほぼ独占された。

 アジア太平洋地域ではシンガポール11位、香港13位、ニュージーランド16位、中国17位、マレーシア25位、韓国29位、タイ35位だった。

 日本は、文化といった観光資源や、安全、衛生、交通インフラなどの点で総じて評価が高かった。一方で、価格競争などの点で評価が低かった。

出典:朝日新聞社
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2015年05月07日

女性議員、なぜ少数派なのか

 女性議員の草分け、閣僚としても何度も活躍の小池百合子氏は、12年に党の特命委員会委員長として、女性候補が少ない政党への政党助成金を減らす改正法案を提案したことがあった。当時の委員会の最高顧問には安倍晋三氏もいた。その後、安倍氏は首相に就いたが、提案はたなざらし。女性候補者を求めるポスター制作の検討も進んでいたが、結局は立ち消えになったという。

 小池氏は「党に意思と覚悟が必要。新人候補者は脅威だから、新しい候補者を擁立することを、現職は嫌がる。経済界などに女性の登用を2020年に3割と言って、一番の足元でやっていないのはちょっと違うのではないか。政党なら、党のトップが決めればよいことだと思う」。

 女性議員を増やすために制度を改革した国は多い。100カ国超が、女性の候補者や議員の割合を定めるクオータ制度を導入済みだ。日本でも2月に「クオータ制」の導入を目指す議員連盟が発足、幹事長は野田聖子氏が就き、全政党から約50人の議員が参加する。野田聖子氏は、夫が家事や育児を担う。重い障害がある長男(4)がいるが「夫が私を支えてくれて、政治活動が成り立つ」。

 女性議員の中にも慎重論はある。自民の牧島かれん氏(38)は「無理やり数字設定をして増やすことは望ましい姿ではない。本人のためにもならない」と話す。議員報酬をもらっても、日本の場合は選挙にも多額の費用がかかる。党に所属しなくては、活動もままならないが、それでも出ていくものが多い。

 男性議員の場合、本人に代わり妻が地元などで活動するのは自他ともに当然視される。女性議員の事情はどうだろう。「妻の代理出席は重みがある」という声の一方、「男性が妻のために頭を下げてもプラスにならない」「自分の夫にやって欲しいとは思わない」と抵抗がある女性議員も少なくない。

 夫が女性を支える例は多数派ではない。「パートナーが自身の政治活動をサポートしているか」の問いには、既婚議員で「している」が12人、「していない」が12人で同数だった。 「妻が選挙や地元の活動を支えている男性をうらやましいと思うか」には、「思う」が19人、「思わない」が21人でほぼ同じ。

 中北浩爾・一橋大教授(政治学)は、中選挙区制から小選挙区制に変わったことで、風やブームの影響を受けやすくなり、男性に比べて目新しさのある女性は勝ちやすい状況が生まれてきている。しかし、当選をつつけるためには、珍しさは失せるためハードルは男性よりもはるかに高い。逆風が吹いても勝ち残れるように、飲み会や催しへの参加など地元での活動が必要不可欠だが、内助の功を得にくい女性は不利だからだ。

 政界は男性が戦う場所との意識が内面化し、家族、親戚の反対も受けやすい。家事や育児、もちろん介護の問題も妨げ要因になっているが、政党などのバックアップもないケースも多い。

 まずは、諸外国のようなクオータ制を導入するなどして、女性議員の人数を増やすことが重要だ。そうすれば、女性議員が直面する構造的な問題を解消する機運が必然的に高まるはずだ。また、政治を忌避しがちだった専門性のある女性や若い女性も、政治への取り組みに興味を示し、議員の能力も高まり、女性自身が互いに切磋琢磨、地域からの女性への信頼が高まっていくことに繋がるに違いない。 

 母の日まぢか、女性の力も結束して日本の国力を内から外から正しく導く原動力になれば、2020年に向けても確実な国際社会へのアピールになろう。



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2015年05月06日

女性議員が少ない日本

 統一地方選にのぞむ前、地方議員計3万3416人のうち、女性は3926人となったことが分かった。1970年代の1%程度から徐々に増えてはいるものの、今もって日本では女性議員は1割強の11・7%にとどまっている。我孫子もかつては女性市議議員が3割以上を占める市区町村議会の一つだったがそれも候補者が続かず、現状で53議会、全体の3%と少ない。
 
 各国で選挙制度や議会の役割などが違うので単純に比較するのは難しいが、欧州連合(EU)の欧州委員会の2013年調査では、欧州30カ国の地方議会に占める女性の割合は、それでも平均で3割を超える。

 駒沢大学の大山礼子教授(政治制度論)は「欧米では、学校教育などの身近な問題を扱う地方政治には女性のほうが関心が高く、国会より女性の割合が高い傾向にある」という。「欧州では女性の方が多い地方議会もたくさんある。日本のような『女性ゼロ』議会の多さは、他の先進国では考えられない」と指摘する。

 379の「女性ゼロ」議会は、市が49、町村が330。最も議員数が多いのは34人の愛媛県今治市議会で、議員数が20人以上の議会は22市町ある。日本最大の「女性ゼロ」議会である愛媛県今治市議会。直近の13年の選挙は、候補者にも女性はいなかった。地元のボランティア団体会長(50)の出馬が取りざたされたことはあった。行動力を買われ、複数の知人から打診されて考えているうちに、「出るらしい」といううわさが広がると、「子どもがかわいそう」などと反対する親族もおり、結局、立候補までには至らなかった。

 今治市長・菅良二(71)は、「女性議員は、家庭との両立が難しい。議員の半数以上は『地域代表』で、いままでの積み重ねも必要」と話す。市民から「女性がもっと議会に出んとね」と励まされることもあるが、「女性がそんなにおらんでもよか」との声も耳に入った。市内に住む50代の女性は「男が出るのは”それほお考えてきたのか”と思えるけど、女が出たら、”えっ、なんで出たの?”と思う。順番としたらまず男(夫か息子)が出るでしょ」と言う。女性にとっては、当選するかどうか以前に、立候補自体が難しいのが現実だ。「女は家の中だけ。外のことは男」という意識が地域社会には根強く残る。

 19人全員が男性議員の福岡県直方(のおがた)市議会。03年に農業の竹松房子さん(63)が立候補を決意したとき、立ちはだかったのは義父だった。「地元の議員をずっと応援してきた。ここで選挙は許さん」。それでも「出ますから、すみません」と地域の男性たちに頭を下げて回ると、決まって「あんた、家の仕事どうすると?」と聞かれた。「孫、子の代まで恨まれる」とまでいって、止めに来た女性もいた。

 農家の長男に嫁ぎ、朝から晩まで働きづめでも給料はない。「まるで昔の女中。貯金も通帳もなく、年をとったら子どもに面倒みてもらわないと生きていけん。変でしょう」。女性たちのネットワークの支援もあって、28人中24位(定数25)で当選。2期つとめた。だが3選に挑んだ11年の選挙で落選。「女性の意識は少しずつ変わりつつあるけれど、政治は男がやるものという意識を変えるのは難しい」と話す。

 地方議会への女性の参画に詳しい京都女子大の竹安栄子(ひでこ)教授(社会学)は、女性の立候補を阻む「壁」として、
  @社会と女性自身の中にある性別による役割分業意識
  A家族・親族の反対B男性優位の地域社会――を挙げる。「女は家、男は仕事」といった意識を克服して出馬を決めても、「嫁入り婚が多い日本では、『夫より前に出るのか』と親族に反対されることが多い」。自治会長の95・3%を男性が占める(14年度、内閣府調べ)など、日本の地域社会の中心も実は男性だ。

■女性議員の多い議会は慣例を疑問視、議会改革が促進
 
 一方で、神奈川県大磯町議会は男性5人に対し、女性8人。大阪府島本町議会は、男女が7人ずつだ。両町はともに、大都市のベッドタウンで新住民が多い。活発な市民運動から、女性議員が多く誕生してきた。

 女性議員が増えると、町の政策は変わるのか。竹安教授は「所属政党や会派が別であれば結束が難しいため、必ずしも特定の政策が一気に進むわけではない」と指摘する。むしろ目立つのは、議会の透明度が高まったケースだ。03年に女性9人が当選し半数(当時は定数18)になった大磯町議会では、04年からケーブルテレビでの議会中継を始めた。議会だよりでは各議員の議案賛否の結果を公表。09年には町民への情報公開をうたう議会基本条例が成立した。このケースは、我孫子市より透明化の速度が約5年ほど速いといえる。

 前回11年の町議選では女性候補全員の8人が当選したが、男性は16人中10人が落選。奥津勝子議長(71)は「女性の方が負託を受けているという気持ちが強く、改革が進む」と、女性が支持される理由を分析する。大磯町の男性幹部は「女性議員は透明性を求め、『住民のために』と細かい指摘が多い。行政の煩雑さは二の次になってしまう」と話すが、子育て支援課の男性職員は「女性議員は『議員さん』ではなく保護者の一人として生の声を持ってきてくれる」と歓迎する。

 島本町議会で01年から4期務める平野かおる議員(60)は「女性議員はどんどん質問する。男性議員は当選までは熱心で議会で質問しなかった。議会以前の根回し政治だったが、議会で本音を言い合う議会に変わった」と話す。

 平野さんが初当選した01年の選挙で女性8人が当選し、女性比率が初めて4割を超えた。その前年に一般質問をした議員の延べ人数は28人だったが、なんと13年は37人。平野さんの会派の呼びかけで、03年度には本会議などの際に公費で議員に支給されていた弁当を私費に切り替えた。

 当然視されていた慣例が女性議員の指摘で変わることもある。宮城県加美町で議員20人のうち唯一の女性、伊藤由子議員(69)は09年の初当選後、女性職員がしていた議員へのお茶だしに疑問を持った。伊藤さんが提案を続け、昨年3月、議員が自分でお茶を入れることにした。さらに紙コップを節約しようと、自分のマグカップを置いておくマイカップ方式も提案しているが、「自分でコップを洗うのは面倒」という男性議員もおり、持ってきているのは5人だけという。

 議員9人の北海道ニセコ町議会で唯一の女性、斉藤うめ子さん(67)は11年の当選後、議会が閉会した後の宴席に、札幌から片道2時間半かけて女性コンパニオン2人を呼ぶ慣例に異を唱えた。費用は議員が私費で払っていたというが、「町民に誤解される」と呼ぶのをやめた。

 議会の改革度と女性議員の多さに関係はあるのだろうか。早稲田大学マニフェスト研究所は、自治体の情報公開や住民参加の度合いを評価基準にした「議会改革度」のランキングを作っている。11年に女性議員比率と議会改革度の関係を調べたところ、改革度が高い議会ほど、女性議員比率が高いという結果が出た。

 質問に回答した1356議会のうち、議会改革度の順位が上位100位以内の自治体と、1301位以降の自治体とでは、女性議員比率に約7ポイントの差があった。同研究所は「多様な考え方が反映されることで議会が活性化し、価値観の転換が促進されるといった影響も考えられる」としている。

 その点で、女性の進出しにくい県議会は古い体質が維持され、昨年のような議員特権と履き違えた男性議員が数多くマスコミで取り上げられてひんしゅくを買ったが、女性議員が多くなりつつある地方議会ではこうしたことへメスが入ってきたことが明らかだ。

■異なる視点でチェックを

 《鳥取県知事を2期務めた元総務相の片山善博・慶応大教授の話》 県知事時代(1999〜2007年)、議場に臨むと大半が男性で、異様とも思える光景だった。そもそも、県庁や市役所の財政当局はほとんど男で予算をつくっており、男女半々の住民が求めるサービスとズレが生じる。それをチェックする議会に、女性がいるかどうかの意味は大きい。公共事業ばかりでなく子育て政策をもっと充実させるようにといった視点も出てくるはずだ。

 男ばかりの議会では、どうしても談合や八百長スタイルになってしまう傾向がある。こうした体質を変えるためにも、女性議員という異なる視点をもった存在が加わる必要がある。

 人口減に直面する地方議会は、若い人たちにどうやって地域に残ってもらい、支えてもらうかが大きな課題。「最近の若者の動向はどうか」と市長や役所の幹部に尋ねるのではなく、直接若い市民が答えるのがいい。働く女性や若者などの市民が、おじさん任せのこれまで政治に意識変革を求め、議会が自分たちに役立つように関わってみてほしい。

 上記のテータなど、統一地方選を目前に、朝日新聞が全国の都道府県議会と市区町村議会に1月1日時点の状況についてアンケートを依頼し、回収や直接取材によって全議会から回答を得ての記事である。全国の地方議会1788のうち、2割超にあたる379の市町村議会に女性が1人もいないことがわかった。町村では35%を超え、九州や東北で女性議員の少なさが相変わらず目立つ、日本の現状である。


参照:
朝日デジタル2月23日
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2015年05月05日

7人の孫がいる65歳独女性、四つ子妊娠で今夏出産予定

ベルリン在住の65歳の女性教師が四つ子を身ごもり妊娠5カ月になることを自ら公表した。これまでインドで70歳の女性が妊娠した例があるとされ、今回は世界最高齢の妊娠ではない。しかし、最高齢の四つ子の妊娠とみられる。

先月13日放映の独テレビ番組でAnnegret Raunigkさんは、「人は好きなように生きるべきだ」と話したが、ラウニックさんは結婚していないが、英語やロシア語の教師をしている。卵子提供はドイツで禁止されているため、ウクライナとみられる国外で1年半の間に外国で数回、人工授精を試みて、提供卵子と提供精子で作った受精卵を着床させて妊娠した。主治医は、母体や胎児に現在のところ問題はないとしている。

今夏に出産予定で「不安はない」と語っている。夏で定年退職する予定で、四つ子をどう育てるかは明らかではない。超高齢で妊娠した理由は「他の子供が兄弟を欲しがった」などと説明している。今まで5人の男性から精子提供を受け、13人の子供を出産。1人目は1971年に、13人目は2005年に出産した。13人目出産後はワイドショーなどにも出演して話題を呼んだ。既に孫も7人いる、子宝ばあちゃんだ。

専門家は若い女性でも四つ子の妊娠は母体や胎児に危険があり、早産や死産のほか、障害が残る可能性も高いと指摘。男性が高齢で子供をもうけるケースは珍しくなかったが、ラウニックさんは「他の何千人もの女性が使っている技術を利用しただけだ」と、ストレスこそ良くないと気にかけてないという。

参照:毎日新聞 2015年04月14日
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2015年05月04日

世界最高の「白鳥」が逝く

現代最高のバレリーナと呼ばれ、モスクワのボリショイ劇場で長年にわたりプリマ・バレリーナを務めたロシアのマイヤ・プリセツカヤさんが2日、心臓発作のためドイツで亡くなった。89歳だった。自伝「闘う白鳥」は、“Я, Майя Плисецкая...”(私、マイヤ・プリセツカヤ)の日本語訳(1996年)。ぶ厚い本なので、バレエや彼女に興味がない人は読むのが面倒なジャンルかもしれませんが、読むと絶対感動します。80歳を超えても現役で世界の舞台に立った姿も、自他に厳しい生き方そのものであり、人間的に尊敬に値します。

ソ連時代のモスクワで芸術家を多く輩出する有名なユダヤ人一家に生まれました。1934年、帝室バレエ学校に編入。1938年、父親はスターリンの粛清により処刑され、サイレント映画女優だった母親はカザフスタンへ強制送致。しばらくの間真相は知らされず、マイヤは母方のおばにあたるバレリーナのスラミフィ・メッセレルの養子となります。1960年にボリショイ劇場のプリマとなるが、アメリカに移住した伯父の存在等が災いして、マイヤさんには長く外国での公演が許されず、KGBにも24時間監視されました。「危険人物」視されていたのは、体制におもねることなく、従って特権も受けず、周囲の中傷・嫉妬をものともせずに、自らの才能のみを武器にバレエ芸術を追求した著者の姿勢のためとも思われる。

西側世界に初めて登場すると、バレエ界に大きな衝撃を与えることとなる。「瀕死の白鳥」を演じ、当たり役とし、美しさと優れた芸術性を備え、「白鳥の湖」や「眠りの森の美女」などの作品で世界中のファンを魅了した。跳躍の高さ、柔軟で大きく反る背中、技術の確かさ、カリスマ性すべてにおいて高く評価された。世界中のバレリーナは、プリセツカヤ以後、技術の完成度でも演技力でも、より高度なものを要求されることになった。

ルドルフ・ヌレエフ、ナタリア・マカロワ、ミハイル・バリシニコフらが西側へ亡命したのに、プリセツカヤは、社会主義のソ連の中で闘いながら踊り続けました。シルヴィ・ギエムらが登場して、「足を高くあげればいい」という踊りが流行った時も、「私ももっと開脚できるけど、足を高くあげればいいというものではない。あくまでもバレエの美しさを守って踊る」と。

 ソ連崩壊後の93年に舞踊生活50周年を記念し、ボシリョイ劇場で踊った。バレリーナとしては、驚異的な長期間にわたって現役生活を続けた。また、数多く来日し、公演を行った。
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2015年05月03日

安倍首相スピーチ 米議会で絶賛、日本への支持とアジア近隣からの反発

たまたま、米国議会での首相スピーチをライブで聞きました。それについて、知人がメルマガで興味深いコメントをしていたのでご紹介します。皆様は、どのよう感想をもたれたのでしょうか。

◆日米「不動の同盟国」(steadfast allies)◆
安倍首相とオバマ大統領の首脳会談は、例年になく親密な日米同盟をアピールしました。
「不動の同盟国」がキーワードです。余力を失った米国の軍事力を日本の軍事力で補完することによって、アジアにおける中国の脅威に対抗しようということになったわけです。日米同盟はある意味で歴史的な変化をします。

共同声明にも、これまでにない言及があります。
尖閣列島への侵攻は日米安保条約の対象になると明記し、有事には共同で敵の侵攻を“撃破”するという勇ましい文章があります。広島と長崎の原爆投下についても明示的に人類対する罪である事を書き込み、そして70年
前には敵対的関係にあった日米が「不動の同盟国」(steadfast allies)になったことを強調し、日韓・日中の関係改善も当事者が努力すればきっとできると言明しています。

ただ、今回見直された「日米防衛協力指針」は、日米協力は平時から有事まで「切れ目のない形で行う」と明記しています。すなわち時間的にも、地政学的にも切れ目なしの連携となります。

「日本以外の国に対する武力攻撃」への対処行動として集団的自衛権の行使を想定し、(1)米艦船などのアセット(装備品など)防護(2)捜索・救難(3)機雷掃海や艦船護衛などの海上作戦(4)ミサイル防衛(5)後方支援
での協力を例示しました。

また、地理的制約が事実上課せられていた周辺事態法を「重要影響事態法」に改正することを念頭に、日本有事以外で対米後方支援が必要となる事態は「地理的に定めることはできない」とし、日本周辺に限られないことを明確にしました。これは地球規模の、いわば“常時接続”の日米連携を意味します。

憲法9条で国の交戦権を放棄している日本にとっては、今回の日米防衛協力の体制は明ら
かに大きく逸脱してくると考えるのは当然で、反発も起きています。日弁連の会長は強く反対の声明を出しています。ただ、護憲派が憲法改正の議論そのものをタブーとして封じこめることは、ヒステーリー症状で道を誤ります。憲法は神聖にして犯すべからずでは戦前の 天皇の統帥権と同じ になって、民主制に反することになります。明治維新の初心に帰り、五箇条御誓文第一条の“広く会議を興し、万機公論に決すべし”で行くべきです。

吉田首相のサンフランシスコ平和条約、歴史的にも冷戦とその後の国際情勢を顧みれば、有識者という知識も安保反対の学生運動レベルであったことが露呈していますから。

残念なのは、野党がはっきりした対応を打ち出せていないこと、パワーバランスを欠いている事です。反対の声を上げても、現在の国際情勢の認識とそれに基づいた安全保障の体制について全く腰が座った対応などからして、見え透いています。

ナショナリストではありませんが、日米同盟の現実は、国策であるとして受け入れていくとなると、国会の承認なしに、総理大臣が自衛隊を簡単に動かすことができるという点については、そここそ厳しい歯止めが必要だと思いますが、その歯止めとなるべく期待できるのあが公明党だけで、最近は保守然と物分かりがいいようするりと歯止めも外れてしまう。あくまで連立政権にとどまって、与党である立場を守りたいというレベルなのでご本尊様は何と思うしなのか。いまや国民は、最後のとりでの公明党のリベラルに期待するところ大なのです。

日米「不動の同盟国」(steadfast allies) 共同声明、TPP妥結へ協力

首脳共同記者会見の要旨
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20150430&ng=DGKKZO86288410Q5A430C1FF1000
尖閣で中国「撃破」 日米新ガイドライン合意 「切れ目のない協力」確立
日米防衛協力の指針再改定 集団的自衛権で5分野例示
日米安全保障協議委員会共同発表 4月27日
日弁連会長「日米防衛協力指針」改定に反対声明「恒久平和主義に違反する」


◆安倍首相の米議会演説◆
安倍首相が、米国の上下両院合同会議で演説をしました。
祖父の岸信介元首相の米国議会での演説を引き、日米同盟が祖父から始まったことを強調し、また自分も米国留学の経験があり、米国をよく知る者だと強調した、何よりも英語の演説です。非常によくできた演説原稿であること、関係した方々のご苦労と、その能力の高さが十分に認識できます。

演説のクライマックスの演出も凄いものです。日本軍20,129名の戦死、米軍は戦死6,821名・戦傷21,865名の計28,686名という、日本軍を上回る損害で、あの壮絶なるノルマンディー上陸作戦における戦死傷者数をも超えた第二次大戦最高の激戦地となった硫黄島攻防戦に、海兵隊大尉として上陸したローレンス・スノーデン元海兵隊中将と、硫黄島守備隊司令官の栗林忠道陸軍大将の孫、新藤義孝国会議員が、傍聴席にいるという中で、「硫黄島には、勝利を祝うため行ったのではない、行っているのでもない。その厳かなる目的は、双方の戦死者を追悼し、栄誉をたたえることだ」というローレンス・スノーデン元海兵隊中将の、硫黄島での日米合同慰霊祭での言葉を引用しています。

かつて戦火を交えた日米の『和解』の象徴として紹介された2人は、傍聴席で握手を交わし、議場の出席者が総立ちとなって2人に拍手喝采を送ったとなります。演説の要旨は、先の大戦での反省、先の大戦におけるアジア諸国民対する「痛切な反省」(deep remorse over the war)を表明しています。ここで、このremorseという単語が注目されています。そして第二次世界大戦で戦死した米国の若人に対しては「Deep Repentance」という表現を使っていることが注目されます。

村山談話での「deep remorse」という表現を使っていますが、村山富市首相談話で使った
「heartfeltapology(心からのお詫び)」は口にしていません。すなわち村山談話の「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」の前半を踏襲し後半を割愛したわけです。これは『政治』です。

歴史認識という点では、村上春樹さんは「歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が「すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう」というまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから」と作家の言葉を語っています。政治と文学のこの間で一般国民は『和解』の落としどころを悩みます。

後半は、安全保障体制としてのTPPの実現を呼びかけ、日本の改革をコミットしています。そして最後は、「希望の同盟」の呼びかけで締めています。

議会演説の際、聴衆らが立ち上がって拍手を送る場面が10回以上あり、終了後は米議員から相次いで握手を求められた、とありますから、今回の安倍首相は良い仕事を成し遂げる事はできたと評価していいと思います。

反応は、当然に賛否ありますが、十分な摺合せで、かつ米国に対する最大限の気配りの演説ですから、キャロライン・ケネディ駐日大使は「非常に力強い演説」と高く評価しています。議会指導者の評価もいいですが、韓国ロビーを意識してか、米国メディアは謝罪がないということで辛口の評価も忘れていません。

また安倍首相は演説で、女性の人権侵害のない社会の実現を訴えた一方で、慰安婦問題には直接言及しなかった。そこで、日系3世のマイク・ホンダ議員は元慰安婦を招待して反日をアッピールして批判しています。彼は、むしろ韓国ロビーの中心的人物になったことで、組織票を得ており、2007年7月30日に下院本会議で日本政府への慰安婦に対する謝罪要求決議案の採決を用意周到に成功させていました。この時の採決は、議事進行簡潔化の為にサスペンションルールが適用され、議場にいた10人は反対意見がないことを確認し、決議は可決されたとあります。米国議会では午後3時以降は議員の退席が認められていて、その際に議事委任が条件です。此の議案を最後の議案にして残った議員10名で採決したわけす。彼はこの件のロビー活動としては非常に反日的な有能ぶりを発揮したのです。


首相、先の大戦「痛切な反省」 米議会で演説

Japan PM Expresses 'Deep Repentance' For WWII
首相の米議会演説の全文

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
村上春樹さん、時代と歴史と物語を語る(下)
マイク・ホンダ 日本名:本田 実

「非常に力強い演説」…ケネディ大使、高く評価謝罪明確にしなかった…米メディア、厳しい評も
中国、焦点絞り批判 安倍演説 韓国メディアは「不十分」


他方、元米兵捕虜の遺族団体「バターン・コレヒドール防衛兵記念協会」のジェン・トンプソン代表は、「旧日本軍による捕虜への虐待に言及しなかったことに失望した」と話しました。

 
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2015年05月02日

憲法を考える

 朝日新聞デジタル  耕論5/1

長い間、論争の的になってきた日本国憲法第9条。日本人は近い将来、これを書き換え、あるいは手放すのだろうか。憲法記念日を前に、改めて9条の意味を考えてみたい。


 ■無辜の民を守る防波堤 俳優・宝田明さん

 11歳の時、旧満州(現中国東北部)のハルビンで日本の敗戦を目の当たりにしました。旧ソ連軍が攻めてきて、関東軍は武装解除され、街は無政府状態に陥りました。

 父親が満鉄の技師だったため、満鉄の社宅に住んでいました。夕食時、略奪したたくさんの時計を腕に巻き付けたソ連兵が土足で入って来て、銃をほおに突きつけられました。じっと我慢しましたが、ガタガタと歯が音をたてて鳴っているのが聞こえました。

 ある時は、近所の奥さんが買い物帰りに2人のソ連兵に捕まり、連れて行かれるのを目撃しました。あわててソ連の憲兵隊に駆け込んで助けてもらいましたが、この時の衝撃は忘れられません。

 ソ連軍の強制使役で石炭を貨車に積み込む作業をしていた際に、大勢の日本兵を運ぶ車両が見えました。「2人の兄がいるかもしれない」とそばに行くと、見回りの兵に腹を撃たれました。元軍医が裁ちばさみで傷を切り開いて弾を取り出してくれましたが、麻酔なしです。握りしめていたベッドの柵が曲がっていました。こんな経験から、戦後、どんなに素晴らしいロシアの映画やバレエを見ても、私は感動できませんでした。

 国家の命運を動かすのは一握りの人間ですが、いつの時代も、戦争で最も苦労するのは無辜(むこ)の民です。人命尊重の思想を礎に、「二度と愚かな戦争を繰り返してはならない」という、多くの日本人の反省の思いが刻まれている憲法9条は、時代を超えて引き継がなければなりません。

 それには、日本が無謀な戦争に突き進んでいった歴史を教育現場できちんと教える必要があると思います。戦国武将の話よりも、近現代史に多くの時間を割いて欲しい。若い世代に歴史の真実を知ってもらえれば、平和を希求する9条の普遍的な価値を理解してもらえると思います。逆に歴史の真実を学ばないと、歴史に殺されてしまいます。

 旧満州から引き揚げる際、可愛がっていた雑種犬を連れていけないので、エサや水と一緒に大きな石炭箱に入れました。「ケリー、優しい飼い主に出会ってね」と願いながら。家を離れ、ハルビン駅での厳しい検査を終えて汽車に乗りこみ、外を見ると、プラットホームにケリーがたたずんでいました。私たちを見つけると、ケリーは窓に飛びついてきました。

 汽車が動き出してもケリーは必死で追いかけてきました。やがて、窓からケリーの姿は見えなくなりました。この光景は、今も私の脳裏から離れることはありません。

 これが真実です。歴史の真実を伝え、9条を守り抜くことが、戦争を知る世代の責務だと思っています。9条は無辜の民が戦争に巻き込まれないための最大の防波堤なのですから。

 (聞き手・古屋聡一)

     *


 たからだあきら 34年生まれ。「ゴジラ」「ミンボーの女」など出演映画多数。舞台「ファンタスティックス」で芸術祭大賞。共著「平和と命こそ」。


 ■「戦争しない国」の強み フォトグラファー・安田菜津紀さん

 戦禍から逃れてきたシリア難民やイラク難民の人たちを取材しています。今年も2月に現地を訪れました。

 難民キャンプで「どこの国から来た」と聞かれて「日本から」と答えると、「いい国だ。平和的だし人も優しい」と言われます。「日本はどこも攻撃しない国だから歓迎する」とも言われました。

 彼らは、憲法9条の条文は知らなくても「日本は戦争をしない国」ということをよく知っています。私は、日本に9条があって、守ってきたことを誇りに思っています。

 でも今後はわからない。このまま日本が集団的自衛権の行使を認めたり9条を変えたりして「戦争が出来る国」になってしまったら……。「なんだ日本もほかの国を攻撃するのか」「戦争を後押しする国なのか」という意識が広がり、態度が変わっていくでしょう。出会った難民の人たちの故郷に米国が空爆するのを後押しする国になっていくかもしれない。彼らの失望を想像すると、苦しくなります。

 イラク難民の男の子がこう言いました。「知ってる? 戦争になったら僕たちチェスの駒なんだ。チェスって動かしている人間はぜんぜん傷つかないけれど、駒はどんどん傷つくだろ」。日本にその言葉を持ち帰ろうと思いました。私たちは駒でなく意思をもった人間だ、だから意思をもって傷つけあうのはやめようと。そのためには9条を、私も今まで実感がなかったけれど、もう一度9条の存在が輝ける社会をつくりたい。

 でも私たちの世代は、内心では9条は大事だと思っていても、なかなか言えないというイメージがある。「変な人」扱いをされたり特殊な運動をしている人に見られたりするんじゃないか、と。

 しかもよくわからない。だから黙っていよう。ツイッターなどで攻撃されるのもいやだ。どんどん、語りにくくなっている気がする。そこにどうやって穴を開け、広げていくか。それは伝える仕事をしている私たちの役割です。

 たとえば写真や音楽などアートと組み合わせる。あるいは「改憲したらこんなに大変だ」と脅すだけではなく、9条が守られたらこんなふうにいいことがありますよ、こんなに優しい世の中になるかもしれませんよって。

 中東にいると、9条を持つ日本だからこそ出来る国際支援があることがわかります。紛争で生まれる憎しみの連鎖を絶つ、せめて増幅しないようにすることです。

 米国の団体が支援しようとしても、反米感情や「戦争している国が今さら何だ」という反発にぶつかることがあるそうです。日本は違います。「平和な国の人たちが支援してくれるのなら」と受け入れられやすい。これは日本ならではの強みです。

 (聞き手 編集委員・刀祢館正明)



     *


 やすだなつき 87年生まれ。東南アジア、中東、アフリカなどの難民や貧困を取材。ウガンダのエイズ孤児たちの写真で12年に名取洋之助写真賞。


 ■損得で考えれば国益に ドワンゴ会長・川上量生さん

 今後10年以内に、日本は何らかの戦争に巻き込まれる可能性が高い。そう思っている人は少なくないでしょうし、僕もその一人です。

 現在の国際情勢は「世界大戦の序章」と言ってもいいぐらいです。過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭し、イエメンでは反政府勢力が制圧した首都にアラブ諸国が空爆をしている。ウクライナでは、ロシアが領土拡大への野心を持ち、親ロ派と親欧米派との戦闘が収まらない。

 アジアでも中国のチベットや新疆(しんきょう)ウイグル自治区で民族対立が高まっている。中国政府が国際社会の目をそこからそらすため、尖閣諸島に突然上陸するというのは、十分ありうるシナリオではないか。

 そんな状況下で、日本に憲法9条があるのは、「こんなに素晴らしいことはない」と考えています。

 そもそも、憲法9条は敗戦のペナルティーとして、米国から押しつけられたとも言える。だけど、多くの日本人が護憲を言い続けたことで、米国は日本の軍事力を活用できず、困っている。米国が想像もしなかった展開で痛快でさえあります。

 日本が対米追従の外交を強いられがちな中で、憲法9条は戦争に加わらない口実として、数少ない切り札となってきた。戦争のリスクを減らすために、憲法9条はこれからも有効でしょう。日本政府にとっても、憲法9条があった方が都合がいいんじゃないでしょうか。

 仮に中国が尖閣で限定的な武力を行使しても、自衛隊が現実に存在している以上、日本を守る戦力としてきちんと機能するでしょう。憲法9条があろうとなかろうと、日本を守る上で困ることはない。

 軍事衝突が現実になれば、日本は憲法9条を速やかに放棄し、急速な軍事国家化を進めるでしょう。これは中国にとっても望ましいことではない。つまり憲法9条には、相手が仕掛けてくるのを抑止する効果が期待できるのです。

 だから、集団的自衛権の行使や改憲はできるだけやらない方がいいし、国民は反対するべきです。「こうあるべきだ」という理念ではなく、「得か損か」というリアリズムで考えれば、憲法9条がある方が、日本の国益にとって絶対にプラスだからです。

 一方で僕は、国民の多くが安倍政権を支持しているのも、正しい選択だと考えています。国際的緊張が高まっている時には、安定した強固な政権の方が安全保障上のリスクを少なくできるからです。

 ネット上の言説を見れば、改憲論が優勢に見えるけど、それは一部の人が繰り返し言っているから。若い人たちの本音は「改憲されて徴兵制が導入されるのは、絶対嫌だ」ということでしょう。改憲に賛成する人は多くないと思います。

 (聞き手・太田啓之)

     *


 かわかみのぶお 68年生まれ。97年ドワンゴ設立。子会社ニワンゴで「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」を運営。近著「コンテンツの秘密」。
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2015年05月01日

瞬間、刹那も大切にする 出会いこそ

多くの文学者が「日本文学の骨子は『源氏物語』で大枠が完成した」と述べています。
紫式部の著作による、この宮廷文学の根幹をなすテーマは「もののあはれ」だと習います。
「どんなものでも永久、永遠なものはなく、必ず、はかなく終焉を迎える運命にある」という、世の中の現実を直視した考え方で、後の平家物語にも「諸行無常」という言葉で表現されています。

日本文化は、そうした人の命の「はかなさ」を直視して受け止める考え方が、仏教思想と共に底流にとなっているのだそうです。

確かに、日本の国土は地震ばかりでなく、湿潤な気候によって、西洋の建築物のようにれんがや石造りをもって千年単位での使用に耐えうることは不可能です。民族が大自然の厳しさに耐えてきた風土と歴史そのものが反映されてきたのです。

英国風のイングリッシュガーデン、ローズガーデン(バラ庭園)などがが、花の盛りを堪能するけれど、
通りや参道に植えられて、待ち行く人を楽しませる桜
その散るさまは風にまう雪のように花吹雪のように後を残すことなく消えてしまうのも美しい。
薔薇は椿は大きいが、それは枯れ姿も見せる。
「桜の花」中でもソメイヨシノは、パッと咲いてパッと散ってしまう、
これに「もののあはれ」の精神を有しているとみる向きがあります。
まさに桜の花こそ、「源氏物語」において紫式部が看破した「日本人の精神の根幹」を表現していると言えるとみるのです。 日本人の精神には、明日をも知れぬ世の中で、今日という一日を大切に生きる、目の前の仕事に真剣に取り組む、などの行動を産み出しているのかもしれない

『平家物語』の冒頭に「盛者必衰の理」という言葉があります。
この世に存在するありとあらゆるもの中で、永遠に続くものはない。
争いを繰り返して、どんなに勢いのある者もいつかは衰え、滅びる、ということを
それを「無常」といい、はかないことだと記しています。

「もののあはれ」とは、しみじみと深く感じる情感や哀愁を感じてのことで、まさに切なく無常であり、はかなさを惜しむ心でもあります。父が亡くなり、友がなくなり、母も、そして子までもなくなる
そんな人の一生に起きることは、自然をみても同じように起きている、
夢のように一瞬のことともいえる。
だからこそ、この今、この一瞬を大切に生きるしかない。

何事も、生涯に一度限りという気持ちで人と会える、知るという機会を大切にしたい。
ハナミズキ、春蘭、すずらん、モッコウ薔薇、アスパラ、ルッコラ、ヒメジヨンまで花をつけている
5月が終わると草むしり、庭木の剪定が大変だ
そんなことを長閑に考えれいられるようになった日本という国にいられることにも
感謝しなくてはならないと思うのです


・エベレストの標高が変わった可能性も、ネパール地震 
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150501-00010000-nknatiogeo-sctch
・埼玉県国際交流協会、ネパール義捐金開始
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150430-00010006-saitama-l11
・群馬県内留学生らファンド立ち上げ募金募る
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150428-00000031-san-l10
・今度は支える番 東北で義捐金の輪拡大
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150429-00000002-khks-soci
posted by Nina at 14:21| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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