スティーブ・ジョブズはシリコンバレーの名門、スタンフォード大学の卒業式で「点と点をつなぐ」という話をしたことがある。 大学を中退した後に潜り込んだカリグラフィー(文字を美しく見せる横文字の書道とでも言える)のクラスでの経験がパソコン「マッキントッシュ」の開発に役立ったと説明し、 「今やっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶ。将来を見据えて点と点を結びつけることはできないが、後からつなぎ合わせることは可能だ」と語った。
そのシリコンバレーにあった寿司店・ 桂月では、多くのエグゼクティブがやってきたが、その中でもジョブズの印象が強かったと店主はいう。
ふつう、料理人は裏方に徹しお客様の目に触れる機会は少ないが、寿司店というのは板前はカウンターを挟んでお客様と至近距離で向き合う。そんな中で、ジョブズは毎回、自分で電話をかけて持ち帰り用の寿司を注文し、破れたジーンズ姿で自ら受け取りにやってきていたということだ。 来店する際も自分で予約の電話をかけ、あるときから電子メールが多くなったが、やはりそれも自ら送っていた。
多忙なエグゼクティブには当然、会社に秘書がおり、日常生活で様々な仕事を任せる担当者を個人的に雇っているケースも多い。
ところが、スティーブ・ジョブズは基本的に、すべてを自分でやる珍しいエグゼクティブだったのだ。
CEOになった人ではほかにはなかなか見あたらなかった。
こうした姿勢はおそらく、仕事でも同じだったのだろう。
今になって振り返ってみると、アップルが大成功を収めた大きな理由はこのあたりにあるのかもしれない。
外村の好きな言葉は「一人一切人(いちにんいっさいにん)」という。
20年ほど前、ハワイの天台宗別院を訪れた際、荒了寛和尚に教えてもらったのだという。
その和尚は「お客様一人ひとりを大事にしなくてはなりません。 一人のお客さまの後ろには何千、何万という人とのつながりがあり、それがいつの日か形になって目の前に現れてくるのです」と教えられた。もともとは、 「一人一切人」とは、比叡山の僧侶・良忍師の言葉。
一人は単独で存在しているのではなく、まわりの人や世界と密接につながっている、ということにちがいない。
ジョブズは日本びいきで、京都には度々お忍び旅行して楽しんでいたということだ。
外村仁 『ジョブズの料理人』(日経BP社)