3日告示された41道府県議選で、総定数の5分の1を超える501人が有権者の審判を受けずに既に議席を得た。道府県議選で無投票当選の比率が過去最高の21・9%に上り、香川では全41議席の約3分の2(65・9%)に当たる27議席が決定した。この結果、自民の無投票当選者は348人で前回より約3割増えた。全公認候補1319人に占める割合は26%に上った。
千葉県議選(定数95)では、20ある1人区で民主は候補者を立てず、結果、12選挙区が無投票になった。我孫子市でも無投票の可能性が噂されてもいたが、自民(現)、民主(新)の男性候補に対して、2月に
水野ゆうき氏(32歳)が立候補表明して、事実上の選挙戦がスタートして各戸にチラシが配れ、街宣活動がされていた。
人口減に揺れる地方の市町村だけでなく、県庁所在地の高松市など都市部でも無投票当選が相次いだ。投票率はさがる傾向をみせるものの、無投票であれば予算がかからないからと揶揄する声はもはやない。「自民1強」の国政の勢力を無効に、多弱の野党や無所属の立候補では、資金の援助もない選挙戦で、特に1、2人区当選の可能性の難しい地区で候補者擁立に苦しんだのも一因だとされる。
■無投票6回連続
群馬県議選の北群馬郡区(定数1、吉岡町・榛東〈しんとう〉村)は1999年以来、補選も含め6回連続で無投票となった。当選した自民現職の高橋正氏(67)は「選挙で有権者の信任を得るのが本当だが、争いを好まない地域だから」と語った。
前橋市や高崎市に隣接し、ベッドタウンとして開発が進む。かつては首長経験者同士が争う激戦区だったが、旧吉岡村長を務めて県議になった故大林喬任(たかとう)氏の時代に保守系が一本化され、息子の俊一氏が地盤を引き継ぎ、親子2代にわたる無投票が4年前まで4回続いた。俊一氏の死去に伴う昨年7月の補選でも、榛東村議長だった高橋氏への候補の一本化がすんなり決まり、無投票となった。
平成の大合併の影響を指摘する声もある。北群馬郡区には5町村あったが、2006年に3町村が渋川市と合併し、吉岡町と榛東村だけが残った。首長経験者の一人は「候補者を出して争えば、二つの自治体間の関係にひびが入る」と語る。
労組などの足場が弱く、野党は民主党の全盛期でさえ候補を立てられなかった。野党幹部の一人は「新住民が増えているとはいえ、もともと保守的な地域。1人区で勝算があるとは思えない」と明かす。
島根県議選では、奥出雲町を区域とする仁多(にた)選挙区(定数1)で8回連続で無投票となった。5期連続の無投票当選を決めた自民党の絲原(いとはら)徳康氏(67)は地元で400年続く絲原家の15代当主。竹下登元首相の地元後援会を支えた父の故・義隆氏から親子2代で8期連続での無投票当選だ。
棚田で炭を焼いていた幡(はた)勇さん(85)は話す。「選挙は決まったようなものだからねえ。町議選と違い、県の話を我々がとやかく言うことはない」
■資質の判断「仰ぐべきだ」 定数15、県都でも
今回、定数が複数の都市部でも無投票が相次いだ。
定数41のうち27人が無投票で当選した香川県議選。定数に占める無投票当選者の割合は66%で全国で最も高かった。高松市選挙区(定数15)では、現職14人と新顔1人のほかに立候補の届け出はなく、全員が当選。香川県議選で県庁所在地の選挙区が無投票となったのは初めてだ。
高松市の契約社員の男性(60)は「投票の機会がないのは残念。定数内でもその人が議員にふさわしいのか、判断を仰ぐべきだ」と話した。
人口40万人を超える愛知県議選の豊田市選挙区(定数5)でも自民2、民主2、公明1の5人が無投票で当選した。前回、候補を擁立した地域政党・日本一愛知の会(会長・大村秀章知事)は大村知事が2月に各党の支援を受けて再選されたことから県議選で擁立せず、共産も同選挙区では見送った。共産の地元幹部は「適切な人材がいなかった」と話す。
■無投票にさせない出馬
一方、無投票を阻止するために立候補した候補者もいる。
1999年以来、補選を含め5回連続で無投票が続いた岐阜県議選加茂郡選挙区(定数1)。自民現職の加藤大博氏(35)に、自民を離党した元川辺町議会議長で僧侶の矢田宗雄氏(64)が挑む。「無投票阻止」を掲げる矢田氏は第一声で、「無投票が続き、若者の政治離れにつながった」と訴えた。
加茂郡7町村のうち五つは「消滅可能性都市」に名を連ねる。矢田氏は「このままでは加茂郡は消滅してしまう」と訴えた。3期目を目指す加藤氏は「課題にしっかりと対応してきた」と実績をアピールした。
自民の支持基盤が厚く、自民関係者は「2人区から99年に1人区となり、自民の公認候補に新顔が対抗する余地が全くなく、無投票が続いた」と話す。
■民主、公認候補4割減
民主は4年前の統一選から約4割も公認候補が減り、345人の擁立にとどまった。岡田克也代表は3日の会見で「候補者は多い方がいいが、結果につなげるにはやむを得ない」と語った。現職の当選を最優先し、多くの新顔を立てる余力に乏しかったのが実情だ。例えば、「民主王国」と呼ばれる北海道の道議選も、公認候補が前回の47人から32人に激減。47選挙区中、19選挙区が無投票になった。
与党で衆参の過半数を上回る議席を確保するなか、自民党はこの統一地方選を「日本を取り戻す最終決戦」と位置付ける。1人区のほか、複数区でも積極的に公認候補を立て、他党の出ばなをくじいた。
90年代以前は、政党の候補者擁立にかなり波があった。79年には、前回に大量落選した共産党が候補者を半分以下に絞り、一気に無投票が増えた。83年は、夏に比例代表制での初の参院選を控え、足場固めのために与野党が積極的に候補者を擁立。対決構図が強まり無投票が激減した。
90年代からは、地方を中心に自民党に対抗する勢力が少なかったことや、合併や人口減で、選挙区の数や定数が減り、当選のハードルが高くなったことなどから、無投票の割合は高止まりしていた。
41道府県議選で、女性候補者は379人と11・6%で、相変わらず出馬すること自体が関門だ。全候補者に占める割合は、それでも前回選挙を1・6ポイント上回る統一地方選としては過去最高となった。政党別では、共産が前回から36人増の128人で最多。党候補に占める女性の割合は約47%に達した。2位は民主の58人で、前回より18人減少した。一方、女性活躍を掲げる自民党の女性候補は3.6%、自民は48人、公明は15人、維新は9人、社民は6人で、生活と次世代は各1人です。本当の意味で女性が活躍できる社会に向けて、身近であるはずの地方政治により積極的に関心をもち、候補者の主張、声をしっかり聞いて1票を投じたいですね。
参照:
朝日デジタル、産経新聞 4月3日
posted by Nina at 07:27| 千葉 ☁|
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