2014年06月30日

平和憲法があってこそ、守られて69年

 男子サッカー・ワールドカップで、日本は敗退したが、日本とも対戦したギリシャが今朝はコスタリカとの決戦に臨んだ。そのコスタリカは平和憲法(常備軍を持たないが、非常時徴兵を規定している)を持つ国だとしても知られている。米国による対ニカラグア作戦の基地になった時期があって、中立原則も一時揺らいだ。そこで、1983年にモンへ大統領政権下に「コスタリカの永世的、積極的、非武装的中立に関する大統領宣言」を行っている。しかも、1986年にモンヘ大統領を破り就任したアリアス大統領が、米国の対ニカラグア強硬政策に追随することを良しとせず、アリアス大統領によって国内のARDEの基地は撤去された。さらに中米紛争そのものの解決のためにも尽力し、中米和平実現のために努力に対して、アリアスには1987年ノーベル平和賞が送られていた。


日本は、戦後の平和憲法によって、70年近くになるが、今や永田町では戦争の悲惨さを知る人がもうあまり残っていない時代を反映し、強大与党政権下では憲法解釈による集団的自衛権で武力行使までもの解釈ができるとの方向に進んできているため、このような憲法の解釈で閣議決定することにも疑問視する声は多い。
 
 その展開をみて、「自衛権、という言葉はまやかしだ」と、作家・早乙女勝元さん(82)は言う。「戦闘権、というべきです。これはいつか来た道。歴史に学ばなくてはいけません」と訴える。我孫子には弟・早乙女菊王がおられたので、我孫子の方々も注目度が高い作家であり、東京大空襲の裁判をされる方を応援してきたことでも知られる。実娘もコスタリカの平和憲法の研究をして、講話活動をされる。

 「若い人に『銃後』と言っても通じませんよ。数字の十五と勘違いされる」と苦笑する。今も「東京大空襲・戦災資料センター」(東京都江東区)の館長を務め、戦争体験の継承に力を注ぐ。だが、実際に継承していくことの難しさを感じてもいる。戦争になれば、戦場から離れた場所はすべて「銃後」となる。そこで何が起きたか。

 12歳だった1945年3月10日、父に起こされて外に出ると、真っ赤な火の海が見えた。リヤカーに家財道具を縛り付け、焼夷弾が降る中を両親たちと逃げ回った。電柱がマッチのように火を噴き、人が火だるまになっていた。死が目の前にあった。この空襲で10万人が死んだ。

 「聖戦を行う神国・日本」「神風が吹いて必ず勝つ」と教えられていたが、町は焦土と化し、戦争の実態を知らされないまま民間人が犠牲になった。どうして戦争を止められなかったのか。当時、女性に参政権はなかった、決定権はすべてお上にあった。「いつの間にか始まって、いつの間にか火の粉が降ってくるようになった」と母の記憶だった。「見えざる、聞けざる、言えざる」の状態で国民は戦争に動員されたのだ、と思った。

 戦後は工場勤務の傍ら戦争体験を本にまとめ、戦災資料センターの開設に尽力した。戦争で大切な人を亡くした遺族たちの証言を集め、講演などで「(戦争を)知っているなら伝えよう。知らないなら学ぼう」と訴え続けてきた。「戦争が恐ろしいのは、その本質が隠蔽、お国のためにと美化されることです」。議論が尽くされぬまま、美しい、日本の誇りだと言い逃れで、集団的自衛権の行使へと向かう今が、当時と重なって見える。

 安倍晋三首相は、集団的自衛権の類型を説明する際、パネルで母子を守るイメージを前面に出した。早乙女さんは、「戦闘に加わり、外国人を殺傷し、自国民である隊員からも死者が出るかもしれない。日本は、米軍基地もあるので、攻撃目標となって狙われる可能性が出てくると言うべきです。歴史を知らないと道を誤ります。そうして犠牲になるのはいつも市民、民間人。戦乱になってしまえば、女・子供が逃げそびれる可能性が高まるのだと、そのことを私は死ぬまで証言し続けます。」と言う。


出典:
毎日新聞 2014年06月28日 22時45分(最終更新 06月29日 01時39分)



posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

公明党内部、連立政権は『解消すべきだ』との声

 公明党は28日、集団的自衛権を巡って47都道府県の地方代表による懇談会を東京都内で開き、党執行部が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定などを説明した。

 しかし、永田町中心の意識ではない、第二次世界大戦の記憶が色濃く残る広島、長崎、沖縄をはじめ、地方側は「北から南まで慎重・反対論が100%」(出席者)となった。「地元で連立離脱を求める声がある」「『次の選挙は応援できない』と言われた」と悲鳴もあがった。執行部は「憲法9条の規範は守る」と説得に追われ、閣議決定後に党幹部が各地を回り、支持者に直接説明する方針を示した。

 与党協議の座長代理を務める北側一雄副代表は会合で、閣議決定について「1972年の政府見解をベースとし、従来方針との整合性は保たれている」と強調。集団的自衛権の全面容認ではないと理解を求めた。

 一方、地方代表は25人が発言。慎重姿勢から容認に転じた執行部に対し、「憲法解釈の変更を本当に閣議決定でやっていいのか。本来は憲法改正だ」という疑問を皮切りに、発言を求める挙手が殺到した。

 出席者によると、広島代表は「平和に敏感な県だ。県の全議員から意見を聞いたが、いくら限定的でも集団的自衛権の容認は納得も理解もできない」、長崎代表は「被爆県では行使容認にかなり拒否反応が起きている」と訴えた。沖縄代表は「基地を抱え、万一の時に攻撃されかねないと県民が心配している」と危機感を示した。「日本が戦争に突き進むのかと言われる」(静岡)「閣議決定ありきでなく、まず地方議員に説明すべきだ」(長野)などと執行部批判が続いた。

 自民党との連立政権について「『解消すべきだ』との声がある」との発言が複数出たが、北側氏は「離脱はしない。公明がブレーキ役を果たす」と訴えた。執行部は地方側にかん口令を敷いたが、会合後は記者団の取材に応じる代表者が続出。鳥取の代表者は「党と地方、支持者の意識に相当差がある」と指摘し、福岡の代表者は「地元の説得は難しい」と述べた。

 だが、執行部は地方の意見は取りまとめず、30日の国会議員の会合で一任を取り付ける方針。7月1日に与党合意、閣議決定に踏み切る構えで、地方や支持者の反発が続くのは避けられない。山口那津男党代表は「厳しい意見が相次ぐのは健全だ。皆さんの意見を協議に反映する」と強調したが、東海地方のある代表者は「もっと声を拾えないと、ひっくり返せないんだろうと思いながら来た」とも述べていた。

公明党のメール受付先 https://www.komei.or.jp/contact/

出典:
毎日新聞 6月28日(土)21時39分配信

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月28日

「花子とアン」のもう一人のヒロイン、柳原白蓮

現在のNHK朝ドラ「花子とアン」に出てくる、もう一人のヒロイン・蓮さまのモデルは、大正三美人の1人だった柳原白蓮だという。大正から昭和時代にかけての歌人で本名はY子(あきこ)は、白蓮事件でも知られる実在した女性で、いかに女性の一生が家長制度という名のもとに自分の意思を持つことも不可能だったのかということが分かる例だ。

Y子の父にあたる柳原前光は伯爵だが、母は前光の妾のひとりで、奥津りょうという名前だった。柳橋の美人芸妓は没落士族の娘だったのは、親が食いつぶして借金のかたに身売りされたというような維新に起きた多々ある明治女性の悲哀劇の一つなのだろう。

実は、白蓮は大正天皇の生母である柳原愛子の姪にもあたる血筋で、つまりは大正天皇とは義従妹にあたる、まさに伯爵令嬢だったから、注目される運命に生まれた女性だ。しかし、男性が妾を多数もつことが許容された時代に、お家の中の確執もある厄介な身の上でもあった。そのため、たびたび養子縁組や里子に出され、知らない間に結婚も決められた。女性の人生がこれほどまでに家長である男性の手に委ねられてしまうものかという、自分の意思表明は許されない時代であった当時の一例にすぎないのだろう。

生後7日目に実母から引き取られ、生母・りょうは1888年(明治21年)、Y子3歳の時に病死している。前光の本邸には、さらに側室の「梅」(元は大正天皇妃・柳原愛子の侍女)がおり、子のない梅はY子の引き取りを願っていたが、正妻・初子がそれを阻止すべくY子を自分の手元に引き取ったという。柳原前光の正妻・初子の次女として入籍されたが、華族の慣習として里子に出され、品川の種物問屋を営む家の乳母の「増山くに」と里親家族の愛情の元で下町の環境で育てられる。学齢となった6歳の時に柳原家に戻り、初子に華族の娘としてしつけられる。9歳で遠縁にあたる子爵・北小路隨光の養女となり、小学校も転校となる。

北小路家は夫婦の間の子がいずれも早世したため、父・前光の弟・隨光が養子となっていた。ところが、まもなく隨光が女中に男子(資武)を生ませた事から養子関係が変わり、Y子を資武の妻にする条件での養子縁組となったのだった。同年に父・前光が死去し、異母兄である義光が柳原家の家督を継いだ。

北小路家で養父の隨光により和歌の手ほどきを受けた。北小路家は経済的に苦しい事から養父母は女学校入学を渋ったが、Y子の強い願いにより、車ではなく徒歩通学を条件として実現した。1898年(明治31年)、13歳で華族女学校(現・学習院女子中等科)に入学。同居する資武は7歳年上で知的障害があったといわれ、思春期の盛りでY子が他の男と同席するだけで嫉妬して暴力をふるう事もあった。結婚相手である事など知らなかったY子は資武に恐怖して嫌いぬき、結婚を急がせる養父母に泣いて抗議するが、ある日資武に「お前なんか妾の子だ」と罵倒され自分の出生を知らされる。初子を実母と思い込んでいたY子にとっては、帰る場所を失った出来事だった。華族令とそれを元に定められた柳原家範という法の管理下にあるY子に選択の余地はなく、8歳の資武との結婚を承諾させられ、間もなく妊娠したY子は女学校を退学した。1900年(明治33年)、北小路邸で質素な結婚式が挙げられ、翌1901年(明治34年)、15歳で男子(功光)を出産。

功光誕生の半年後、養母・久子の提案で北小路家縁の京都へ一家で引っ越す事となる。まったく友人の居ない京都での生活は、子の養育は久子に取り上げられ、外で子供のように遊びながら家で女中に手を付ける夫とは夫婦の愛情も無く、Y子は孤独な日々だった。結婚から5年後、Y子の訴えにより事情を知った柳原家と話合いが持たれ、1905年(明治38年)、子供を置いていく条件で20歳で離婚が成立した。

しかし、「出戻り」のY子は柳原本邸に入れてもらえず、養母・初子の隠居所で暮らし、門の外に一歩も出る事のない幽閉同然の生活となる。挨拶以外にほとんど誰とも口をきかない生活の中、姉・信子の計らいで古典や小説を差し入れてもらい、ひたすら読書に明け暮れる日々が4年間続いた。その間に、再びY子の意向と関わりなく縁談が進められていた。結納の日取りまで決められるが、Y子は家を飛び出し、品川の乳母の家に走った。しかし、乳母の増山くにはY子の幽閉中に死去していた。家出したY子を信子が庇い、兄・義光夫妻の元に預けられる。

1908年(明治41年)、兄嫁・花子の家庭教師が卒業生であった縁から、東洋英和女学校(現・東洋英和女学院高等部)に23歳で編入学し、寄宿舎生活をおくる事となる。この頃、信子の紹介で佐佐木信綱主催である短歌の竹柏会に入門する。最初の結婚で華族女学校の中退を余儀なくされたY子には、再び学ぶことができる幸せな学園生活であった。女学校ではずっと年下の生徒達とも打ち解け、中でも後に翻訳者となる村岡花子とは親交を深め、花子に信綱を紹介した。

その後については、ドラマの展開のように気に染まぬ再婚をさせられるが、ドラマとは違い卒業はできた。
その再婚相手にも多数の妾と成さぬ仲の子供が多数いて、ドラマでは描ききれない複雑な関係が展開していたが、それも自分の意思ではどうにもなならに家長制度によってきめられてしまう時代だったからだ。再婚後も、妾の問題に苦しみながら生活するが、『解放』の主筆で編集を行っていた宮崎龍介が別府の別荘を訪れる。

龍介は7歳年下の27歳、孫文を支援した宮崎滔天の長男で、東京帝国大学法科の3年に在籍しながら新人会を結成して労働運動に打ち込んでいた。新人会の後ろ楯となったのが吉野作造ら学者による黎明会であり、『解放』はその機関誌であった。蓮子は夫がひいきにする芸姑を4千円(当時)で身受けして、妾にするという離れ業もしながら、婚家を出奔して龍介と一緒になる計画をする。後に「白蓮事件」と世間に言われる不倫事件(姦通罪は女性は死罪)だった。

1923年(大正12年)9月の関東大震災をきっかけに、駆け落ち騒動の最中に生まれた長男・香織と共に宮崎家の人となったY子は、それまで経験した事のない経済的困窮に直面する。弁護士となっていた龍介は結核が再発して病床に伏し、しかも宮崎家には父滔天が残した莫大な借金があった。裁縫は得意であったが、炊事洗濯は出来ないY子に代わり、姑の槌子が家・育児を引き受けた。Y子は小説を執筆し、歌集も出版、色紙や講演の依頼も引き受け、龍介が動けなかった3年間はY子の筆一本で家計を支えた。

1925年(大正14)、長女の蕗苳が誕生の頃、吉原遊郭から脱出した花魁が宮崎家に駆け込んで助けを求め逃げ込んだのを保護している。その後も娼婦の救済活動は続けられ、1928年(昭和3年)にも吉原から子持ちの娼妓が宮崎家に駆け込んでいる。苦界にあった女性達に白蓮は憧れの存在であった。この活動は暴力団に狙われる危険なものであったが、Y子にはかつて再婚した家で侍女を妾に差し出すという犠牲にした罪の意識があり、娼婦の救済はその罪滅ぼしもあったようだ。

小康を得た龍介は1928年(昭和3年)11月の第一回普通選挙に立候補するが、演説会場で昏倒し喀血して絶対安静の身となる。Y子は龍介に代わって選挙運動の演壇に立ち、色紙を売るなど選挙資金を作って夫を支えた。宮崎家を頼る労働運動関係者や中国人留学生、吉原から脱出した娼妓らを食客として世話をした。その他、生活が苦しい京都出身の華族の子弟を月謝が免除される学習院へ通わせるために家に住まわせてもいた。その中には北小路家に残してきた功光もいた。出奔事件以降『心の花』への投稿を断っていたが、1935年(昭和10年)6月に自らの歌の場として歌誌『ことたま』を刊行した。

戦後は、1946年5月にNHKラジオで子供の死の悲しみと平和を訴える気持ちを語った事をきっかけに、「悲母の会」を結成し、熱心な平和運動家として支部設立のため全国を行脚した。会は外国とも連携して「国際悲母の会」となり、さらに世界連邦運動婦人部へ発展させた。戦前の女性たちが耐えてきた歴史の一齣を「花子とアン」で知ることになったが、戦後の新憲法のもとで男女平等となった。叔母の柳原愛子は、明治天皇の正室の昭憲皇后との間には子が無かったもので、皇后の典待として何人も出産して大正天皇のみが成人したが早逝された。こうした男尊女卑ともいうべき、旧い因習と女性たちの教育機会・経済的に弱い背景による格差の解消を図るのはなかなか容易ではなかった。

晩年、夫・龍介の手厚い介護のもと、娘夫婦に見守られ、柳原白蓮は歌を詠みつつ穏やかに暮らした。1967年(昭和42年)2月22日、81歳で死去。












posted by Nina at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月27日

我孫子市男女共同参画月間

6月は「我孫子市男女共同参画月間」で、男女共同参画月間横断幕我孫子市は千葉県で唯一の「男女共同参画宣言都市」です。

一方の東京都議会での不妊治療などの質問登壇者に対して「産めないのか」など、女性新人議員に卑劣な野次が浴びせられた事の波紋は外国特派員クラブでの記者会見に波及しました。日本社会の男女不均衡な保守性のつよい議会構造が招いた結果です。野次を浴びせられた塩村議員は、記者会見で「女性議員は少ないし、働きにくいといっても否定できない。男性のスタンダードで進んでいる。それで今回の事件が起きてしまった」とも言っています。問題の発言を塩村都議がツイートしたところリツイートが3万3千件にも達し、海外メディアがそれを受けて報道。外国人記者は「ソーシャルメディアの発達がなければ、問題は議会内でとどまりここまで大きくならなかった」と語っていました。

我孫子市では、毎年6月を男女共同参画月間と定め、市庁舎に横断幕を掲げ、市民図書館でPR展示を行っています。また記念事業として毎年、市民団体との共催でも実施します。

昨年度ワーク・ライフ・バランス講演会は、「仕事も介護もあきらめない! 〜もしも、親が倒れたら〜」というテーマでした。身近な人が倒れた時、誰が介護するのか、最近によくある遠距離介護、老老介護などや、女性(もちろん男性もですが)の仕事はどうすると、次々に問題が山積みされる介護は誰しもいつかは直面します。昨年の講師は、仕事と家庭の両立を推進し、自らワーク・ライフ・バランスを実践している渥美由喜さんでした。渥美さんは、共働きの妻と家事・育児を共に担っているので、2回育児休暇を取得。父親の介護と次男の看護にも対応している話を伺いました。

本年は、6月29日(日)13:30〜15:00 
下記の内容が予定されています。女性は出産子育て、介護、家事・家計負担、最近は都議会で問われた不妊治療と難問が押し寄せますが、男性の理解と協力を得て、両性が社会を支える生き方を明るく、自分らしい生き方を考えます。

演目 
〜真打ち落語家 春風亭鹿の子さんの「私らしいワーク・ライフ・バランス」〜

場所:アビスタ・ホール

参加費無料(先着130人)

お申込み/お問合わせ
我孫子市秘書広報課男女共同参画室
TEL:04-7185-1752/FAX:04-7185-0127
メール送信の場合は下の星印をアットマークに変更してお送りください。
koenkai-danjo★city.abiko.chiba.jp


posted by Nina at 10:50| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

新たな防衛システムの導入も着手か

 時事通信の報道(6/21)によれば、防衛省は北朝鮮の弾道ミサイル開発に対処するため、新たなミサイル防衛(MD)システムの本格研究に着手した。大気圏外から地上に向かって再突入してくる弾道ミサイルを高々度で撃ち落とす「終末段階高々度地域防衛(THAAD)」ミサイルと、イージス艦から発射する「海上配備型迎撃ミサイル(SM3)」の地上型導入に向け、米国と協議を開始した。
 自衛隊の弾道ミサイル対応はまず、海上に展開したイージス艦がSM3を発射し大気圏外でミサイルを破壊。失敗した場合は、地上に展開した地対空誘導弾パトリオット(PAC3)で撃ち落とす2段構えの対応となっている。
 本格研究するのは、SM3とPAC3の間のタイミングでの迎撃態勢だ。THAADは米国が順次配備を行っている新型の迎撃ミサイルで、大気圏外から大気圏に再突入した弾道ミサイルを撃ち落とすことができる。2006年から13年にかけて行った11回の迎撃テストで全弾が命中。米軍はTHAADを韓国に配備することを検討している。
 地上型SM3は米軍が欧州のMDの一環として実験を重ねている。米国は5月、地上配備型SM3ミサイルの発射実験に成功。15年からルーマニアに配備する方針だ。海上型のSM3とは異なり、イージス艦を海上に展開させる必要がないため機動能力に優れ即応性が高い。

 また、ソウル聯合ニュース (6/18)によれば、韓国の金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官は18日の国会答弁で、米国が最新鋭の迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備を検討していることについて、「在韓米軍が戦力化する分には関係ない」と答弁した。
 THAADは米国主導のミサイル防衛(MD)の主力。金長官はTHAADの韓国配備について「米国で協議中だが、韓国が購入し配備する計画はないことは明確にした」と説明した。
 北朝鮮のミサイル迎撃のため韓国軍がTHAADを購入し配備する計画はないが、在韓米軍が独自に配備することについては、韓国は無関係だとの意味と受け止められる。
 在韓米軍のTHAAD導入に反対しないという意味かとの最大野党・新政治民主連合議員の質問に対しては、「(米国から)まだ検討するよう要請を受けていない。米国自体が内部で協議中だと認識している」と説明した。
 THAAD配備に対する中国の懸念については、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃するのが目的だとした上で、「作戦範囲が朝鮮半島に局限されており、周辺国を刺激したり朝鮮半島を脅威にさらしたりするものではない」と強調した。
 また、韓米日の軍事情報共有に向けた了解覚書(MOU)の締結推進に関しては、「(北朝鮮の)核とミサイルに関連する情報に局限した情報協力」だとして、国民の理解を得て透明性を持って推進すると説明した。
 金長官は1日、新国家安保室長(閣僚級)に指名されたが、後任の国防部長官が就任していないため、国防部長官の資格で答弁した。

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

憲法9条、解釈の変更によって大転換

国会閉会後の24日、自民、公明両党の与党協議で、憲法の解釈を変えて他国を武力で守る集団的自衛権を使えるようにすることで大筋合意し、閣議決定は来月4日の日程とされた。実務的な詰めを国会の場で議論がされるだろうが、今の強力な自公体制のもとで、憲法9条によって専守防衛に徹してきた日本の安全保障政策が大転換される。

もともと「平和」を結党理念とする公明は当初、集団的自衛権の行使を認めることに慎重だった。だが、行使容認へ安倍晋三首相の強い意向が示され、連立政権を離れないと決断したことから、自民が示した集団的自衛権の限定的なという条件を付加して行使を容認することで妥協した。

13日の与党協議で、閣議決定原案の根幹に当たり、公明があいまいな部分があるとして納得しなかったため、自民党の高村正彦副総裁は自民の再考案として集団的自衛権を使う際の前提条件となる「新3要件」を公明に提示した。つまり、「他国に対する武力攻撃が発生し」た際において、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」など条件をつけくわえた。わが国がk国内が戦争に巻き込まれないように攻防するだけではなく、海外におけける自衛隊(改憲後は「国防軍」)の活動において、抗戦できるようにもする(外国で砲火がおきて人を殺すことが政府の承認される=戦争参加)の可能性がおきることを国民一人一人が「覚悟」することだと、高村氏も触れている。

https://www.youtube.com/watch?v=ORFhAu6NJWo&feature=player_embedded#t=0

 その前日の12日、民主の海江田万里代表は26分の持ち時間すべてを集団的自衛権の質問に充てた。
 安倍首相だけではなく、背後からの身内の視線も意識することになった。なぜなら、民主党内の保守・リベラルの幅が広いため、安全保障への態度を明確にするとなると、その是非は明言しづらい。党内事情を抱えて臨んだ党首討論だったから、首相は終始正面から答えず、党内の代表への評価を刷新するに至らなかった。前々日の11日夜には、来年秋までの任期を前倒しして代表選を行うよう求める中堅・若手議員が会合を開かれていたという。会期末に近い20日の両院議員総会で、海江田氏を突き上げようという動きもあった。閣僚経験者は、代表質問でも「大きな流れは変わらない」と冷ややかだった。

 中曽根内閣時、イラン・イラク戦争の機雷除去で、米国から自衛隊を出してほしいと要請がされたこともあった。当時の官房長官だった後藤田正晴氏(元警察庁長官)は断固として反対した。「いっぺん踏み出したら取り返しがつかない」と。歴代の政権ですら、内部の自序作用で守り抜いてきたものを、安倍政権は解釈改憲という小手先で憲法改正への大きな舵切りの重みをどれほど認識できたいたのか。「これくらいなら」と認めた小さな穴が、いつの間にか大きな穴になることを党内ではどれほど把握し、検討したか定かではない。「美しい国、日本」へと改憲草案づくりの主軸にいたのが中谷元氏(元防衛庁長官)であったし、韓国との関係がよくない上に中国とはもっと悪い、その原因を作り出した一因には安倍首相の靖国参拝、石原慎太郎氏(元自民党)によっておこされた尖閣諸島問題であった。
 

 安倍首相がいう「わが国の存立が脅かされる”明白な危険”」とはどんな事態を想定してなのか、必ずしも明確でない。ことばの差し替えで集団的自衛権が行使までもできるようになるのなら、これまで憲法違反とされてきた自衛隊の海外での武力行使を可能にするのか否かまでも含み、具体的な活動の是非を問うことなく、憲法解釈での変更だったら、それこそが「おそれ」どころではない「明白な危険」が既に始まっているのだ。

 首相と「防衛庁」があうんの呼吸で即動くということを国民は後日知るなどと、ならないように緊急出動の規定についてはどこで話を煮詰めるのか。今は、机上の論、解釈論議だけに集中しているが、実際に「明白な危険」だとの報告をする側と受ける側がどうそれを明白に認識できるのか、言葉の違いを直すだけでなく、武力行使が実行される際の犠牲・賠償までも含む話ではないのか。その動きになりかねない時に、党内で歯止めをかける規定も話にあがっていないようだ。これまでは、「非戦闘地域」、「後方支援」という規定をまがりなりにも持ち出して、有事に至らない為に議論をしてきたのに、そうした大転換だという意識も起きていないようなのだ。

 例えに出される、中東ペルシャ湾などを念頭に置いたシーレーン(海上交通路)に敷設された機雷除去だが、掃海活動を名目にして、戦闘の最中にも要請によって出動をひとたび行えば、武力行使の可能な憲法になってしまいかねない。安倍首相は、集団的自衛権の解釈変更によって起こりうるリスクをもっと明確に自身の口からも言うべきだ。自動車のブレーキ部分の不備で事故がおきて、リコールがおきて部品海舟の損害賠償に応じるが、武力行使の戦端において血を流す、または命を落とすという戦闘態勢に駆り立てられる男子・女子が出た場合に頭を垂れるのは安倍首相ではないということだろう。そうした際の保障に応じるのは国民の税金ということになるのだろうが、そうした説明もせずに、公明を巻き込んで責任重大な事を拙速にすすめて、内部の意見集約はどの程度あったのか、議論は右え習えのようで見えてこない。かつての自民党の内部には、後藤田氏のように戦地へ赴いた経験、敗戦の経験を踏まえて、三木赳夫、加藤紘一氏らがいた。中野広務氏は「沖縄県宜野湾市の嘉数の丘に京都府慰霊碑を建てるために訪れたときにタクシー運転手から「お客さん、あそこで、あそこで、私の妹は殺されたのです。アメリカ軍じゃないんです」と聞かされた戦中派としての体験もあり、終始平和憲法の尊重をした。

 日本国憲法、特に9条の意義をわきまえて、若者を戦争に加わえないようにするという戒め、戦闘を極力回避しようとの責任感のある人物が自民党内部にはいたのだが、現・党内部にはもはや一人もいない、唯一公明党だのみ、それも政権連立の欲には折れたということだ。

 過去、太平洋戦争は米国を始めとする連合国相手の戦争だったが、70年を待たずして米国が関わる戦争にも加担していくことになる第一歩へと仕切り直したということにもなろう。格段に攻撃力の増した兵器を開発できている今の時代だから、周辺環境から日本の安全保障が問われているというが、戦争を起こさないように各国が努力する歯止めになる要件をこれまでの憲法9条なら固持できた。世界唯一の被爆国として、軍事より平和を訴える国としての役割を果せていた。安倍政権下の改憲以前の解釈で、これまで戴いていた平和憲法の精神を崩し、自ら戦争にも加わっていける可能性を孕んだ国になっていくという事ではないのか。

 
参照:
朝日新聞社 6月24日(火)21時45分配信
http://www.asahi.com/topics/word/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9.html?ref=yahoo
posted by Nina at 01:08| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月24日

沖縄慰霊の日(6/23)

69年前の沖縄戦最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の丘であった追悼式で、安倍晋三首相は米軍基地の負担軽減にふれ、「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、できることはすべて行う」と約束した。

 「鉄の暴風」と表現される米軍の猛烈な艦砲射撃や空襲。日本兵に殺されたり、集団死に追い込まれたりした住民もいた。沖縄戦は住民を巻き込んだ地獄だった。犠牲者は日米合わせて20万人を超えた。

 慰霊の日は、「本土防衛の捨て石」となった沖縄の悲劇を後世に伝え、平和を誓う日だ。
 そんな苦痛の記憶を抱える沖縄県民の多くにとって、安倍政権の進める外交・安全保障政策は、「気持ちに寄り添う」どころか、不安をかき立てている。

 昨年暮れ、特定秘密保護法が成立。
 今年4月、武器輸出三原則を緩和し、輸出禁止政策を放棄した。
 そしていま、集団的自衛権行使容認に向け、憲法解釈変更の閣議決定を急ぐ。

 政府は、日本を取り巻く安全保障環境の変化を指摘する。尖閣諸島をめぐる中国との関係悪化など、不穏な空気が存在している現実がある。だが、現在でも国内の米軍基地の74%が集中する沖縄に、さらなる負担を押しつけていいのか。普天間飛行場の移設先を名護市辺野古にすれば、負担増にしかならない。

 一方、集団的自衛権の行使が認められれば、沖縄の自衛隊もさらに強化されるのではないかと心配する声が沖縄にはある。米軍に加えて自衛隊まで出撃基地となれば、沖縄の軍事的負担はさらに増す。他国から攻撃の照準は沖縄に向けられ、沖縄が再び国防の最前線になるのではないか。

 きのう、沖縄戦に動員された瑞泉(ずいせん)学徒看護隊の生存者、宮城巳知子さん(88)の証言を記録した映画「17才の別れ」が県平和祈念資料館で初上映された。軍医から重傷者を毒殺するよう命じられ、注射を打つふりをしてごまかしたことなど、当時の過酷な体験を全国から来る修学旅行生らに語り続けてきた。だが近年、体力の衰えで講演を断ることも増え、証言の映画化に協力した。

 その宮城さんは「本土の方は沖縄戦のことをご存じない。もっと知って戦争をなくすことに協力して」と訴える。

 沖縄に負担を強いて成り立つ今の平和は、20万の犠牲者に誇れる平和だろうか。国民全員がそう問いかけられている。

出典:
朝日新聞デジタル 6/24
posted by Nina at 09:57| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月23日

女性の人権は侵害されやすい

東京都議会で男性議員らの「結婚しないのか」「産まないのか」などの暴言となって新人女性都議に浴びせられたことは、欧米のメディアでも女性の人権無視、日本の因習の現れだと問題視され、報道されるようになりました。

これまで、女性はその社会の子ども産むという社会の装置だと決めてかかる既存概念が色濃く反映されて、意思決定する側(男性多数、または絶対多数)から教育、恋愛、結婚の機会までも奪われてきた歴史的経緯があります。

近代化するインドにおいて、昨年おきた女性に対する社会対応からも、まだまだ厳しい現実があることが、報道されて衝撃でした。日本では、男女共同参画が叫ばれて久しいですが、根底にはこうして女性への差別を常に意識して、国内だけでなく海外の事情をも認識していかなければならないのだと改めて思います。

未だに続く、地球上の女性たちへの過酷な差別にたいして「リプロダクティブツヘルス&ライツ」の意識が2000年の世界女性会議の際にもたらされました。日本国内でも、女性たちが産む・産まないの決定権を握ったら、出産が減るのではないかのような相当な誤解も生じていたのは、氷山の一角だと思われます。つまり、女性特有の性殖能力「リプロダクト」=産み出す性についての社会的な理解が進まないことが一つには原因だったと私は思っています。

女性が出産をすることが社会を継続させる基本にあれば、女性が教育を受けて、仕事をして自立し、結婚・出産というような性の選択肢を女性が握っては、社会が継続しないとの強迫観念を旧い体質の方々が懸念を持ったからでしょう。さらに言えば、男性の性の都合と不都合も関係するでしょう。韓国旅行を謳歌して目に余る日本男性のキーセン観光が国際問題になったこともありました。女性を性を対象にした社会事情に、国際的な見地でも規制をかけなくては、改善はされないと言うことです。

ヤフーNewsで、その最たる、旧い体質を露わにした現実の一つを弁護士の伊藤和子氏がインドの社会に関してレポートしていましたので、下記に紹介します。http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20130108-00022977/
。。。。。。。。。。


残虐極まりないレイプ殺人事件がインドを揺るがしている。

昨年12月、23歳のインドの女子学生がニューデリーのバスのなかで、酒に酔った6人の同乗者から次々と集団レイプされ暴行を受け、その後死亡した。

犯罪者たちは、鉄パイプで彼女を殴り、鉄の棒を用いて性的な暴行をしたのだという。この過酷な性的暴行により彼女は腸管を損傷、臓器不全に陥ったという。バスから裸同然で車外に放り出された後も、しばらくは警官や通行人も彼女を助けようとしなかったという。

彼女はその後、病院で手当てを受けたが、手術の甲斐なく入院先のシンガポールで死亡した。
インド全土で抗議デモが全土に広がり、規模を広げ、激しさを増しており、インドは騒然としている。
あまりにも残虐なレイプで怒りを禁じえない。

しかし、現実には、こうした残逆な女性に対する暴力は、インドにおいては後をたたない。そのことを人々は再認識したのだ。夫が死んで火葬されるときに、一緒に妻も火に身を投げて殉死せよと周囲が迫り、自殺を強要させるサティという慣習は近年まで続いてきた。持参金を支払わない嫁から持参金を絞り上げるために虐待し、支払えないと腹いせに火をつけて燃やしてしまうダウリー殺人はいまだに後をたたず、残虐なDVで妻を殺害する事件も枚挙にいとまがない。

求婚を拒絶されると顔に硫酸をかける硫酸攻撃、独身や夫に先立たれた中高年女性に「魔女」とレッテルをはり、魔女狩りと称して死ぬまで暴行を続ける暴力。女性の権利を守る活動をする若い女性をコミュニティの男性が疎んじてレイプした上に両腕を切り落とすという暴力。

こうした女性に対する暴力はインドで繰り返され報道され、報道されることもないまま犠牲になる女性たちがどんなに多いことかと思う。今回の事件が発生したのはインドを代表する都市ニューデリー、どこかの保守的、Exremeなコミュニティで発生したのではない。いかに残虐な暴力が蔓延しているかを改めて認識させるものだった。

NGOヒューマンライツ・ナウでは、2009年に調査報告書を公表しているが、インドにおける女性に対する暴力の残虐性は、日本人にとって想像を絶する過酷さであり、調査時には「どうしてそこまで」と絶句したものだ。その原因はなんであろうか。

暴力の残虐性や、女性に対する差別意識の根深い浸透など、長年の慣習・気質については理解しがたく思うことがある。その一方、よくわかる背景もある。

ひとつには不処罰の横行がある。女性がいかに残虐に虐待され、結果として死に至ったとしても、暴力をふるった者が有罪判決を受けることは本当にまれである。

捜査機関は、女性が殺されたとしても深刻に受け止めることなく、きちんとした証拠収集も行わず、多くの場合立件すらしない。証拠が保全されないため、また、裁判所が女性に対する暴力を軽視しているため、多くのケースが極めて不合理なかたちで無罪となる。そしてそもそも、インドでは慢性的に刑事裁判が滞留しているため、一つの有罪判決を勝ち取るために7年、10年とかかるのが通常である。

遺族の多くは、有罪判決を待ち続けるよりも前に、司法制度に絶望し、わずかな金で示談して事件を終結させてしまう。

昨年は、レイプの被害者の女性が警察に被害を訴えたところ、警察から加害者と結婚するよう逆に進められ、絶望して自殺してしまったという事件も起きている。

性犯罪をきちんと捜査し、適切な司法判断をし、不処罰を乗り超えようとする意志が司法関係者、捜査関係者にみられない(長い報告書ですが、よろしければお読みください。http://hrn.or.jp/activity/topic/post-37/)

こうした不処罰の横行は、女性はどんなに残虐に虐待しても罰せられない、いくら虐待してもよい、という不処罰の文化をつくっているように思う。

社会に横行する女性差別、そしてカースト差別が結びついて、特に低カーストの女性には何をしても許される、という雰囲気が社会に充満している。こうした「何をしても許される」という意識の蔓延が、警察や通行人すら、裸同然にされ、重傷を負った被害者女性にすぐに手を差し伸べることもないという状況をつくりだしたのではないだろうか。

女性たちはこうしたこと、長年抗議し続けても全く変わらない現実にフラストレーションを募らせ、怒りを爆発させているのだ。

容疑者たちのうち、少年をのぞく5人は訴追され、7日、ニューデリーの裁判所に出頭し、これから司法が裁くことになる。政府も性犯罪捜査の徹底をしていく考えを示した。

過熱した世論の要求は入り乱れており、性犯罪への死刑導入も含むさらなる厳罰化や、加害者への肉体的懲罰も含めた検討、少年法の改正(厳罰化)が提案されている。

しかし、必要なのはもっと基礎的なことだ。女性に対する暴力被害が全く救済されず、加害が放置され、横行している状況をきちんとやめさせることだと思う。

警察や公務員が女性を性犯罪から守る責務をきちんと果たすこと、女性を守るための適切な警察官等公務員の人員配置を行うこと、性犯罪被害に関するきちんとした捜査と証拠保全を行い、早期に判決を出すこと、裁判官や司法関係者の性的偏見をなくすためのトレーニング・教育を徹底することである。

子どもたちに対する教育も徹底する必要がある。インドには活発な女性運動があり、NGOがある。

NGOによるトレーニングや女性を守る警察官の創設など、一部のグッド・プラクティスはこれまでもインドのあちこちであったけれど、政府や司法には解決のための政治的意思が見られず、一部の先進的な取り組みでは焼け石に水、全体にひろがっていない。

インドは法改正が得意な国であり、問題が起きるためにエリートによる審議会がつくられ、法改正をしてきたが、現実には、いかに素晴らしい法律も絵に描いた餅に終わり、明確なレイプ事件でも犯人を無罪放免にしてしまう実態に堕するということを繰り返してきた。

いかに素晴らしい法改正を繰り返しても効果がないので、これ以上法改正するならば、人権上問題がある強硬手段的法改正に踏み切らざるを得ないというプレッシャーを立法府は感じているはずだ(たとえば警察官による性犯罪については刑事裁判の原則である無罪推定原則が覆され、立証責任が転換された)。

しかし、そうした方向性は人権上の問題があると同時に、被害者救済や不処罰をなくすためには実は実効性がなく、真の解決にはならない。それは繰り返された歴史が示している。

問題は法律を実行する執行体制、性犯罪の被害者を保護と予防の体制の構築であり、公務員の意識の抜本的転換、捜査機関・司法の機構改革であり、そのための政府の強い政治的意思なくして解決はないだろう。サティや残虐なダウリー殺人があかるみになるたびに、インドでは、全土で抗議運動が展開された。

今回、かつてない規模に広がった抗議運動は今度こそ、インドの現実を変えることができるか、注目していきたい。


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月22日

ランチェスターの法則

アメリア・アーハートは大西洋横断飛行を成功させた「初の女性飛行士」として知られている。これが「大西洋横断飛行、三番目」ではあっても、別の領域で最初であると、意味は格別になる。

そこにはランチェスターの法則(もとは軍事理論として注目)というのがあって、マーケティングにそのままあてはめるのは無理としても、出遅れた感があっても見直してもらえる機会も作れると言う例になる。

または、ロバート・ローターボーンによる、4P説から4C説が注目されるようになってきたと言われる。
売り込むのではなくて、「納得」(共感)=Like(いいね)という、のが重視される時代ということだ。

確かに、4Cのなかで、特に Communicationという点でPRに優れている良い例としては AKB48” が思い浮かぶ。 売り込むのではなくて、納得(相手の気持ちを取り込む)してしてもらうこと。

実は、ブランドの中でも有名ブランドのラグジュアリー市場についてなのですが、実は日本は世界有数の規模です。質の高い商品を見極める消費者がいながら、他市場のような高額ジュエリーなどを身に着けるという社会環境にはない欧米とはちょっと異質な庶民によるブランド品マーケットだともいわれている。

山田まさる著 の「脱広告・超PR」という本の本文でも「10年ではっきりしたことは、どの戦術を用いても、これまでの広告に代わるような「決定打」はなかったということでしょう。つまり、戦術レベルで新しいことに挑戦しても、戦略の転換を図らないと、一つひとつの戦術も活きてこないということが明らかになったのだと思います」(p39)とある。もう、あらゆる方法がが出尽くしてしまって、消費者にも情報が飽和状態で、PR費用をかけると物が売れるというわけにいかない、さりとて手をこまねいている訳にはいかない。

さらに、今のお客さんは色々ありすぎて、覚えない消費者だというのでした。確かに、自分でも思い当たる節はある。

「STORY」,「HERS」などの雑誌1ページ分に広告費が約250万円と聞いて、見開き、または4ページと連続する広告の費用対効果はどれほどなのか、それほどブランドを保持するのに投資がされているという。
そのページに掲載されるのにはブランド間の競争があって、且つどのような鮮烈な主張ができるか勝負となる
そのためのメディアプランニング、PRしてもらえるようにイメージを伝える作業など細やかに、大胆に、
ブランド戦略のかけひきがおこなわれているという。

無理矢理に別のカテゴリーを作り出し、ともかく初めてとか、第一位になれば、人々は見る目を変えるのである。ナンバーワンになることの最大のメリットは、人に覚えてもらえること。「ああ、最初なのだ」と。ある領域で一位になれなくても、別のところで一位になれば儲けもの。得意をつくって、生かすべきなのです。

商いにおいて、百戦錬磨の大企業と正攻法で勝つのはかなり難しいところです。
しかし、その際もランチェスターの法則という軍事戦略の経営学応用で、マーケティング戦略に活用すると、一つの特殊な分野に特化することでなら、そこまで手を回すことがない大企業の隙(ニッチ市場)を突いてのし上がれるとも考えられる。映画「のぼうの城」で、秀吉軍の大群に勝てる水責めの戦法を編み出せればであって、女性のセンス、生活感が生かせるニッチな分野を探ると、実は我孫子は生かせる部分もあるのかもsれないと思うのです。

競争相手が圧倒的に少ない小さな市場や地域、まだ未開の市場や見捨てられた分野でなら、強みを伸ばし、
商品分野や販売地域を小さくせばめたり、商品をしぼりこんだり、一点集中すれば、その可能性はぐっと強まるらしいのです。頑張ろう!我孫子


参考:
『「心理戦」で絶対に負けない本』
アスペクト
posted by Nina at 08:06| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月21日

憲法解釈で9条を壊すな!デモも

 自公協議が続いているが、官邸前連続行動の呼びかけがされています。
首相は5日には外遊の予定があり、4日の定例閣議までには決めたいと急いでいます。
憲法という最高法規を解釈という姑息な方法を用いて、自公会談後に閣議決定して、「戦争する国」にできるとは、言語同断です。

 国民の財産、幸福を守るなどとのお題目ですが、その前提に武力行使をする国に憲法を変えるというのを、与党協議で勝手にとって付けていい思うのは大間違いです。当然、緊急官邸前行動(デモ)の呼びかけがされているHPもありました。協賛団体は、6月8日現在、136団体だということです。

17日は日比谷野外音楽堂、19日は官邸前で既に行動がおきています。http://tanakaryusaku.jp/2014/06/0009500

なぜかNHKはこうした市民デモの報道を民放がしていても、原発の時も何か月も遅れて報道するというズレを見せたが、今回は多少の取り上げをしています。

※場所は全て首相官邸前(国会議事堂前駅)
@6月19日(木)18:30〜19:30 (終了) 
A6月23日(月)19:00〜20:00
B6月27日(金)AM9:30〜10:30(*時間が変更になりました/戦争をさせない1000人委員会と共同行動)
C6月30日(月)18:30〜19:30(19:30以降は、戦争をさせない1000人委員会に引き継ぎます)
D7月1日(火)AM9:30〜10:30 (戦争をさせない1000人委員会と共同行動)
E7月3日(木)18:30〜19:30 
F7月4日(金)AM9:30〜10:30 (*時間が変更になりました)

呼びかけ:解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会
      http://www.labornetjp.org/news/2014/0617shasin2


以下、今回のデモ行動について報じたマスコミ記事です。

NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140617/k10015293191000.html
毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20140618k0000m010046000c.html
東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014061802000103.html
朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASG6K6H61G6KUTIL03Z.html
OurPlanetTV
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node%2F1797
IWJ
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/146974
レイバーネット
http://www.labornetjp.org/news/2014/0617shasin2

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月20日

武力行使にあたらないPKO、復興支援までが憲法9条の解釈のはず

6月19日、自民党の高村正彦副総裁は、朝日新聞の取材に対し、国連安全保障理事会決議に基づいて侵略行為などを行った国を制裁する集団安全保障について、日本が武力行使をできるようにする方向で調整に入ったことを明らかにした。

 歴代内閣が集団的自衛権の行使とともに認めてこなかった集団安全保障での武力行使を認めれば、日本の安全保障政策の大きな転換だ。 

 高村氏は「新3要件で、集団安全保障の武力の行使もしばる」とも述べた。爆撃などの戦闘行為は認められないが、機雷の爆破による除去などに限定した行為は許されるとの考えを示したものだ。別の自民党幹部も同日、「集団安全保障でも機雷掃海はできる。そうしないとおかしい」と語った。政府高官も、こうした考えを公明党に提示することを認めている。政府・自民党は集団的自衛権の行使を認める閣議決定の際、こうした方針を盛り込みたい考えだ。

 安倍晋三首相は記者会見や国会答弁で、集団安全保障での武力行使については「自衛隊が武力行使を目的として、湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは決してない」と繰り返し否定してきた。集団安全保障は他国への制裁であり、日本の防衛と直接関係がないため、「集団的自衛権よりも集団安全保障に基づく武力行使の方がハードルは高い。憲法改正で対応すべきだ」(官邸関係者)との考えからだ。集団的自衛権を使えるには、自身が示した自衛権発動の新しい3要件について、「国民の権利が根底から覆される事態であれば、国連の集団安全保障でも適用できる」と語った。

 しかし、政府・自民党内で、集団安全保障でも武力行使を認めないと問題が生じる、との指摘が出た。議論の対象は、首相が集団的自衛権の必要性を説明する際に取り上げてきた中東ペルシャ湾のホルムズ海峡での機雷除去の例だ。仮に、自衛隊がホルムズ海峡にまかれた機雷を、集団的自衛権を使って取り除いていたとする。その途中に、国連安保理が決議を出せば、事態は「集団安全保障」に変わる。今のままでは、自衛隊は活動を中止しなくてはならなくなる。

 自民党の与党協議メンバーの一人は「首相が集団安全保障にしばりをかけ過ぎてしまったことは失敗だった」と漏らす。ただ、公明党は憲法解釈の拡大に懸念が強く、異論が出そうだ。首相と公明党の山口那津男代表は19日昼、首相官邸で会談した。(蔵前勝久)


 ■無制限に広がる恐れ

 《解説》政府はこれまで集団的自衛権の行使は認めるものの、集団安全保障については憲法解釈の変更をせず、武力行使を認めない方針を強調してきた。なぜならば、集団的自衛権と集団安全保障には本質的な違いがあるからだ。自衛権は集団的、個別的であれ、あくまでも他国や自国を「守る」ことが目的だ。

 しかし、集団安全保障はルール違反をした国に加盟国が武力を使って制裁を加えるものだ。ルールを守らない国を「たたく」行為で、攻撃的な性格を持っており、同じ武力行使と言ってもまるで次元が異なる。驚くべき方針転換だ。

 政府・自民党は集団安全保障の武力行使は「機雷除去」を念頭に「限定的」だと強調する。
 しかし敵国が、戦闘中の機雷除去をしている自衛艦に攻撃してくることは当然予想される。いくら「限定的」と強調したところで、現実の戦闘行為に線引きをするのは極めて難しい。政府内でもさすがに「実現は難しいのでは」(官邸関係者)との慎重論も上がるほどだ。

 このままなし崩し的に集団安全保障の武力行使が認められれば、日本の海外での武力行使は無制限に広がるおそれがある。(園田耕司)

 ◆キーワード

 <集団的自衛権> 密接な関係にある他国が攻撃された場合、反撃する権利のことだ。日本の歴代内閣は、日本は集団的自衛権を持ってはいるが、行使は憲法上許されないと解釈してきた。

 <集団安全保障>は、武力攻撃を行った国に、国連加盟国による国連軍や国連決議に基づく多国籍軍が軍事力によって制裁すること。日本は武力を使う国連軍や多国籍軍への参加は、憲法9条を踏まえて認めていない。ただ国連平和維持活動(PKO)などで、武力行使にあたらない復興支援は進めている。


朝日新聞デジタル 6/19


 
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

国民無視の安倍政権

  サラリーマンの給料を「労働時間」ではなく「成果」で決める「残業代ゼロ法案」。政府はこれまで対象者を“年収1000万円以上”に限ると説明してきたが、大ウソだった。16日、安倍首相はみずから「将来の賃金は分からない」と、ほとんどのサラリーマンの残業代がなくなることを事実上認めたのだ。

 16日の衆院決算行政監視委員会で民主党の山井和則議員が安倍首相の口から重大証言を引き出した。
 山井議員は「年収要件が下がる可能性はないのか」「法案に年収○○円以上と明記するつもりはあるか」と、年収に焦点を当てた質問を連発。安倍首相は最初こそ「今の段階で年収800万円、600万円まで適用する考えはない」と慎重に答えていたが、次第に目をつり上げ始め、「山井さんは考え方が古いのではないか!」と逆ギレ。山井議員に「残業代ゼロのどこが新しい考えなのか」と突っ込まれると、コーフンしながら「経済は生き物です。“絶対”という言葉はあり得ないし、<将来の賃金がいくら>とは明らかにできない」と開き直ったのである。
  
  安倍政権は労働時間規制を適用しない「ホワイトカラー・エグゼンプション」として、新成長戦略に盛り込み、来年の通常国会で労働基準法を改正しようとしている。  

 省令で簡単に変更

 質問に立った山井議員が改めてこう言うのだ。
「安倍首相は最後まで『年収1000万円以下は適用除外です』と証言しませんでした。いずれ年収要件を下げるつもりなのは明らかです。悪辣なのは第1次政権の時に年収900万円で失敗したから、今回は年収1000万円と、より高い年収に設定して、『一部の人の話』に見せかけようとしていることです。たしかに年収1000万円以上のサラリーマンは全体の3.8%しかいませんが、法案次第では、政令だけでいくらでも年収要件を変更できてしまう。制度さえ出来上がってしまえば“小さく生んで大きく”育てることがいくらでもできます

 実際、自民党政権下の2002年、派遣法改正で「年収1200万円以上」の経営管理者・科学技術者の「有料職業紹介」が認められると、翌年にはすぐに年収要件が「700万円」に引き下げられた。国会審議を経ずに厚労省の政令だけで変更されたのである。 山井議員は「経団連が求める“全労働者の1割”に残業代ゼロを適用しようとすれば、恐らく年収600万円以上の人が対象になります」と警告する。

 そんなことになってからでは遅い。7年前と同じように、サラリーマンいじめの悪法を廃案に追い込まなくてはいけない。

  出典:日刊ゲンダイ 6/18 
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月18日

都議会セクハラ野次で抗議が

6/18の都議会本会議で、塩村都議(35歳)は最近に増えている不妊治療につて質問に立ったが、そこで、いわゆる自民党議員から「セクハラ野次問題」が多数あって、ニュース報道によって抗議の声が高まっています。

知り合いの女性都議(新人、元区議)が塩村文夏都議と議席が隣で同期で、その話によると、「産めないのか」というヤジまで聞こえなかったそうですが、塩村都議はその瞬間、一瞬質問が止まり声のした方を見ていましたが、質問終了後、自席に戻って悔し涙をぬぐっていたとのこと。隣の席なので、質問の答弁が終わった後「何の事で泣いているの?」と聞くと、どうもヤジは他にも結構あったのだ、と。「あれは絶対に抗議しなければダメ、問題は大きい」そして「あんなヤジで泣いて終わりはダメ」と言いって、「公の場でのセクハラと言える今回のヤジは、人として言語道断です。」との考えは当然です。

「野次は議会の華」と思っている議員が多いようで、質問者の声が聞き取れないほどの怒号のようなヤジ(これは国会も同じ)を聞いたときは本当に驚きましたとその女性都議の感想でした。126人の議員のうち女性議員は15名、男性多数の社会の慣例らしく、新人を泣かせて鍛えるとでも考えいるようなのでした。 

女性に対する、不愉快な行為および不理解の言動をセクハラとして禁じるようになってきた日本ではありますが、まだまだ世界の各地で女性たちが性差による格差、戒めを受けている辛い現実があります。

コスモポリスを目指し、オリンピックも開催しようという東京都の議員であれば、品性と常識もきちんともって頂きたい。



posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月17日

集団的自衛権、ドイツの例

 集団的自衛権をめぐる海外の事例のうち、ドイツの経緯を追った記事が報告されていた。武力行使を限定することで公明党の理解を求め、安倍閣議は決定する構えで攻勢をかけている。1990年代に専守防衛の方針を変更し、安倍首相がやろうとしている解釈改憲の手法であるが、果たして「限定」するという手法で実際に歯止めが利くのかどうか。ドイツの例を検証した。

 北大西洋条約機構(NATO)の域外派兵に乗り出したドイツは、昨年10月に撤退したアフガニスタンに絡んで計55人の犠牲者を出した。アフガンでは後方支援に限定した派兵だったが、戦闘に巻き込まれた死亡例が6割あった。

 「後方での治安維持や復興支援のはずが、毎日のように戦闘に巻き込まれた。当初の想定と実態が次第にかけ離れていった」。アフガンに駐留した独軍幹部はこう振り返る。

 第2次世界大戦で敗戦したドイツは戦後制定した基本法(憲法)で侵略戦争を禁じ、長らく専守防衛に徹してきた。だが、91年の湾岸戦争で米国から「カネを出しただけ!」などと批判を浴び、当時のコール政権は基本法の解釈を変更してNATO域外にも独軍を派遣する方針に転換。連邦憲法裁判所は94年、原則として議会の事前承認がある場合に限り、独軍のNATO域外活動を合憲と認めた。
 
 2001年の米同時多発テロで、NATOは集団的自衛権を初めて発動し、米国主導のアフガン戦争の支援を決定。ただ、独国内では戦闘行為への参加に世論の反発が強く、当時のシュレーダー政権は米軍などの後方支援のほか、治安維持と復興支援を目的とする国際治安支援部隊(ISAF)への参加に限定した。

 ただ、現地では戦闘の前線と後方の区別があいまいだった。ISAFに加わった元独軍上級曹長のペーター・ヘメレさん(52)は03年6月、カブール近郊で自爆テロに遭遇。各国隊員を輸送する車列を先導中、後方のバスが爆破されて6人が死亡した。ヘメレさんは「平和貢献のつもりだったが、私が立っていたのは戦場だった」と話す。

 独軍によると、アフガンに派遣された02年から今年6月初旬までに、帰還後の心的外傷後ストレス障害による自殺者などを含めて兵士55人が死亡。このうち35人は自爆テロや銃撃など戦闘による犠牲者だったという。独国際政治安全保障研究所のマルクス・カイム国際安全保障部長は「ドイツ兵の多くは後方支援部隊にいながら死亡した。戦闘現場と後方支援の現場を分けられるという考え方は、幻想だ」と指摘している。

出典:朝日新聞デジタル(ベルリン=上原佳久 2014/6/15)
http://digital.asahi.com/articles/ASG6G0Q6BG6FUCVL036.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG6G0Q6BG6FUCVL036
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

「料理男子が教える常備菜と旬の野菜」

地産地消推進協議会の会員、援農ボランティア宛にメールでお誘いがありました。
既に、一般にも、6/1の広報あびこで告知もされているイベントです。

・日時:6月18日(水)10:00〜13:00
・場所:湖北公民館

藤田雅史さん(「料理男子」世代。イケメン農政課職員)が講師となって、旬の野菜を使って、弁当のおかずやおつまみにもなる常備菜を作ります。

・定員:20名、費用500円
・持参物:エプロン、ふきん、三角巾、筆記用具、保存容器

(詳細は添付ファイルご参照)
https://mail.google.com/mail/u/0/?shva=1#inbox/1468de289a5c4686?projector=1

皆さまも、是非、ご参加のお申込みください。

◎申込先:あびこ型「地産地消」推進協議会 事務局宛
電話04−7128−7770、FAX04−7128−7771
メール abikochisanchisyokyo@sky.plala.or.jp も、OKです。

よろしくお願い致します。
取り急ぎ用件のみ。
早々

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
   あびこ型「地産地消」推進協議会
〒270-1151 我孫子市我孫子新田2-4
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




posted by Nina at 10:01| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

外国人に人気の日本のレストランTOP30

 今日は、午前にCCC英語ミーティング、お昼に青山アビーホールで国際交流の記念パーティ、夜はご近所さんの3周年イベントの後夜祭(?!)とフルに活動の予定。梅雨の明けたようなお天気で助かります。

 旅行口コミサイト「TripAdvisor」の日本法人であるトリップアドバイザー株式会社は、同サイト上に2013年4月から2014年3月の1年間に投稿された外国語の口コミ評価をもとに、「外国人に人気の日本のレストラン2014」を発表しました。
 評価方法は、2013年4月〜2014年3月の1年間にトリップアドバイザー上の日本のレストランに投稿された日本語以外の口コミを、星評価(5段階)の平均、投稿数などをもとに集計したもの。外出、旅行したりにちょっと寄ってみるというのも、役立ちそうなのでご紹介です。

 栄えある1位に輝いたのは、産地直送の松阪牛が堪能できる大阪の「松阪牛焼肉M法善寺横丁店」。 2位に飛騨高山のハンバーガー専門店「Center4 Hamburgers」、3位に築地市場内の「築地 寿司大」、4位に「九兵衛 銀座本店」、5位に「Wakkoqu 新神戸店」がランクイン。日本を代表するブランドビーフとして世界的にも有名な松阪牛や神戸牛、江戸前寿司の人気の高さを反映した結果となった。

「松阪牛焼肉M法善寺横丁店」には、“The fattier ones melt in my mouth and the leaner ones were very tender. I didn’t even know beef could taste like this! (脂が乗った肉は口の中でとろけ、赤身の肉もとても柔らかかった。牛肉がこんな味がするなんて!)”
というように、“Wagyu(和牛)”に出逢った衝撃と喜びを綴る口コミが多く寄せられているという。その他、日本のソウルフードとも言えるラーメンも入り、日本を訪れた外国人が本場で味わいたいと思う料理が揃ったランキングになった。

口コミを見てみると料理の質や味はもちろん、お店の内装や、日本語が分からない人にも英語のメニューを用意しておくといったスタッフのサービス、英語が得意でなくても一生懸命コミュニケーションを取ろうとする心遣いが評価されており、そのお店での時間を特別なものにする“おもてなし”も人気の秘訣であることが明らかになった。
【外国人に人気の日本のレストラン2014 トップ30】

1位 松阪牛焼肉M 法善寺横丁店 / 大阪府大阪市
2位 Center4 Hamburgers / 岐阜県高山市
3位 築地 寿司大 / 東京都中央区
4位 久兵衛 銀座本店 / 東京都中央区

5位 Wakkoqu 新神戸店 / 兵庫県神戸市
6位 はふう 本店 / 京都府京都市
7位 Narisawa (ナリサワ) / 東京都港区
8位 寿司処 やまざき / 東京都中央区
9位 一風堂 錦小路店 / 京都府京都市
10位 一蘭渋谷店 / 東京都渋谷区
11位 神戸牛懐石511 / 東京都港区
12位 タパス モラキュラーバー / 東京都中央区
13位 東京 芝 とうふ屋うかい / 東京都港区
14位 NINJA AKASAKA / 東京都千代田区
15位 廻転寿司 京都 CHOJIRO / 京都府京都市
16位 原宿餃子楼 / 東京都渋谷区
17位 梅丘寿司の美登利 渋谷店 /東京都渋谷区
18位 KAMIMURA (カミムラ) / 北海道虻田郡
19位 とんかつ まい泉 青山本店 / 東京都渋谷区
20位 京都 五行 / 京都府京都市
21位 ニューヨーク グリル&バー / 東京都新宿区
22位 大和寿司 / 東京都中央区
23位 かつくら京都駅ビル店 / 京都府京都市
24位 すきやばし次郎 六本木ヒルズ店 / 東京都港区
25位 かに道楽 道頓堀本店 / 大阪府大阪市
26位 新宿つな八 / 東京都新宿区27位 ジョウモン六本木店 / 東京都港区
28位 ニセコピザ / 北海道虻田郡
29位 ザ・ニセコサプライカンパニー / 北海道虻田郡
30位 阿武茶 2号店 / 北海道虻田郡

”外国人からのコメント”
■1位 松阪牛焼肉M 法善寺横丁店 (大阪府大阪市)
“Excellent Excellent Excellent!! (すばらしい!すばらしい!すばらしい!)”、“This is the best beef I have ever ever had in my life.(人生で食べた中で、いっちばんおいしいお肉。)”、“My mouth is watering just reviewing this(思い出すだけでよだれが出る!)”と、読んでいる人が行きたくなるような口コミが並んでいる。また、“I visited with a native speaker, but I did notice that the server made an effort to speak in English quite a bit for my traveling companion and myself.(日本人と一緒に行ったが、お店のスタッフは私たちに対しても英語で話す努力を大いにしてくれていた)”という声や、“I had difficulty locating the restaurant. I called them and they sent someone to look for me and walk me to the restaurant. (お店を見つけるのに苦労し、電話した所、お店のスタッフが私たちを探しに来てくれた)”という声も見られた。また店舗の方からは口コミに対し返信をしており、サービスに力を入れている様子が伝わってくる。素晴らしいお肉とおもてなしのサービスで、堂々の1位にランクインする結果となった。

■2位 Center4 Hamburgers (岐阜県高山市) 
“This place has it all: GREAT food, good service, friendly atmosphere, and it's the only place to get GOOD beer in all of Takayama.(ここには全てが揃っている。素晴らしい食事、良いサービス、フレンドリーな雰囲気、そして高山一のビールが味わえる。)”、“Best burgers in Japan(日本で最高のバーガー)”という称賛の声が並んでいる。また、“We were recommended Center4 by a friend who had visited Takayama.(高山に行ったことのある友人からCenter4を勧められた)”、“This place really is worthy of all the amazing reviews.(すべての素晴らしい口コミに値する本当にいい所)”と、人に勧められたという人も多く、口コミの影響力の強さが伺える。また特筆すべき点として、“While visiting takayama after 15days already in Japan it was great to have a good burger and chips(日本を15日間旅した後にやって来た高山で食べるハンバーガーとフライドポテトは最高。)”という声も見られた。

■3位 築地 寿司大 (東京都中央区) 
“Wow and reWow. The best sushi of our life.(ワオ!そしてもう一回ワオ!人生で一番の寿司。)”、“I was there on a Saturday morning before 5:30, and got my place at 8:50am. Tired of standing in a long line and a very cold morning but after the delicious sushi breakfast, you dont mind for the long queue again.(土曜日の朝5時半前に着いて、8時50分に席についた。すごく寒い朝に長い間立って疲れたけれど、おいしいお寿司を食べると、もう一回長い列に並んだっていいと思える)”と、朝早くから並ぶ苦労もいとわない声が多く聞かれた。“The chef was a lovely and fun man, used to Western incompetence and he gave us gentle instruction on how eat and explaining what we ate, but overall making sure that we were comfortable.(店主はとても面白く素敵な人で、欧米人が知らないことにも慣れた様子で、どうやって寿司を食べるか、食べた寿司は何なのか説明してくれた。居心地のいいように心を配ってくれた。)”という、店主やスタッフのサービスの良さについても多くの声が寄せられている。

 美味しいことは大前提で、また来ようと思わせる「おもてなし」精神が伝わることで、喜びを倍加させているのが分かる。ランキングに入らなくても、おもてなしの精神を発揮できる店があれば、当地にも戦略はたちそうなのだけれど。外国人に対しても、「おもてなし」に頑張っている我孫子の店が少しでも増えてきたらいいかな、と思うところです。

出典:6月12日 DIME編集部
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140612-00010002-dime-bus_all㡥挵
posted by Nina at 06:15| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月14日

有難くない話:中国との接近しすぎ


フジテレビ系(FNN) 6月12日(木)17時50分配信
東シナ海で11日、中国軍機が自衛隊機に異常接近したことについて、中国国防省は12日午後、ビデオ映像などを公開して、自衛隊機側が中国軍機に近づいてきたと反論した。
映像は、中国国防省がウエブサイト上に公開したもので、日本時間の11日午前11時すぎに、東シナ海上空で中国軍機が自衛隊機の追跡に遭い、一番近づいた際の距離は30メートル程度だったと主張している。
そのうえで、国防省のスポークスマンは、「中国側はさらなる措置をとる権利を留保する」と日本をけん制している。
一方、外務省の斎木事務次官は12日、中国の程永華駐日大使を外務省に呼んで厳重に抗議し、再発防止を強く求めた。
程大使は、最初に自衛隊機が中国軍機に接近してきたと反論し、「日本の抗議は受け入れられない。むしろ中国側として日本側に抗議する」と述べた。.
最終更新:6月12日(木)18時29分
posted by Nina at 03:34| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

韓国:現政権の地すべりか

 【ソウル聯合ニュース】韓国旅客船セウォル号沈没事故で犠牲となった高校生の母親が国と運航会社・清海鎮海運を相手取り、3000万ウォン(約300万円)の損害賠償を求める訴訟をソウル中央地裁に起こしていたことが13日、分かった。事故の遺族が国を提訴するのは初めて。
 法曹界によると、11日に提訴した母親は「セウォル号は無理な増築による船の欠陥が深刻で、乗務員の過失と貨物の過積載、バラスト水の不足が重なり、急激に復原力を失って沈没した」と指摘。「清海鎮海運はセウォル号の船社かつ船員の使用者として、安全教育などを行わず、国は運航管理と許可がずさんだった」と主張した。その上で、「修学旅行に出かけた息子が理不尽な事故で亡くなった。その精神的な苦痛は言葉にできない」と強調した。母親は法律事務所の支援を受けて訴訟を起こした。
 今回の訴訟に先立ち、遺族らを支援している大韓弁護士協会のセウォル号法律支援および真相調査特別委員会は光州地裁などに事故関連の証拠保全を申請した。同委員会関係者は「今後、国などを相手取り損害賠償訴訟を起こす計画だが、決まったことはない。事故の原因などが具体的に明らかになってから進める」と述べた。

その以前の11日の東京新聞では、次のような記事があった。
【ソウル=島崎諭生】韓国の次期首相候補に指名された韓国紙・中央日報の元主筆、文昌克(ムンチャングク)氏が、2011〜12年にソウル市内各地の教会で行った講演で「日本による植民地支配と南北分断は、神の意思だ」と発言していたことが発覚し、問題になっている。

 講演は、韓国の公営放送KBSが11日夜に放映した。講演の中で文氏は「神はなぜ私たちの国を日本の植民地にしたのかと抗議するだろうが、それは神の意思ということだ。南北分断も神の意思だと考える」と発言。朝鮮民族の特徴についても「怠けて自立心が不足し、他人の世話になることが、私たちの民族のDNAに残っている」と卑下していた。

 文氏が首相に就任する前には、国会の公聴会の手続きがある。文氏は記者時代に、野党を批判する記事を多く書いており、野党・新政治民主連合は反発していた。問題発言の発覚で世論が悪化しており、順調に就任できない恐れもある。

 韓国ではフェリー「セウォル号」沈没事故の責任を取って、鄭首相が四月末に辞意を表明。朴大統領が5月22日に安大熙元最高裁判事を後任候補に指名したが、弁護士転身後に短期間で高額な収入を得たことを批判されて辞退し、文氏が今月10日に指名された。

 首相候補が二人続けて就任できない事態になれば、朴大統領の求心力は大きく低下しかねない。


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月12日

ブラジル:男子サッカーワールドカップ

開幕戦はサンパウロの「アレーナ・デ・サンパウロ」で開催国のブラジルがクロアチアと対戦する。 キックオフは現地 12日午後 5時(日本時間 13日午前 5時)。

ブラジルは 2002年の日韓大会以来、6度目の優勝を目指す。 クロアチアはネイマールらブラジルの強力攻撃陣をいかに抑えるか、その戦術が注目だ。勝利をあげられなくても引き分けで勝ち点 1を取れば、大きな成果になる。

日本は、5大会連続出場。過去最高 ベスト 16(前回大会 ベスト 16)の記録更新を期待される。
今後の試合予定はまずは下記の日程(日本時間):
1次リーグ C組
2014/6/15(日)(1:00) コートジボワール vs 日本
2014/6/20(金)(7:00) 日本 vs ギリシャ
2014/6/24(水)(5:00) 日本 vs コロンビア

ブラジルの市民団体が、サッカーなどをしているほど市民生活に余裕はないと大会への反意を示すデモをしていたが、しかも、オリンピック2016も控えているのに施設の建築も遅れているとのニュース報道もあった。
日本は、地震津波・放射能被災地を身近に抱える東京でオリンピック開催地の名乗りを挙げ、世界の支援で承認された。一方で、拉致被害者の返還に応じるようにとの働きかけ、領海・領空問題でも近隣諸国とつばぜり合いが続いてはいる。

今日では、現状に不満を持つ人々が容易にソーシャルネットワークに繋がることができるようになり、その結果、「アラブの春」「ウォール街を占拠せよ」といった世界規模の運動や、ブラジルではVem Pra Rua (通りにおいでよ) 運動なども参加呼びかけされた。運動はワールドカップ期間中にも行われる。「全国民に住宅を」運動のメンバーはワールドカップの開催に数十億もの予算を掛けることや、スタジアム建設のために住民の土地が差し押さえになっていることを非難する。しかし、抗議行動やFacebookを通じたイベントの参加者は去年のデモに比べて減少している。サンパウロだけで約10万人が参加した去年6月の抗議運動に比べてかなり少ない人数だとされる。

世界は様々な政治模様で、国民の意思と不断の努力で紛争を回避して、まっとうな時代を目指すのが時流だ。20世紀には寡黙を強いられた女性たちが、真摯に考えて行動をすれば、地球の半数の意思は以前になく反映されるのは道理だ。男性がにできなかった、汚点を残した20世紀の戦争の歴史をチェンジさせるのも、女性たちが真剣に取り組めば出来ないはずはないと思う。

そして、ともかくナデシコはそれを、世界のフィールドで見事にやって見せた。乞うご期待だ!





posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

3.11のこと

たまたま見つけたサイトで、改めて当時の被害の状況を記録してるのを見ました。
被災地の人々は月命日でお参りしているといいます。忘れてはいけない記録です。

震災の百枚の記録【時事通信】より
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10575116 (黒煙が上がるお台場方面)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10575554 (炎が上がる市原市)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10575760 (被害を受けた茨城自動車工場)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10575620 (ひたちなか市)

http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10624713

http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10719448

http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10624495


http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10614466 (自衛隊の放水)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10623723 (仙台市、災害救助犬)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10580632 (自衛隊の救助)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10579179
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10585634
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10593759 (南三陸町、消防隊員)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10615087 (南三陸町、卒業式は・・・)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10619296 (南三陸町・打ち上げられた船)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10594023 (岩手県山田町、3/15の雪)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10594028
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10641794 (家族の捜索、気仙沼 3/25)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10598263 (宮城県若林地区、女性)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10619671 (宮城県・女川町、男性)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10614798 (犬と女性)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10624630  (気仙沼・親子)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10585621 (大槌町の津波、火災後)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10628447 (大河小学校児童の8割死亡)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10589067 (岩沼市、セスナ機)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10598916  (流された自衛隊練習機、東松島市)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10598962 (3/16 石巻市)

http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10602315 (岩手県・給油の列、3/16)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10603154 (岩手県・釜石の雪 3/17)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10609551  (陸前高田の母子 3/18)
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=lat216-jlp10682176  (陸前高田の一本松)
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月10日

ITで世界とつながる時代を実感のこの頃

この所、久々の人からメールがきていて、海外からも我孫子に関心をもってくれる時代になったのだなあと思います。まだまだ色々な試みを当地でもできそうです。

-----Original Message-----
Sent: Wednesday, June 04, 2014 9:00 AM
To: 海津
Subject: Lecture -- Invitation

海津様、

お元気でしょうか?研究が無事に進んでいますか?
大変お忙しいところと思いますが、私の「Japanese Politics」(地域研究専攻)の授業で、選挙の
動き方を勉強しています。今月、学院生たちが地方選挙の実際研究をしています。

Natalia(授業のTA)と相談上で、院生たちが日本の政治家に、体験、経験などの話を聞いて頂ければ非常に良い勉強と思います。ご都合が宜しければ、私の授業に来て、経験(公職選挙法も含めて)を教えて頂くをお願いすることは可能でしょうか?30〜45分間、自分の経験についての話を頂ければ、非常に良い勉強になると思います。

I understand that you are very busy, but if you have time in your schedule, would it be possible for you to come to my class and tell us about your experiences?

I hope that you will say "yes," and I look forward to hearing from you.

Best regards (よろしくお願いいたします)
L.T‐K

・・・・・・・・・・・・
2014-06-8 11:40 GMT+09:00
Dear Nina san,

Nice to hear from you.
It would be nice if you to join us at my session on June 22 which will be conducted in English.

The conference will be started on June 21.Did you get the detailed program of the conference?

The conference will be organized by Japanaese NGOs. I will inform you of the Japanese coordinator.

Regards,K.S-H

::::::::::::

Sent: Wednesday, June 9, 2014 8:21 AM
Subject: Re: Aloha from Abiko

Dear Kaizu san:
Sorry for not responding to your letter sooner.

I returned home safely after a near month-long travel to Europe.

Your are raising an important issue on the education in Korea under the Japanese colonial rule. What the Japanese Wikipedia states, as you are quoting, are only one-sided view. I went through my elementary schooling under the Japanese rule so that I can give my own experience of the Japanese school.

At the first grade, there some lessons on Korean, but by the second grade the use of the Korean language was prohibited officially. We were ordered to speak and write only in Japanese even at home. Those who violated this rule was punished by school. When I was at the second or third grade, Japan celebrated 2,600th anniversary of the Jinmu Kenkoku (Kigen 2,600-nen), and for a school exhibition, I remember caligraphy writings such as these: "Nihon-to Yamato tamashi," "Kyujo Yohai," "Chukun Aikoku," etc. Throughout the six-years of schooling, we were indoctrinated to hate the United States and Britain, calling them as "Kichiku Bei-Eei."

At the first grade, the school principal, Ono Maresuke, ordered Christian children to not attend church service. When my elder brother and I, along with about a dozens of us, violated this instruction, we had to keel down on the school ground (using a short pant) all morming hours in an early winter day.

One Japanese teacher, Tanabe, claiming to be of "shizoku" origin, carried a Japanese sword (real Nihon-to) occasionally to school and wielded it to children in a threatening gesture.

In the last years of the Pacific War, we were mobilized to to cut down pine trees to produce "pine oil (shokon yu?)". For these works, I had a very bad frostbite on my right hand, whose scar still remains on my body.

As for the education, the Wikipedia presents a favorable aspect of the colonial rule, distorting the reality. I can talk endlessly to discredit such a view, but this is not a place for that. All I can say is that the Japanese rule, especially education, tried a wholesale attempt to eradicate the Korean tradition and spirit and to Japanize the Koreans. As long as Japan tries to justify its rule in Korea, I am seriously worried about the future East Asia.

Best regards、Y.H-C

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月09日

STAP論文の先行き、曇りのち雨

 新型万能細胞とされる「STAP(スタップ)細胞」の論文不正問題で、理化学研究所の小保方晴子・研究ユニットリーダーが、論文2本のうち主要な1本の撤回に同意したことが4日、分かった。補足的な1本はすでに撤回に同意しており、掲載した英科学誌ネイチャーが2本の取り下げを認めれば、STAP細胞の研究成果は白紙に戻る。

理研によると小保方氏は3日、主要論文の撤回に同意する旨を記し署名押印した文書を、共著者の一人で理研の検証実験を主導している丹羽仁史・プロジェクトリーダーに提出した。関係者によると、米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授も撤回に同意した。小保方氏の弁護士は、同氏が一転して撤回に同意した背景について「理研の検証実験に参加するため、応じざるを得なかった」と説明した。主要論文はSTAP細胞の作製法や万能性を記述したもので、理研の調査委員会が小保方氏による不正を認定していた。
 
 今回の撤回は細胞の存否に関わる研究の根幹部分、共著者または責任著者の全員の同意が必要。理研は共著者8人に撤回勧告したが、ともに責任著者である小保方氏とバカンティ氏が反対していた。

 補足論文はすでに小保方氏、理研発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長、若山照彦山梨大教授の責任著者3人が、ネイチャー誌に取り下げを申請している。

 論理を構築する過程の学会倫理が優先されるのは、当然の道理ではある。小保方氏は、巨大研究組織の理研の中で、いよいよの責任を追及とSTAPの存在を証拠立てて見せられるか、大詰めになっている。再現実験に協力して、証拠を積み重ね、研究者としての道を閉ざされずに進んでいけるような成果が見られるように祈りたい。

 
posted by Nina at 09:59| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

放射能の影響、その判断

 除染の目標値“倍に引き上げ”を協議
昨日の日本テレビ系(6月6日(金)21時46分配信)で気になるニュースが流れた。
「除染の目標値“倍に引き上げ”を協議」と言うからには、安全を図って空間放射能線量の目標値を倍に引き上げるとの意味は、0.23より厳しくするということだとばかり思って聞いていたが、逆の意味での倍に引き上げ”緩めるということだった。

ーー アナウンサー  ーーーーーーーーーーーーーー
 原発事故からの復興の前提となる除染で、達成すべき空間放射線量の目標値について、環境省と地元の自治体がこれまでのほぼ倍に引き上げる新たな方針を協議していることが分かった。

 環境省は、除染の後の空間放射線量を毎時0.23マイクロシーベルト以下とする目標値を定めている。ただ、一部の自治体からは、「達成は難しい」と、より現実的に見直すよう要望も出ていた。このため環境省は、目標値をこれまでのほぼ倍の毎時0.4〜0.6マイクロシーベルト前後に引き上げる方向で、自治体と協議を進めていることが分かった。

 環境省などは、毎時0.23マイクロシーベルトを上回っても年間の追加被ばく線量である1ミリシーベルト以下に抑えられるとして、今月15日にも、自治体を集め、目標の引き上げについて話し合うことにしている。
ーーーーーーーーーーーーーー


放射能汚染についてのは、広島・長崎の被爆者に関する疫学研究と、チェルノブイリ原発の被災者に関する疫学研究について、長年の研究成果を纏めた『チェルノブイリ10年−−大惨事がもたらしたもの』(ロシア科学アカデミー・社会学研究所のB・ルバンディン、他)が翻訳出版された折に、シンポジウムなどが行われ、重要な問題点が指摘されているので、部分を以下にそのまま引用しておきます。

 先ず、広島、長崎の被爆者に関する疫学研究では、被爆者が受けた放射線の線量が過大に推定されて居る可能性が極めて高い事に注意して頂きたいと思ひます。即ち、広島・長崎の被爆者の疫学研究は、例えば、100mSvの線量を被曝した、とされて居る被爆者が、実際には、それよりも低い数値しか被曝して居ないにも関はらず、100mSvの放射線を浴びたとされて、疫学研究が行なはれて来た可能性が非常に高い事に最大限注意をして、この本などが論じて居る「安全な被曝量」に関する議論を読んで頂きたいと思ひます。

広島・長崎の被爆者に関する疫学研究で、何故、その様な線量の過大な推定が起きた可能性が疑はれて居るかと言ふと、被爆者が浴びた線量を爆心からの距離で推定する方法では、建物などによる遮蔽効果が度外視されており、線量が過大に見積もられた事が確実であるからです。これは、私の個人的見解などではなく、国連の「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」が指摘した問題で、広島・長崎の被爆者に関する疫学研究には、その他にも、原爆投下から研究開始の間に5年間の空白が有る事など、複数の問題点が同委員敬から指摘されて居る事を強調しておきます。ですから、広島・長崎の疫学研究から、「100mSvまでは安全」と言ふ結論は科学的に導けません。この事を、先ずは、強調しておきます。

 次に、チェルノブイリの被災者に関する疫学研究については、次の様な驚くべき事実の指摘が有ります。
         -------------------------------------------------
 ロシア科学アカデミー・社会学研究所のB・ルバンディンは、チェルノブイリ原発に隣接するベラルーシ・ゴメリ州のホイキニ地区で、事故直後の状況について、医師からの聞き取りと当時のカルテの調査を行ない、1992年に発表している(「隠れた犠牲者たち」技術と人間、1993年4月号)。ホイキニ地区では、地区病院に加えて軍野戦病院が二つ設置されて住民の検診と治療にあたった。住民を収容する基準は、甲状腺からの放射線量が1ミリレントゲン/時以上を示すか、白血球数が3000以下に減少した場合であった。急性放射線障害に対する治療マニュアルが医師全員に配布され、第1度の急性障害として治療にあたるよう指示があったが、放射線障害という診断を下すことは禁じられた。

ルバンディンらが地区病院のカルテを調べ直した結果、第1度の急性放射線障害例75件と第2度の症例7件が確認された。原発周辺全体の住民では数1000件の急性障害があったであろうと彼は推定している。追記しておくと、1990年秋、ホイキニ地区病院の記録保管室から事故当時のカルテ3000〜4000件が盗まれたとのことである。

(今西哲二他『チェルノブイリ10年−−大惨事がもたらしたもの』(原子力資料情報室・1996年)39〜40ページより)

           -------------------------------------------------

 事故当時のカルテが3000〜4000件も盗まれて居た状況の中で「疫学」研究など出来るはずもない。確かに、旧ソ連とソ連崩壊後の事で、ロシア、ウクライナ、ベラルーシに在ったこうした医学以前の問題を度外視して、「増えたのは小児甲状腺ガン」と言うが、この様な社会で、IAEAの事実上の検閲を経て書かれたチェルノブイリに関する一種公的な疫学報告を完全に信頼するなどは出来ません。

 そこで、の医学的内容ですが、先ず、2000年代に入って、発癌のメカニズムについて、根本的な見直しが起きているが、本の記述には全く反映されていません。又、低線量放射線が人体に与える影響について、疫学的研究が相反する報告を重ねて来ていたことも現実です。一例ですが、イギリスから、セラフィールドやドーンレイ等の核施設周辺に住む子供の間で、白血病と悪性リンパ腫の増加が認められるとする疫学研究が複数報告されています。しかし、そうした研究の存在に全く言及せず、医学界で続く低線量放射線の人体への影響についての論争の存在を知らせようとしない勢力があるのも、気づかなくてはいけません。

 そして、本書105〜110ページでチェルノブイリ事故からソ連崩壊を経て、旧ソ連諸国で平均寿命が短縮した事に触れて、その原因は、ストレスや鬱などの精神的要因であると断定して居る箇所です。原発事故が寿命短縮の原因だ等との断定をするのではありませんが、一方で「ストレス」のせいにするのは、危ういと言いたいです。

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

あびこん7周年記念イベント

あびこ農産物直売所「あびこん」(我孫子新田22−4)は、サイゼリアのある手賀沼沿い、アビスタから柏方面へ約600m先にあります。荒れ模様の天気でなければ、下記の内容が予定されます。

*あなたがにぎるおにぎりコンテスト(受付・・・午前10時〜正午、投票・・・正午〜午後1時)
 投票者に直売所商品券をプレゼント(先着150人)
*我孫子産野菜を使ったジェラート販売(8日のみ) 
*顔写真入り缶バッジ販売
*新鮮な我孫子産トマトを使ったトマトジュースや冷やしトマトの無料配布
 (レシート持参の方、各日先着150人)
*地元農産物を使った手作り加工品の販売

※天候等の事情により、イベント内容が変更となる場合があります。
   問合せ先 あびこ農産物直売所あびこん  電話:04-7108-3171

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

インフォメーションセンター:「アビシルベ」は5周年 

オープンして早5年となる「アビシルベ」、我孫子駅南口のイトーヨーカドーの斜向いに変則的な形の市有地があった為に、我孫子ツアーのインフォメーションセンターとして設置された。
来訪客にとっては、駅から離れた目につかない場所なため、分かりにくい場所ではあるが、常駐スタッフも置いている。コンセプトは様々な市民活動を見せるオープンギャラリー、5周年記念イベントには、全国からゆるキャラが集合した、知る人ぞ知るの存在ですが、まだまだ、「どこ、知らない」、「分かりにくい場所」との声が多いので、ともかく一度は足を運んでみてください。



その「アビシルベ」の前に月一回、集合して着物で集う”きもの愛好会”に時折、私も参加しています。
お蔭で、なんとか着付けになれて、一人で短時間に着崩れずに帯結びもでききるようになり、一度も手を通さずにしまってあった着物たちも日の目を見ることに相成りました。着ない着物を捨てるか、リサイクルに出すという切ない選択をする前に、一度でも袖を通してみるだけでも、親の思いを振り返ってみる機会になります。皆さまもどうぞ、次の機会に参加してみて、国際的にも認知度の高い「きもの」を着て歩いてご愛好ください。

各地で、「きもの」を見直そうとの試みがされて、まちづくりにも貢献しています。「きもの」の似合うまちは限られますが、幸い、我孫子の雰囲気は「きもの」にピッタリな場所も多いのです。どうぞ、お正月でに着なくなってしまった日本の「きもの」、ちょっとの勇気を出して箪笥から出して着てみてください。来てみてください。

”きもの愛好会”主催者の佐藤さんの連絡先は、090-7829-8241

kimono 6月 2014.jpg

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月05日

中国の民主化、天安門から25年

 中国共産党が学生らの民主化運動を武力鎮圧した天安門事件から25年となった4日、香港の民主派団体主催の追悼集会が香港島のビクトリア公園で開かれた。

 主催者発表で事件翌年の90年以来最多の18万人以上が参加。警察発表では最大時9万9500人だった。参加者は、共産党政権が「反革命暴乱」と位置づける事件の再評価を訴えた。

 会場では、事件で亡命した学生運動の元指導者、王丹氏が「中国の民主化を望む旗印は倒れていない」と語りかける映像が流され、参加者は「自由、人権、民主と法治のために戦う」と叫んだ。

 
出典:読売新聞6月5日(木)

 あの日、日本にいた中国人留学生は本国を思って相当に悩んでいた。それを私たちが交流パーティの席できいて驚いたのを思い出す。改革開放に向かっていたかに見えた中国だったけれど、民主化への加速は道のりが遠いとも分かった。

 今、日本に留学しに来ている若い留学生が天安門事件の事を知るとショックを受ける。中国共産党の支配においては変わらないと言うことを、改めて認識すると言うことだ。正しく自国を理解すると言うことが、必ずしもその国の人ができているかどうかも、時代によって、何を知り得ているか、知らないでいるかで、微妙だかもしれない。




posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

一寸先は、分からない新党結成

分党が決まった日本維新の会は、石原氏と橋下氏がそれぞれ新党を立ち上げる事から、維新の会の所属議員は6月5日までにどちらの党に所属するか決める事になっている。

 「分党」する事を正式に決めたのは、5月29日、翌日に維新の会は、両院議員懇談会を開いた。結いの党との合流問題をめぐって分党するに至った事について出席者からは、当然のことながら石原・橋下両共同代表を批判する意見も出たという。

 懇談会で石原氏は分党について、「自分も含め執行部に責任がある。ただ、責任は国民に対して取る」などと話したという事で、終了後には記者団に対し「これで円満に分党できると思う。とげとげしてもしようがない」などと語った。

 維新の松井一郎幹事長(大阪府知事)は5月31日夜、東京都内で菅義偉官房長官と会談した。維新は結いとの合流後、民主党の一部も取り込んで野党勢力の結集を図りつつ、安倍政権とのパイプも引き続き維持する構え。野党再編後の新党の立ち位置がはっきりせず、政権の補完勢力になりかねない恐れも出ている

  2月28日の記者会見で、結いの党の柿沢未途政調会長は日本維新の会と共同提出した平成26年度予算案の修正案が衆院予算委員会で審議されたことに「(維新と結いは)目指すべき国の形が共通していることを示せた」と述べ、合流に自信を示した。ただ、修正案は4月の消費税増税を前提にしているため、「増税の前にやるべきことがある」との主張を掲げている古巣のみんなの党は激怒した。

 結い議員15人のうち13人は比例代表で当選しているとあって、みんなの佐藤正夫組織委員長は28日の衆院本会議で「選挙のときの約束を守ることは政治家の一丁目一番地だ。結いの国会議員が増税を前提とした予算をつくるのは有権者への裏切りだ。議席を返上すべきだ」と批判した。しかし、都議会会派はこれを待たずに、2月13日に都庁記者クラブで新会派は 「都議会 結いと維新」として記者会見していた。

 遡れば、昨年7月の都議会での会派分裂、12月のみんなの党分裂→新党「結いの党」結党などあった中で、ずっと都議会では結いの党と日本維新の会東京都議団は、会派合流に向けた様々な活動を共にしてきて、都知事選挙が終わり新都知事が誕生したことも一つのタイミングで、正式な会派合流を決めたと既成事実化。
 
 ところが、5月23日の時点では、結いの党の江田憲司代表と、維新の橋下代表は合流に向けて電話-で協議したが物別れに終わっていた。つまり、電話協議は22日で、橋下氏は両党で協議している共通政策に「憲法改正手続きを踏まえ-た自主憲法の制定」との文言を盛り込むよう求めたが、江田氏が拒否していた。

 橋下氏は「後は国会議員に任せる。自主憲法を入れる入れないで野党再編が終わるんだっ-たら、国会議員の責任だ」と強調した。維新では自主憲法を盛り込むことは、橋下氏と石原慎太郎共同代表で一致していた。

 これに対し、結いは5月23日、江田氏や小野次郎幹事長らが国会内で対応を協議。江田氏は-橋下氏から「自主憲法なんて大した問題ではないですよ」と言われ、「そんなことはない-」と反論した経緯を説明した。


参考:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=201
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

日本観光学会


2014053116340000.jpg

週末、日本観光研究学会の総会と一般公開されたシンポジウムが行われた。久々の立教キャンパスで先輩後輩、先生方にお会いした。シンポジウムの「スポーツと観光」は予想以上に参考になったので、やはり話は聞いてみる者ということを思った!?

【タイムスケジュール】
12:00 〜 13:20 ポスターセッション コアタイム(8号館 地下1階N8B1教室前)
   (ポスターの掲示は、11:30から15:00まで)

15:00 〜 15:15 学会賞表彰式(8号館 地下1階 N8B1教室)

15:15 〜 18:00 シンポジウム(於:8号館 地下1階 N8B1教室)
        テーマ:「スポーツと観光」
       基調講演:『 スポーツと観光』
        講演者: 岡本 純也 氏(一橋大学大学院商学研究科准教授)
パネルディスカッション:「スポーツと観光−その関係性を考える」
   コーディネーター:古賀 学 氏(松蔭大学観光メディア文化学部教授)
      パネリスト:佐藤 満 氏(専修大学経営学部教授)
            小西 弘樹 氏((株)鹿島アントラーズ・エフ・シー
                       営業第一グループグループ長)
            矢作 光広 氏(公益社団法人さいたま観光国際協会
                   スポーツコミッション事業担当副参与)
            岡本 純也 氏(一橋大学大学院商学研究科准教授)
posted by Nina at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

戦後の歴史と政治

 手堅く平和を主張するために  Q&A

▲それは、憲法9条を金科玉条のようにしていれば、保てることなのでしょうか▲

不安なお気持ちを持たれるのは分かりますが、9条を変えて、いつでも北朝鮮に反撃できる体制を整えることは、そのまま北朝鮮にミサイル発射の口実を与えることになるでしょう。

9条を変えて、韓国、中国のように自由に徴兵できるようにしておきたい勢力もあるのですが、戦後のやむにやまれぬ事情から米国の傘下に組みいれられている現在の守備体制を今しばらく利用していくほうが得策だとの考えが大方の意識だと思います。あまり、いじらない急変させないファジー(あいまい)な日本で、21世紀をとにかく平和裏に賢明に過ごす。

主力部隊に編制させることが出来ない自衛隊を海外派兵せずに済んでいるのも、9条のおかげです。
幕藩体制が崩れて、日本は欧米列強の植民地とならなかったものの、かえって第二次大戦の惨禍を引き起こした。

一方で、植民地となった中国、インドなどは、いまや世界の注目を集める経済大国となり、世界史に名を刻む大物政治家が輩出しています。それに反して、日本は国家を代表する首相、閣僚が、ころころ変わり続けて、官僚のペイパーを棒読みしていた時代が長くて、世界の桧舞台で、堂々としているようにはとても見えませんでした。

戦後、日本人が戦争をしないと決意したことは、米国に強制させられての事ばかりではなくて、吉田首相を含め、一億が心底そう思い、将来に亘って、その努力をし続けると、国の内外に誓ったのは間違いないです。

日本が普通の戦争ができる国に戻ってしまったら、世界の模範となるべき日本の貴重な精神が翳ってしまいます。今、ノーベル賞にもノミネートされている9条を掲げた日本国民が、国際社会を平和に向かって機能させることは、政治家に決めてもらわなくても国民の努力次第で可能ですし、そうする心意気を示すのが21世紀の「今でしょ!」。

ですから、日本は、もっともっと、国際社会の中で努力して、叡智を働かせて、自分たちの主張を高めていくべきです。したたかに国際社会で自分の主張が出来ない国はこれからはダメになります。インドや中国の政治家のように堂々と国際社会で、何語でもよい、渡り合え、交渉をしていける日本になるべきです。

人口、面積ともに強大なこれらの国々と手を結び、アジアの主張をする。
かつて、岡倉天心が唱導したように、Asia is oneなのです。
柳宗悦が起草したように、美の国・日本なのです。戦に強い国など他に任せておけばいい。
21世紀にジャパンアズナンバーワンであるには平和国家としての基礎を持ち続けることではないでしょうか。

▲日本は今までだって、国際貢献をしています。中国にも大きなODAを差し出してきました。▲

ODAはこれまで、拠出出来る国が拠出したのであって、日本だけではありません。
ODAによって相手国の経済力を上げていく、教育の機会を与えてゆくことで世界全体の政治と経済の底上げをしてきました。日本や先進国だけで富をわけあうのでなくて、全体の富を分ける。既にBRICsの発展は目覚ましくて、当然のように日本も影響を受けていますが、真の理解をもたらすことへの可能性を広げたではないでしょうか。先進国だけがおいしい思いをすることは今後は許されないでしょう。緒方貞子さんの真摯な活動ぶりは世界中で高い評価を得ています。日本の女性は、ナデシコのように、やはり凄いと思います。

富を分け、地球環境の保全への努力をする。子女教育を全てに与えられるようにすることです。地球が破壊されないように、和を重んじながら、嘉納治五郎や柳宗悦が唱えたように、利他行を続けてゆくのです。

▲ですが、北朝鮮は核弾頭ミサイルをつくり、韓国との併合を狙い、中国は年二ケタ台で軍事費を増強しています。ちなみの日本の軍事費は減少傾向で現在、世界第5位に・・・。拉致問題も、解決につながっていません。 非常識な振る舞いをする国に良識が通じるのでしょうか。▲

拉致されたことが分かって取り返せないのですが、慎重に対処して恵さんが無事に帰国できるようにしたいです。蓮池さんらが帰ってきたことは何一つ解決していない訳ではないです。自国のことは自国で守ろうとする、堂々とした日本人がほしいと考えるかも知れませんがそもそぼ資源を他国に依存しなくてはならないのが日本の定めです。
長期的な国益のために、風にそよぐ葦のような柔軟な気高い小国としての外交戦略が求められているのです。
何万と言う朝鮮人を強制移住させて炭鉱などで強制労働させたこと、従軍慰安婦は明らかです。しかし、最近では独立後のベトナム戦争参戦時に韓国は自らも従軍慰安婦を配置した事が問題にもなっています。本当は戦争が人権無視を行い、それは国境がないと言うことを韓国国民を理解してくるようです。
法律に基づき、世論に訴えながら、世の中を変えるように頑張れば、教育を受けている人たちが多い、日韓です、自ず歴史的な因縁も解決の努力もわかるものです。

▲みんなが日本人のような善人ばかりではないでしょう・・。お人よしの自分たちを基準に物事を考えているような印象が強いです。▲

パレスチナ・イスラエルやイラン・イラク、ロシア・クリミアのような実弾で攻撃を受ける可能性が加わります。中国も強大な国で、インドも国境問題で常に国境線が緊張状態です。さらに、ロシアは核兵器保有国、北朝鮮は異常な政治体制です。9条を変えて派兵出来るような国になるということをするのは、イギリスのような隣国関係ならともかく、火に油を注ぐことです。9条を金貨玉条で守るだけではなく、実のところ、すでに日本はプルトニウムも大量に保有、そして核開発の能力も持っています。実際は核抜きなどにはならず、アメリカは何でも持ち込んでいる、腹芸でやり過ごしているのかもしれない??

国外には世界中に基地をもち、国内でも個人が銃を保持でき、誰か入ってきたらすぐに撃てるアメリカのような国に、あえて日本を急変させるようなことはすべきでないと思うのです。
日本はお人よしのお馬鹿さんではないです。2000年も生き抜いた歴史、刀狩をして、鎖国をして、開国後は植民地を持ち、結果的には被爆国になって、恒久平和を求める国、本来の和の国にたち戻った歴史をつくってきました。

▲ 明治政府が努めなければ、日本は欧米列強の植民地となっていたでしょう。
幕末・明治の要人たちは、外国の様子を知り、その脅威から、日本を強くしたのではないでしょうか。有色人種で、おそらく、植民地化されなかったのは日本だけではないでしょうか。▲

誰もが認めるように、明治政府が賢く振舞ったのは、日清日露戦争までです、そのあと米国を敵にして闘うなどと言う愚かな選択肢を選びました。

当時すでに、エンパイア・ステートビルがあった国です。日本は原爆だけでなく、主だった軍事都市が絨毯爆撃されて壊滅状態になりました。精神論で国民に自決を求めたりした不見識な大日本帝国という国でした。
歴史に学び、だからこそ、日本が世界で堂々と主張できる憲法9条を全面的に主張し、利用していくべきと、先人たちが残してくれているのです。
日本人としてのアイデンティをどう確立するには、9条を軸足にした、したたかな外交戦略が不可欠なのです。

▲日本がいつも悪くて、欧米列強は正しく、他のアジアの諸国は日本の被害者のような認識は、 戦後の刷り込みです。▲

米国は戦後占領政策のために日本研究をし尽くしていました。良く知られるルース・ベネディクトの「菊と刀」は、占領政策の為に戦争中に強制収容した日系米人にたいして調査研究を進めていました。それ一冊を読むだけで、冷静な科学的な戦略をもって国力の差を見せつけます。人種の能力の差ではなくて、物量と社会
体制の差でしょう。War Guilt Information Programをして、日本人に報復感情を持たないような占領政策をしいていたそうです。戦中から、戦後の事を見越して、日本を科学的に徹底調査していました。しかも、米兵は3カ月ごとに前線の兵を交代させていたのに対して、日本は死ぬか、もしくは戦争が終わるまで帰還させてもらえなかった。人権などそっちのけの日本は、精神論という人間の生理をも無視した甘えの構造です。

考えてみれば、戦争に行かなかった年長者や女はずるいです。戦場を知らないくせに、生き残って帰ってきた兵隊に「お前たちが、しっかり戦ってこないから負けたんだ。敗残兵め!命が惜しくて死ねなかったのか!」と言う具合にバカにしたそうです。そういう帰還兵はPTSDになるのですが、そんな悠長なことは誰も気にしてくれない時代でした。彼らは、山のような戦友の屍を見ながら、死ぬか死なないかは運命のなせる技で日々をしのぐ。勇敢か否かではない。それで、戦後も砲撃の音や死体のうずたかい戦地の悪夢に悩まされ続ける、悩み続けるのです。私の父がそういう地獄を見て帰国、悩みを抱え人間不信に陥り、晩年もけして幸せではなっかった。しかし、もう戦後生まれの人間が多くなり、お構いなしに歴史を知らないでいられます。

そういう体験をした日本人が、戦争はもうこりごりだと身にしみて憲法にまで戒めたはずなのに、実体験もない戦後の日本人が、平気で再軍備を論じ、核武装まで口にするのでは、100万の若者の死は何だったのか、死者が悔やむでしょう。

21世紀は、命がけで世界に正論を訴えるべきです。
「天地人」の兼直が丸腰で敵陣に話し合いに行けたのは、それだけの覚悟があったからで、日本人は、「愛」の道を選び、それを目標にするしかないのです。『白樺』派のヒューマニストの中でも、特に柳宗悦もその選択を尊びました。

▲戦前の日本の良しとする書物を焚書とし、公職追放して、そこに左翼性の学者を送り込み、日本に自虐史観を植えつけたのは、アメリカです。▲

これからは、アメリカの手先でいた日本人も、自虐史観を蹴散らして、アメリカと同等に戦争できる憲法にせよという考えは、まさにアメリカの思う壺に入るようなものだろうと思うのです。なんといっても、あちらは百戦錬磨です。実弾を常に家庭でも所持できる人々の国です。

朝鮮、ベトナム、イラクでかけすぎた戦費を日本にも負担させたいのです。米国の片棒を担がせたいのです。戦後の日本に悪かったと自虐史観を持たせた上に、今度は戦費戦力の供出などを要求してきます。それじゃぁと、9条を盾に米国に基地を使わせる利用料を取るくらいのことを主張できないものでしょうか。

アングロサクソンの民族には戦いの血がしたたかに流れているのです。島国の海にぐるりを海に守られて採集農耕民族で細やかに自然と対峙してきた我々と違います。

黒船で攻めてきたのはアメリカで、鎖国の中でも中国、朝鮮とは相互に国交を続けていた。ところが血迷って欧米列強のまねをしてアジアに覇権をと考えたところが、禍根を残す戦争になったのです。

▲ 明治以降の日本の歴史をもっと勉強してほしいです。
戦争勝者の刷りこんだ歴史観ではなく、日本を軸とした歴史を学びなおしてほしいのです。
戦争末期の悲惨さだけを取上げて、日本の開国以降の歴史を否定しないでほしいです。▲

維新以降の歴史で、日本は庶民にも人権があることを、学んでいかなかった。
皇民教育を軸に、臣民(天皇に服従)と言う位置づけにあったのでした。

そして、戦後史を紐解いてみていけば、軍備を棄てさせ、占領時期には忠臣蔵でさえ上演を中止したととまで報復を恐れました。しかし、朝鮮戦争が始まると、早速に自衛隊をつくらせて、ベトナム戦争の寄港地、物資供給基地にしたり、そのうちに米軍基地への思いやり予算は年々増して、軍事費が今や5位に落ちたとは言え、
やはり大した額です。

▲ それは、日本人としてのアイデンティをどう確立するか・という問題でもあります。
自国のことは自国で守ろうとする、堂々とした日本人がほしいのです。▲

戦争に負けて、白人や英語にコンプレックスを持ち続けて、戦後も進んだ欧米を追い続けた日本人だけれど、自分たちが名誉白人のサル真似に陥らず、アジア人としての誇りを持ち、堂々としているべきです。
9条をなし崩しにして、参戦も出来るようにしたいのが米国の本音です。
米国にNOを言えたためしのない日本で、憲法9条を変えてしまえば、派兵を要請された時に、日本の尊厳をかけての判断が出来るでしょうか。日本は、オーストラリアやカナダのような安全地帯ではないのです。隣国は中国とロシア(サハリン)、北朝鮮の独裁体制が続くなら、とにかく9条を盾に、国際世論を喚起した方が今は得策だと私は考えます。もし表向きにも核の迎撃する準備をしていけば、日本が先にも後にも発射して見せるしかなくなるのがオチです。

安保、日米地位協定など幸か不幸か、両国の調印があるわけですから、中長期の展望をしたたかに、米国にとっても極東の守りとしての日本の地理的条件は相変わらず大きいのですから、日本の存在価値は米国にとってもまだまだ大きいはずです。

この“地の利”を生かしつつ、徐々にでも世界の軍備を減少させてきた(レーガンとゴルバチョフの時の軍備削減協定)事を更に推進することへ努力していくべきではないでしょうか。これが日本が取るべき策だと考えます。考え方が違うと言われてしまうでしょうか。

食料自給体制もままならず、原油ひとつとっても、日本は他国に依存せずには生きていけない弱小国です。アメリカが手を引くならば、中国との将来の発展を図るべきではないでしょうか。中国も韓国も北朝鮮も、市民同士で胸襟を開いて接近すれば、政治は別で、一人一人は鬼ではないのです。草の根運動を続けてきたわたしには、それがよく見えています。

日本には米国の後ろ盾で作った、憲法9条はいまだに使い勝手のよい条文だと考えます。
平和な国際社会にすることを訴えて日本の存在感を高める、それが日本の立場を守ります。そのために、憲法9条を上手に使いこなすのです。多くの犠牲によって作られた憲法だから半世紀を経過したくらで旧くなったなどと言ってはいけないのです。

時代は、変わっていきます。日本人なら、本当に知りたと思えば、一方的な考え方だけでなく、かなりなことまでも知ることが出来ます。日本にも理があり、中国、朝鮮にも言いたいことは山ほどあるでしょう。そし
て、中国、インドとの関係が影響してくるでしょう。彼らの抱えるマーケットが強大なものになります。

湾岸戦争の拠出金の時まで、海外出兵するのに9条がバリアーになるなど、一般の日本人は実のところ気づきもしませんでした。今は、日本の防衛費は世界5位とも言われますから、アジアにとってはその額と装備で十分に脅威になっています。

その一方で、9条は唱えるだけでなく、この意義を国際社会に広めていくことが重要です。日本の理が通らない国家に囲まれているからこそ、地道に変えていくしかないです。日本人の若い人々が海外で真摯な人的貢献をしているのが認められています。緒方貞子さんも言うように、貿易や、自衛隊より、こうした活動が時間がかかっても日本人が信頼されていくのです。

私は、8月19日から今年もソウルで開かれるNGO平和フォーラムに二度もの参加することになりました。
段々、歴史認識を踏まえる必要性が高まり、専門家ではない私の出る幕ではなくなりそうですが、我孫子にある国際理解NGOの代表と言う立場で、発言して感銘を与えています。

一般の日本人は、戦中戦後の歴史はあまり教えられていないと思います。朝鮮通信使との密接なやり取りがあった江戸幕府についての司馬遼太郎の歴史小説にある通りですが、朝鮮とそれほどに密接な関係を持とうとした時代があったのは、司馬氏にしてもついぞ知らなかったのだと語っておられました。どこで、アジアに対しての侮蔑的な態度が広まっていったのか、日本人は海外に憧れる海洋民族のおおらかさがあったはずなのに、欧米を真似て富国強兵に走ったのは、悲劇の始まりで、多くの若い男たちの命を奪ったのは残念でした。

女性(平和の提唱、命を生み出すシンボル)として、我孫子市民ならではの立場で意見を述べていきたいと考えてきました。女性が声をするとはそういうことだと思います。世界中の女性が軍備費をもっとかけようと
言うより、平和交渉の方策を考えることです。もちろん、男性の多数も兵役に就きたいとは思わないはずで、
賢明な方策さえ打ち出せば、賛同者が多いだろうと確信します。

ジョンレノンが小野ヨーコに感心したのも、そんなことから「イマジン」作り、今も世界の人々に謳われる曲であるのは、それを示しているのだと考えます。






posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月01日

日本が行なった戦争から、憲法を考えてみる

 安倍首相といえば、「靖国参拝」で周辺諸国に物議をかもした。 

 一宗教法人でしかない施設に、首相が『公式』参拝するようになった経緯には、当時世の中を席巻していた陸軍・海軍の敗戦の弁を語りたい背景があるという。最前線に突撃していった一兵卒が多く亡くなったが、幹部やその周辺の軍関係者が、敗戦の後に多くの文書を管理していた。なぜ無謀な戦争に国民をひき入れて、大本営の勝った勝ったの連呼をして、泥沼劇にまで拡大させたかを誤魔化してしまう、そういう勢力が捏造歴史、自虐史観だと指摘する人がいれば、その反対に皇国史観を指摘する人もいる。

 歴史をきちんと検証することはもちろん必要だが、それは日本だけではなくて、韓国(朝鮮という国から見る必要は?)、中国(どの中国、漢民族の歴史から見る?)、ロシア(当時はソビエト?)、米国(連合国の代表国)なども含めて、当時の認識を考証してみなければいけないのだろうが、とても遠大な背景があって、一人や二人の学者では収集が着かないし、これは今世紀中にもケリを着けるのは難しいだろう。白黒をつけるのを待つよりは、実質、平和・平穏な周辺環境を構築していくことと、戦争・紛争を起こさないようにする為の検証をすることが、まず、せめても時代の証言を聞きとれるウチにやっていくことも大事だろう。

 なぜ日本が戦争することになったのか、国際法を無視し無差別大量虐殺をしたアメリカにその非があるでしょう。日本はイギリス・オーストラリア・ニュージーランド・カナダ・オランダとも対戦した訳だった、これらの列強と真正面から殺し合いをした世界で唯一の国だ。一時はそれなりに戦果を上げ、ゼロ戦を飛ばして恐れられた。帰る燃料をもたせずに特攻までに追い詰めて、クレージーだ。もし、それを自分の父や夫、兄弟に求められたら、どうだろう。

 集団的自衛権が先か、平和を目指した非戦憲法をどう維持することなのか、平成の参戦可能予算までも作ろうとならないうちに、昭和の決算をしなくてはいけないだろう。


posted by Nina at 23:51| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ
日記(3300)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)