2014年05月10日

テニス・男子シングルで錦織圭が、世界のトップへ

健康な肉体に健康な精神が宿るとも言われるので、精神面が良いためにも体に怪我、不安がないのは大事なのはいうまでもない。

10日、テニスの男子シングルス準決勝で錦織圭が勝利、11日のラファエル・ナダルと対戦することになった。男子テニス界で初快挙というのは、年間9大会のマスターズ大会男子テニス・シングルで初の日本人として決勝進出になるからだ。世界ランキング5位のダビド・フェレール(スペイン)を12位の錦織が7―6、5―7、6―3で破ったのは世界も注目する。

このマドリード・マスターズは全仏オープンの前哨戦ともいえる。2009年から開催時期が5月中旬に変更されたのを機に、それまでの室内ハードコートを採用していのをコートの表面をアンツーカーを採用したクレーコートにしている。マドリード・マスターズの経緯については、1990年にスウェーデンのストックホルムで初開催された後、ドイツ・エッセン、シュトゥットガルトを経て、2002年から現在地のマドリード・アリーナで開催されるようになった経緯がある。

錦織が日本人男子選手のATPツアー制覇となれば、1992年4月に韓国オープンを制覇した松岡修造以来16年ぶり2人目。錦織は、オリンピック出場では松岡以来12年振り、全米オープンでは神和住純以来の男子シングルスでの3回戦進出などの経歴がある。

しかし、ここまでには絶え間ない、体の不調との戦いも続いていた。腹筋のいたみ、骨折などで心ならずも棄権は数々。2009年は右ひじの疲労骨折が判明し、6月開幕のウィンブルドン選手権、8月開幕の全米オープンと連続して欠場した。同8月には右肘の内視鏡手術を受け、残りのツアーを欠場。2010年などは前年の怪我が長引き年初を棒に振り一時はランキングを失ったこともあった。復帰後は下部大会で好成績を収め順調にランキングを回復。 4大大会では、プロテクトランキングを使用して全仏 オープンに繰り上げでストレートインを果たし初出場した。2012年最後の出場大会となったパリ・マスターズではジル・シモンとの3回戦を右足首痛のため棄権した。同年、全仏オープン腹筋を痛め途中棄権。回復に1ヶ月ほどかかると診断され、その後の全仏オープンの欠場を余儀なくされた。2013年は左膝でダブルス準決勝棄権。デビスカップ・ワールドグループ・プレーオフ(日本対イスラエル)ではシングルス2試合に出場予定だったが、初日は肩の痛みを訴え欠場。最終日には復活し、世界ランク98位のドゥディ・セラと対戦。途中左脹脛が痙攣しつつも、6-3, 3-6, 4-6, 6-4,7-5のフルセットで勝利した。2014年3月、マイヤミマスターズでは準決勝ではノバク・ジョコビッチと対戦する予定だったが、左股関節の痛みにより棄権している。しかし、続く4月、バルセロナ・オープン・バンコ・サバデルに出場。決勝でサンティアゴ・ヒラルドと対戦し、6-2、6-2で今大会初、今季2度目の優勝を果してきた。

スポーツ選手の怪我は復帰も難しいこともある。
2011年は、松岡修造が持つ日本人男子世界ランキング46位を錦織が更新。2013年には日本男子で同時に単複ベスト4に進んだのは、1974年フィリピン選手権の九鬼潤以来となるという。今回、錦織がマドリッドマスターズで決勝戦に進むことによって、大会後に発表されるランキングは12位から9位に浮上することは確定している。決勝戦での腰の調子が心配なところだが、25日に開幕する4大大会第2戦、全仏オープンも控えているので体調が復帰して、驀進を期待したい。

現在25歳、2003年、14歳で盛田正明ファンドで留学、フロリダを活動拠点にする。


posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ
日記(3399)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)