2014年07月24日

各地にみられる史跡の保全活用の機運

 昨日のブログを見た方が、「その梅屋家の別荘が千葉県岬町にありました。梅屋庄吉は白蓮(NHK朝ドラ「花子とアン」で話題のもう一人のヒロイン)とその駆け落ちの相手・宮崎龍介を岬別荘に匿ったそうです。」とメールで教えてくれました。これまでも、千葉県の別荘を調べてきましたが、いすみ市岬町江場土439-8という場所は梅屋家の別荘があり、その土地は現在は区画売りになっていました。千葉県には特に、海浜部に有力者の別荘が建てられたが、これまでそうした調査がされていなかったが、かなりのものがあったという貴重な証拠となるのではないか。

 ところで、 長崎さるく では 梅屋庄吉のゆかりの史跡を歩くというコースもあるようです。「さるく」とは、長崎の方言で歩き回るというような意味です。
http://tabinaga.jp/sonbunumeya/map.html

 長崎出身の大実業家・梅屋庄吉は辛亥革命の指導者孫文をその妻トク(壱岐士族の娘)と共に物心両面で支え、宋慶齢との結婚も取り持つなど、日中動乱の感動のドラマで、TVで放映されて、私は釘づけで見ていました。その曾孫にあたる 小坂文乃さん(日比谷松本楼常務。立教観光学科卒)は「革命をプロデュースした日本人」という著書があります。松本楼には、宋慶齢が使ったピアノが置いてあるということからも、関係性が深かったとわかります。

 一方、白蓮事件の相手であった、宮崎龍介の親族の出身地は荒尾市(熊本県)で、やはり孫文の革命成就の為に尽力した一人です。しかし、身代を潰して家屋敷は人手にわたりましたが、地域の思いは留められ、今は市の資料館として保全活用されているのです。日中友好の記念館としてVIPも訪問する観光の一シーンになっているそうです。 
http://arao-kankou.jp/sightseeing/history/miyazakibrothers.html


posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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