2014年08月11日

Sex Slaves から  military sexual lavery、日本人弁護士らの影響も

 8月10日フジテレビの「2001新報道」で、番組側は「朝日新聞が韓国・済州島で慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の証言をもとに報道し、32年後になって証言が「虚偽」だったとする検証記事を掲載した経緯を説明。その上で朝日が番組の取材に対して、長年にわたり報道を訂正してこなかった理由について朝日新聞は「答えは差し控える。理由は言えない」と回答した。
https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=kjl0X0TcQRs

 そこでさらに、吉田証言をもとにした済州島で200人の女性を強制連行したとの事件の虚偽性について、番組はスタッフを派遣して取材した。こうしたことの事件の有無については地元新聞でも調べたこともあったというが、当時を知る地元の数人にきいても強制連行された島の女性がいるなら耳に入らないわけがないし、事件性は認められなかった。番組ではボタン工場で女性が働いていた女性を連行との話について取材を試みたが、それも現地の人々がありえない(ボタンをつくる作業は相当な力仕事で女性には到底無理と断言された)との断言するのを映し出したのだった。吉田証言に基づいて慰安婦問題が動き出してきた国連の勧告を受けるまでになった経緯も分かってきて、いざ国連文書などを見て真偽のほどを追ってみるというのは、一般にはできないが、この番組だけでも敗戦国の国民となった日本人の一人から韓国の女性を強制連行したとのフィクションを事実だと講演していたことから「歴史が作られた」というのは、驚きであった。戦争の引き起こす傷はより、弱者に大きいのはどの国においても起きるのだから、その経験をした被害者・加害者としての両国はこの関係を乗り越え未来を気づいて行かなくてはいけない、その為にしっかりと過去を見つめて前進していきたい。

 吉田発言に基づいて、さらに韓国人慰安婦の対日補償請求運動を支援し、1992年2月国連人権委員会で、朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発」の代表として初の提起をおこない、日本政府に責任を取るよう求め、国連の対応をも要請するなどの積極的なロビー活動をしたのが、戸塚 悦朗(2003年まで弁護士)で、今日の慰安婦問題を国際的に提起し、こうした日韓の関係以外にも国際的に大きな影響をもたらしたとされる。

 この背景は、吉田清司によって、済州島から従軍慰安婦を強制的に徴用したとの話が出てきた1992年に、日弁連は戸塚悦朗を海外調査特別委員に任命した。1992年2月、戸塚弁護士はNGO国際教育開発(IED)代表として、朝鮮人強制連行問題と「従軍慰安婦」問題を国連人権委員会に提起し、「日本軍従軍慰安婦」を「性奴隷」として国際社会が認識するよう活動していく。

 1993年5月小委員会で日本政府に対して、元慰安婦に対して個人補償を勧告するIEDの最終報告書が正式に採托され、日本政府に留意事項として通達された。1993年7月国連人権委員会の「人権委員会差別防止・少数者保護小委員会」で「戦時奴隷制問題」の特別報告者を任命する決議が採択され、スリランカのラディカ・クマーラスワーミーが特別報告官に任命された。日弁連による国連ロビー活動について当時日弁連会長だった土屋公献も日弁連が国連において慰安婦を「性的奴隷(Sex Slaves またはSexual Slavery)」 として扱い、国連から日本政府に補償をおこなうように働きかけたとている。その結果、1993年6月のウィーンの世界人権会議において「性的奴隷制」が初めて「国連の用語」として採用され、そのことから1996年のクマラスワミ報告書では「軍隊性奴隷制(military sexual lavery)」と明記される。

 この報告書に関して、済州島での調査を行った秦郁彦元千葉大学教授は、クマラスワミ報告書には事実誤認が甚だしい評している。アジア女性基金理事の大沼保昭東京大学名誉教授も、慰安婦問題の部分について「学問的に水準が低く、信頼できない情報源に依存している。法的な議論にも問題点がある」と総評している。クマラスワミの訪問を受け、持論が採用された吉見義明は「一部に事実誤認があるがその点を修正すればしっかりした報告書である」と評価をした(ただし、後に「植民地での奴隷狩り的強制連行は確認されていない」こと、「挺身隊が慰安婦にさせられた例も確認されていない」ことを認めた)。

 1993年5月国連人権委員会で日本政府に対して、元慰安婦に対して個人補償を勧告するIEDの最終報告書が正式に採托され、日本政府に留意事項として通達された。この時期日本政府はアジア女性基金を設置し元慰安婦個人への補償を行う方針を決めていたが、アジア女性基金の理事大沼保昭と運営審議会委員横田洋三は、日本の新聞やNGOは、国連の報告書は国連人権委員会の審議をするための材料であり、国連の立場を示すものではないことを理解した上で、外圧のために報告書の意図を捻じ曲げた報道をしていると批判している。

 1994年国連人権委員会の「人権委員会差別防止・少数者保護小委員会」で「戦時奴隷制問題」の特別報告者にリンダ・チャペス委員が任命され、その後マクドゥーガル委員に代わった。

 1995年4月の現代奴隷制作業部会は「第二次世界大戦中に性奴隷とされた女性の問題に関して」初めて日本政府を名指しし、行政的審査会設置による解決を勧告した。1995年8月国連人権小委員会はこの勧告を受け入れる決議をしている。この段階で「軍隊による性奴隷」が日本の問題であることが国連決議となった。

 アジア女性基金がその寄付金の分配(慰安婦の名乗りでた女性たちを支援する団体が、日本の民間基金からでは受け取りを拒否するとした)などの終了にあたって、2004年にまとめた「「慰安婦」問題とアジア女性基金」によれば、慰安所を等しくレイプセンターと呼び、慰安婦20万のうち14万人以上の朝鮮人慰安婦が死亡したという内容は根拠がないとしている。(『「慰安婦」問題とアジア女性基金』参照)。

 戸塚弁護士らの政治的活動は日弁連内部から目的外・職務外行為であるとして批判され、戸塚弁護士は1998年には日弁連から解嘱された。

こうした経過をみてみても、真実をどこに求めるのか疑問になってくる。教科書問題にも発展し、日本の教科書では事実としての記載をするかいなか紛糾し、またそのことで教育委員会を始め社会一般にも波紋をなげかけ、日韓の問題を複雑険悪化させた。嫌韓、反日を煽った

 どの地域でも戦争・地域紛争によって、性的被害、虐待、殺傷を受ける女性たちが昔もそして現在も多い。こうしたことを未然に防ぐためにも戦争の防止にむけて一致協力していくようになることが重要なのだとおもうが、話は強力よりも批難ばかりが強くなる傾向にある。これを乗り越えるアジアの知恵を示すことをしなくてはならない、そのヒントは柳宗悦の思想の中にあるのではないかと、心ある人たちと研究をしている。皆さまにも加わって頂きたく呼びかけようと思う、我孫子来訪から100年の夏です。


国連報告書などの出典:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%9F%E5%A0%B1%E5%91%8A

posted by Nina at 18:52| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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