2014年06月25日

憲法9条、解釈の変更によって大転換

国会閉会後の24日、自民、公明両党の与党協議で、憲法の解釈を変えて他国を武力で守る集団的自衛権を使えるようにすることで大筋合意し、閣議決定は来月4日の日程とされた。実務的な詰めを国会の場で議論がされるだろうが、今の強力な自公体制のもとで、憲法9条によって専守防衛に徹してきた日本の安全保障政策が大転換される。

もともと「平和」を結党理念とする公明は当初、集団的自衛権の行使を認めることに慎重だった。だが、行使容認へ安倍晋三首相の強い意向が示され、連立政権を離れないと決断したことから、自民が示した集団的自衛権の限定的なという条件を付加して行使を容認することで妥協した。

13日の与党協議で、閣議決定原案の根幹に当たり、公明があいまいな部分があるとして納得しなかったため、自民党の高村正彦副総裁は自民の再考案として集団的自衛権を使う際の前提条件となる「新3要件」を公明に提示した。つまり、「他国に対する武力攻撃が発生し」た際において、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」など条件をつけくわえた。わが国がk国内が戦争に巻き込まれないように攻防するだけではなく、海外におけける自衛隊(改憲後は「国防軍」)の活動において、抗戦できるようにもする(外国で砲火がおきて人を殺すことが政府の承認される=戦争参加)の可能性がおきることを国民一人一人が「覚悟」することだと、高村氏も触れている。

https://www.youtube.com/watch?v=ORFhAu6NJWo&feature=player_embedded#t=0

 その前日の12日、民主の海江田万里代表は26分の持ち時間すべてを集団的自衛権の質問に充てた。
 安倍首相だけではなく、背後からの身内の視線も意識することになった。なぜなら、民主党内の保守・リベラルの幅が広いため、安全保障への態度を明確にするとなると、その是非は明言しづらい。党内事情を抱えて臨んだ党首討論だったから、首相は終始正面から答えず、党内の代表への評価を刷新するに至らなかった。前々日の11日夜には、来年秋までの任期を前倒しして代表選を行うよう求める中堅・若手議員が会合を開かれていたという。会期末に近い20日の両院議員総会で、海江田氏を突き上げようという動きもあった。閣僚経験者は、代表質問でも「大きな流れは変わらない」と冷ややかだった。

 中曽根内閣時、イラン・イラク戦争の機雷除去で、米国から自衛隊を出してほしいと要請がされたこともあった。当時の官房長官だった後藤田正晴氏(元警察庁長官)は断固として反対した。「いっぺん踏み出したら取り返しがつかない」と。歴代の政権ですら、内部の自序作用で守り抜いてきたものを、安倍政権は解釈改憲という小手先で憲法改正への大きな舵切りの重みをどれほど認識できたいたのか。「これくらいなら」と認めた小さな穴が、いつの間にか大きな穴になることを党内ではどれほど把握し、検討したか定かではない。「美しい国、日本」へと改憲草案づくりの主軸にいたのが中谷元氏(元防衛庁長官)であったし、韓国との関係がよくない上に中国とはもっと悪い、その原因を作り出した一因には安倍首相の靖国参拝、石原慎太郎氏(元自民党)によっておこされた尖閣諸島問題であった。
 

 安倍首相がいう「わが国の存立が脅かされる”明白な危険”」とはどんな事態を想定してなのか、必ずしも明確でない。ことばの差し替えで集団的自衛権が行使までもできるようになるのなら、これまで憲法違反とされてきた自衛隊の海外での武力行使を可能にするのか否かまでも含み、具体的な活動の是非を問うことなく、憲法解釈での変更だったら、それこそが「おそれ」どころではない「明白な危険」が既に始まっているのだ。

 首相と「防衛庁」があうんの呼吸で即動くということを国民は後日知るなどと、ならないように緊急出動の規定についてはどこで話を煮詰めるのか。今は、机上の論、解釈論議だけに集中しているが、実際に「明白な危険」だとの報告をする側と受ける側がどうそれを明白に認識できるのか、言葉の違いを直すだけでなく、武力行使が実行される際の犠牲・賠償までも含む話ではないのか。その動きになりかねない時に、党内で歯止めをかける規定も話にあがっていないようだ。これまでは、「非戦闘地域」、「後方支援」という規定をまがりなりにも持ち出して、有事に至らない為に議論をしてきたのに、そうした大転換だという意識も起きていないようなのだ。

 例えに出される、中東ペルシャ湾などを念頭に置いたシーレーン(海上交通路)に敷設された機雷除去だが、掃海活動を名目にして、戦闘の最中にも要請によって出動をひとたび行えば、武力行使の可能な憲法になってしまいかねない。安倍首相は、集団的自衛権の解釈変更によって起こりうるリスクをもっと明確に自身の口からも言うべきだ。自動車のブレーキ部分の不備で事故がおきて、リコールがおきて部品海舟の損害賠償に応じるが、武力行使の戦端において血を流す、または命を落とすという戦闘態勢に駆り立てられる男子・女子が出た場合に頭を垂れるのは安倍首相ではないということだろう。そうした際の保障に応じるのは国民の税金ということになるのだろうが、そうした説明もせずに、公明を巻き込んで責任重大な事を拙速にすすめて、内部の意見集約はどの程度あったのか、議論は右え習えのようで見えてこない。かつての自民党の内部には、後藤田氏のように戦地へ赴いた経験、敗戦の経験を踏まえて、三木赳夫、加藤紘一氏らがいた。中野広務氏は「沖縄県宜野湾市の嘉数の丘に京都府慰霊碑を建てるために訪れたときにタクシー運転手から「お客さん、あそこで、あそこで、私の妹は殺されたのです。アメリカ軍じゃないんです」と聞かされた戦中派としての体験もあり、終始平和憲法の尊重をした。

 日本国憲法、特に9条の意義をわきまえて、若者を戦争に加わえないようにするという戒め、戦闘を極力回避しようとの責任感のある人物が自民党内部にはいたのだが、現・党内部にはもはや一人もいない、唯一公明党だのみ、それも政権連立の欲には折れたということだ。

 過去、太平洋戦争は米国を始めとする連合国相手の戦争だったが、70年を待たずして米国が関わる戦争にも加担していくことになる第一歩へと仕切り直したということにもなろう。格段に攻撃力の増した兵器を開発できている今の時代だから、周辺環境から日本の安全保障が問われているというが、戦争を起こさないように各国が努力する歯止めになる要件をこれまでの憲法9条なら固持できた。世界唯一の被爆国として、軍事より平和を訴える国としての役割を果せていた。安倍政権下の改憲以前の解釈で、これまで戴いていた平和憲法の精神を崩し、自ら戦争にも加わっていける可能性を孕んだ国になっていくという事ではないのか。

 
参照:
朝日新聞社 6月24日(火)21時45分配信
http://www.asahi.com/topics/word/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9.html?ref=yahoo
posted by Nina at 01:08| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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