2014年04月01日

論文の信ぴょう性とは

4月1日に理研の調査委の報告が出された。エイプリルフールだったらいいのにと思ってしまう。
千葉女子の輝ける星になるような理科系プリンセスが誕生するはずだった。しかし、論文の諸作法に多々問題があったとして、本日その見解が発表されて小保方さんは黒星をいただいてしまった。

さすがにネット社会の21世紀には、ブロッガーなる方たちがほぼうにいて、発表から一か月ほどで疑問が投げかけられて、疑惑が広がって理研もその対応に追われることになったというような流れになっていく。

例えば、STAP細胞について解説してくれるブログもあった・・・・
「STAP細胞という、マウスの体細胞から多能性幹細胞を作り出す、iPS細胞とは違った新しい方法の発見で、小保方晴子さんらが英Nature誌に論文を発表した。これは、当初は、酸に体細胞を晒すだけで比較的簡単に作れる、ということで世界中から大きな注目を集めた。しかし、その後に、数々の実験データ捏造疑惑が浮上し、また、小保方さんの博士論文にも大量のコピペやデータ捏造が発覚し、大騒動になった。多くの識者が、鬼の首でも取ったかのように、コピペを攻撃した。また、そのような博士論文を通した早稲田大学や指導教官らが糾弾されている。また、疑惑の英Nature誌の共著者でもあるチャールズ・バカンティ教授が、小保方さんの博士論文の学位審査員に名を連ねているのだが、今日のニュースで、小保方さんの博士論文を読んでいないし、送られてきてもいなかった、とじつに正直に発言して、また、いろんな識者から叩かれまくっている。

博士号の学位、学会の権威だとか、形式とかにひたすらこだわる文系学者の人たちって本当に頭悪いんだなって思ってしまったわ。世の文系学者というのは、サイエンスやエンジニアリングの最前線で研究している人たち(以下、一流理系研究者と呼ぶ)と、こんなにも感覚が違うものなのか、と溜息が出た。

本当のところ、出来の悪い学生の博士論文なんて、自分が直接の指導教官じゃなかったら、読まないのがふつうである。たくさん博士課程の学生を抱えていたら、指導教官でも読まないだろう(笑)。むしろ、読んでいたら暇人で、無能な研究者だと思われる。なぜならば、人の博士論文を読むのは、時間の無駄だからだ。

仮に新しい知見があるのならば、どっかのジャーナルで出版されている、あるいは投稿中のはずで、そちらを読めばいい。一流の理系研究者は、科学の最前線で新しい発見をするため、あるいは巨額の金が動きうる企業の研究開発においてライバル企業を出し抜くために、世界的な競争をしているのだ。そのためには一分一秒でも惜しんで研究したい。そういう「雑用」に時間を割くのは無駄だというのが、一流の理系研究者の感覚だ。まあ、口では言わないだろうけど(笑)。」

要するに、博士号の審査などは、現実問題としては大した問題ではない、初めの一歩でお粗末なものも含まれる。科学系の研究なら、自然の新しい法則を発見することこそが重要であり、工学だったら役に立つ(=金になる)技術を開発することが最大の関心事。学位は関係ない。博士号がないと研究職に就けないから、そういう意味では、自動車の運転免許的な意味合いは確かにある。

そもそも、日本はこれまで博士号を重要視はしていなかった国であり、新卒で研究所に入ってから先輩の指導の下で実績を上げる者、本当に世界的な成果を上げた研究者はまたぞろだ。たとえば、青色発光ダイオードの中村修二さんとか、導電性高分子の研究でノーベル賞をもらった白川英樹さんは、主要な研究成果を出したときには、博士号を持っていなかった。そして、日本の文系博士号の学者たちより、理系の研究者は世界的にも実績を示して尊敬されてきた。

理系の研究では、博士号は始まりではあるが、現代の一流の理系研究者ともなればF1レースみたいなもので、その舞台は、世界的な科学ジャーナルに英語で論文を発表して査読を受けては訂正を繰り返して一年がかりでも掲載されるかどうかにかかっているのであり、または特許が取れる新規の開発であり、企業でプロダクトを作るための研究開発なのだ。F1レースに自動車免許は役に立つかもしれないし、あったほうがいいが、なくてもいい。F1のコースに乗るには通常とは全く違うといえるほどの素質なのではないか。

「一流の理系研究者は、誰かの博士論文で、たとえば過去に行われた研究の紹介だとか、実験方法などで、他の論文の同一箇所をコピペしていたとしても、そんなこと気にしてる人はいない。まあ、一流の理系研究者はだいたい論文を書くのも上手いので、自分では多少言い回しを変えたり、いい感じにまとめるだろうが。本質的じゃないところのコピペなんて、どうでもいいのだ。みんなF1レースに勝つことに必死になっているのに、そんな昔受けた自動車免許の筆記試験のちょっとした形式とかのことを話されても興味が無い。

そもそも、優秀な学生は博士号を取る前からF1レースを走っていて、何通かすでに世界的なジャーナルに論文を載せているのだ。だから、博士論文を書くなんて、すでにF1レーサーになっている人が、「そういえば、お前、レギュレーションが変わって、いちおう自動車免許いるらしいぞ」と言われて、しょうがなくめんどくせーなーとぶつぶつ言いながらやるのである。だから、最小限の時間で、それらのすでに発表された自分の論文からのコピペを多用して、ちゃちゃっと書いてしまうのもあながち分からない話ではないのだ。博士論文なんて、世界の誰も評価しないからだ。指導教官も、そんな雑用は早く終わらせたい。そして、すぐにF1レースに戻らないといけない。ライバルの研究者たちは、自分が博士論文を書くなんて下らないことをやっているうちに、実験を進めているかもしれないからだ。」と説明している。

小保方さんは実験の画像を捏造した疑いが極めて強く、それは断罪されてしかるべきだが、それ以外のコピペとか博士論文の審査のことで、外野がギャーギャー言ってることは、一流の理系研究者にとっては、どうでもいい話と言ったらどうでもいい話なのである。」などと書いてあって、そうかァと頷いてしまった。

博士号については、日本は欧米のような歴史とは違うのだから、そんなに博士号にこだわることもないと書いているブログもあった。

小保方さん自身は、1日の理研調査委の発表を受けて、「改ざん、捏造と決めつけられ、とても承服できません。近日中に理研に不服申し立てをします。このままではSTAP細胞の発見自体が捏造であると誤解されかねず、到底容認できません」とした。
posted by Nina at 14:20| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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