2015年03月19日

地価下落に歯止めがかからない我孫子市

■地価の下落で固定資産税が減少か
 18日に公表された公示地価では、県内の住宅地がプラスに転じたとの朗報がもたらされた。ところが、東日本大震災による液状化や台風で被害を受けた我孫子市の地価は、下落していた事が分かった。被災地でありながら転入者が増えて、地価が上昇するいわき市のようなケースもあるのに、震災の後遺症とは言え、地価の変動が明暗を分けた格好だ。

http://mainichi.jp/select/news/20150319k0000m040104000c.html

  しかも、我孫子市布佐酉町は、全国最悪の住宅地下落率(10.9%)となったとの大見出しで各紙が報じた。布佐の理容店主は「景気の良い頃はよく稼いだけど、今はほとんど客がない。震災や水害の後、新しく来る人は少ない」と嘆くコメントが載っていた。地元の不動産業者は「以前は土地も安くすれば売れたが、今は安くなっていても買い手が見つからない」と言う。市課税課は「固定資産税が減り、市財政に影響を及ぼすだろう」との見通しを語る。

 震災による液状化の状況は浦安も深刻であったが、液状化対策が奏功し地価は上昇に転じたという話題の上に、女性の卵子凍結保存まで打ち出して、思い切った予算編成をしている。若い働く女性の定住策で、伴侶となる働き盛りの男性も転入、そして子供も増えるなら、少子化対策、ひいては高齢化対策にも繋がると考えているという事だろう。それに比べ、我孫子では、遅れた水害対策が長年の問題であったので、布佐ポンプ場築造事業費によって従来の7.6倍の処理能力をもつポンプ場を据えて、今月末に稼働させることになった。これは10億7051 万円という26年度予算で執行された。さらに、26年度予算では新木駅(成田戦)へのエスカレーター・エレベーター設置をするための駅舎新設工事がされている。JRは構内のみ整備、他は我孫子市が約14億9558万円を捻出、国から3億円補助する。経過をたどると、我孫子駅南北自由通路の予算化案が出された時期に、新木駅の自由通路の昇降にエスタレーター、エレベーターを設置してほしいとの地域住民の請願が出され、協議が始まったのだった。請願は議会採択されたが、よくよく調査をすると、既存の状態では設置が不可能と分かって用地取得が検討されての一大工事となったのだ。

■将来性、安全性を加味した施策を
 橋上駅舎新設工事は相当な割高になったが、これから更に高齢化する真のニーズにつながるのか疑問だ。高齢化率47%の新木駅北口周辺の事情からすると、しばらくすれば、駅の自由通路の上り下りが楽になっても、高齢者が近くを出歩けなくなる。80歳過ぎても車の運転していた我が母の様子を見ても、今は家の中でも手押し車に頼っている。駅を通りぬけ、スーパーへ買い物をしたくても、そこまで歩くことが無理となれば、高齢者のライフスタイル自体が変化するだろう。通勤者の割合が減って、乗降客は少なく、実際は駅舎の自由通路を歩いて通り抜けるより、車利用で買い物に行くのが多いはずだ。15億円で駅舎新設だが、駅利用者増をどう考え、将来計画を描いたのだろうか。

 複線化が遠のいた成田線は、日中に行きかう本数も少ないままだから、新木住民のように動きださなければ、危険がわかっていながら改善しない東我孫子駅のように、JRは延々と先延ばしだったろう。東我孫子駅では、駅通路が自転車通り抜け禁止などであるが、実際は通勤時に頻繁に通り抜けする形状で、たびたびニアミス事故が発生するが、駅員もいない無人駅だ。過去には小学生の踏切での死亡事故が起きて、小学生の家族には損害賠償を求められることもあって、住民から1万人余の陳情が出て駅の安全性の向上を願った。しかし、信号機の機種改善だけで、駅舎の見直しなどの動きはならずだった。昨年6月には、この駅では死亡事故が起きていた。最近は、認知症などでも踏切事故が起きて、高齢の遺族に高額賠償金を求められる裁判が起きている。新木の住民のように強い結束意識がないと、議会だけでなく、JR相手に話が進まない。他方で、我孫子駅の南北自由通路の件は、2度の予算化があったのだが、予算額、計画の内容などに膠着して進展がなく中止になった。こうした状況の中で、新木駅舎橋上化なのだから、設置して終わりではなく、15億円の効果を検証していかないとならないだろう。

■貧乏市ランキング2位、住みやすさランキング385位の実態
 現在のジリ貧傾向から脱することが出来ずにいると、当市は既に週刊誌(週刊ダイヤモンド、2013/6/6)で指摘されるよう、貧乏市ランキング1位の河内長野市(大阪府)に次いで2位だったのが、こちらもワーストになってしまうのではないか。2年前は、貧乏度ランキングは30年後の予測だからなどと笑い飛ばせてたかもしれないが、今回のように地価の下落率が全国最悪を示した事、また、県内住宅地の下落率1〜5位までが我孫子となったのを、市議ばかりでなく、現市政の担当課も、どう考えているのだろう。

 このところは若い議員も増えたとはいえ、彼ら彼女らは過去の累々の経緯を踏まえ、将来の我孫子をどう読み込んで判断し、ニーズを反映しようと考えたのだろうか。水害のポンプ、駅の昇降ももちろん重要だが、市への転入、市内への交流人口を呼び込むための計画には、目立った新年度予算はない。

 4月は統一地方選、県政に目を向けることも重要だけれど、政権交代直後の四年前の2011年とは事情は違う。選挙への出馬には、本人の勇気も、知恵もいるし、できうればお金も、組織もあったほうが有利なのは分かった話だ。県議選出馬に挑戦するにもそれらが必須だが、今の市政を見て知ってきた市議であったら、千葉県政に物申す勇気を市政のリーダーシップを取るよう見せてほしかった。

 市政の舵取りをする市長選には、市政始まって以来、市議からの立候補が定石となっていた。星野市政の頃から、市議からの出馬が出ない(4年前を除く)というような事に変わってきた。そして、今回のように7割近い市民が投票に行かなかった(白票を投じる事もない)とは、現市政のままでいいというということを意味したのか、それすらも関心がないという我孫子市に変わってきたのか。我孫子の場合、投票率が高くなる市議選すら、前回2011も最低投票率を更新した。それらが、じわじわと他のランキングに表れてきたようなら、非常に問題だ。
 
 事前運動を全くせずに(選挙前に立候補のためのチラシを入れること、街頭、駅頭での活動は事前運動とみなされ違反だとされる)、組織も使わない無所属で出馬した、海津にいな へのご批判も当然ながら耳にした。幸い、それでも約8500人に、2020年に向けて観光立市の提案を受け止めてもらうことが出来て、「無投票にせず、良かった」との評価もあった。「再生!我孫子」をとの訴えを正規の選挙期間だけで目に耳にしてもらう、海津にいななりの覚悟をもっての挑戦だった。当選に至らない場合でも、ある程度の票が出たなら、いい提案なら生かされるはずと考えた。24人定数の市議会、13万人余の人口を有する街で、たった一人からの挑戦を、本気で見守ってくれた市民も多くいたということは有難かった。

■選挙をしないとコスト削減!?
 ご存知のように、同時期に市長選に伴う市議補欠選も無投票であった。
 選挙がない場合は、何ら新たな顔も分からず、市政への取り組みも提示はされないで、そのまま届をした人に決まるということだ。もちろん、告知の掲示板、印刷物の予算は使われるので、選挙が無投票となっても、まったくのタダでは済まない。これまでの我孫子は、選挙の年には市長、県議、市議と3度も選挙が行われる事情も手伝って、特に市議選の投票率は他市と比べて高いということになっていた。どうも、近年は、そうともいかなくなってきた。一気に新住民が一割増えても、我孫子から国政へ、候補者を出せないのは、ここから政治家を育てよう、送り出そうとの意識が生まれにくいということかもしれない。国政の候補者は柏で決まるという暗黙の了解が出来て、選挙期間に駅頭する代議士の街宣活動も数がへり、有力県議らもいなくなって久しく、県政への候補者も柏の政党に推薦を受ける格好で、市の独自性も失われてきた。

 選挙の準備には、無所属や新党の候補者は、自前で選挙費用を捻出する。まずは、選挙の届け出のために供託金(市長選では百万円)の他、事前審査に提出するポスター、選挙広報も印刷屋に頼んで作らなくてはならない。もし、選挙カーや事務所も準備するとなるとそれにも費用がかかり、公選ハガキ(8000枚)も作成すれば、その宛名の印刷も大変だ。組織なく、準備期間なく(前回候補者の再出馬で選挙があるとされたので)、しかも、年金未満とはいえ女性は、往々にして資金不足であり 海津にいなにとて、企業、組織からの寄付はない。よくも、銀行が閉まる年末に、決意できたものだと思うが、それも、家族と数人の女性、男性のほっておけないとの気持ちが動いて、懸命に支えてくれてたお蔭げだ。年末年始の中を走り出し、事務所を貸そうか、選挙カーを貸そうかとの話にもなり、市内各地に出向いていって、朝から晩まで、10時間/日以上を街宣した。なんとか、若い層に訴えようと、マンション地区を選んで、我孫子の未来を考えてもらいたいとハガキを送った。しかし、「宛名に所在しません」との理由で大量に戻ってきたのは実のところショックだった。ホットスポットのまちになって若い世代の人口が流出したとの、高齢化地域は投票に行かなくなっていたことも、選挙結果から実態を目の当たりにした。

 今、子育て世代や転入策のための予算を計上して将来的な市税の確保も考える市もあれば、人口減の対策を打てないままのまちもある。他市はともかく、住宅都市を目指してきた当市の地価の下落という結果につれて、今後の市の政策が停滞していくのであったら、特にローンを払う若い世代は面白くないだろう。海津にいな自身は、この4年間、大学での研究に没頭し、留学生たち、教授らとの議論を重ねて、我孫子の魅力を再確認するようになっていたから、他からの評価をもっと得られなくてはおかしいと思っている。このままでは、ますます地域格差の悲哀を見るようになるのではないかと心底気になって、いてもたってもいられなくなった。
 
■観光立市へのステップは市政への関心も
 これまで数年の星野市政は、我孫子のまちの魅力づくりに大胆な計画も提示したが、予算を決定できないでいた。環境を破壊することや、張りぼて予算だという時には、いつも市民団体などの反対意見がでてきて、見直しされることが何度かあったから、開発型の予算は通りにくくなっていたこともある。そんな経緯がありながら、大型工事費の15億円、10億円の予算執行したからは、安心、安全の上に、交流人口増加にも繋げていただきたい。

 これまで県や国からの助成も受けて自転車も通れる南北自由通路案、国道に接続してはとの道路延線案、ビジネスホテルの建設などは、街の魅力づくりになる可能性もある計画が反対されて頓挫してきた。また沿道の明かりになっていたコンビニも惜しまれつつ消え、農地利用の道も閉ざされ、来る人や舞い込む補助金も断ってきた。企業が大挙して参入するということはない街なのだから、残るは賢明なる我孫子市民の知力、資力だろう。議席削減や議員報酬低減にだけ目を向けるのではなく、これを機に、市民は未来指向でアイデア、お金(寄付)も出してはどうか。市議会、行政にだけお任せではなくて、市民自らが他にも訴え、まちを変えるようにも一人でも多くが動き出して、市民パワーシフトを強化していくことではなかろうか。

 将来的な魅力づくりがされないままの後手、後手になる予算配分では、将来が上向きになる街づくりに繋がっていかない。今の年金世代がサラリーマンであった時期、我孫子は個人所得ランキングで全国に名を馳せる高給取りが多いと知られたことがあった。それから、時代は変化してその昔の余韻があるのかと言えば、住みやすさランキング(東洋経済)では、お隣の守谷市(3位)や印西市(2位)に大きく離されて我孫子市は385位だ。そして、今回、柏の商業地などは上昇率が県内上位、船橋工業用地は全国トップとなっている。千葉の地価が全体的に上向く中で、我孫子の数か所も地価最低に名を連ねたままでいいはずがない。

 議員報酬の低減も続く(市職給与はラスパイレス指数が、H.25 年度県内1位であったことが示すように高い)ことへの反動が、中堅若手市議らが辞職して県政、国政に出て行く傾向になっているのかもしれない。一方で、裁判になっている手賀沼終末処理場には、周辺市の高濃度放射能廃棄物は各市に戻されるが、流域下水道道からの放射能汚泥はそのまま積み置かれたままで、最終処分場が決まらず行き場がない。

 我孫子周辺の外部事情、内部事情から見てみて、液状化対策後も地盤沈下(地価低下)のごとくで、他が春なのに皮肉だ。


参考:
千葉日報にも、報道記事あり
http://www.chibanippo.co.jp/news/local/196113

posted by Nina at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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