2014年01月27日

隣国を知るために

韓流ドラマ「チャングムの誓い」は、朝鮮王朝時代の人物をモデルに創作したヒロイン・チャングムのサクセス・ストーリーだ。TVドラマとして韓国では56%の視聴率を記録した。私もこのドラマは時々目にしていて、宮廷衣装の美しさに目を見張った。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%BB%B7%E5%A5%B3%E5%AE%98%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A0%E3%81%AE%E8%AA%93%E3%81%84
 
楊州(ヤンジュ)MBC「チャングムの誓いテーマパーク」では、済州島で撮影当時のオープンセットがそのまま残っているという。マッコリの試飲、監獄や昔の刑罰の体験ツアーがあり、日本人観光客も多くくる場所だと言う。
http://www.konest.com/tour/tour_detail.html?t_id=D9_ChangGeum

こうした、日韓文化交流が盛んになったのはサッカーワールドカップの共同主催や「冬のソナタ」に始まる韓流ブームが主導したと思われる。

しかし、国交がない間に鬱積した日本の帝国主義、軍国主義に対しての歴史から、国交樹立後も戦前の植民地時代の先入観は色濃く残っていた。例えば、次のような新聞記事からも分かる。

********2002年02月26日[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] ******

  「柳寛順(ユ・クァンスン)烈士について誤って理解されている点を正してみたかった」と、この4年間、柳寛順研究に没頭してきた郷土史家の任明淳(イム・ミョンスン、55、忠清南道天安市社稷洞)さんは語った。

天安大学にある柳寛順研究所の客員研究員でもある任さんは「柳寛順に関連した内容が、1945年8月15日の解放以後、植民地時代に日本が行った蛮行を糾弾するという意味合いから、誇張され過ぎてしまった感がある」と主張する。

「三一運動=柳寛順」というイメージを持つ柳寛順だが、出生・死亡年月日は記録によってまちまちだ。名前の漢字表記や兄弟の数、梨花(イファ)学堂に入学した年度も、やはりそれぞれ異なっている。

天安一帯で起った「己未年万歳示威」では、20人余りが殉国した。だが、死亡して80年が経てば、戸籍が整理され、記録から完全に抹消される。 

これを知った任さんは、99年から柳寛順ら殉国した先烈の除籍謄本をすべて集め、研究を行ってきた。

謄本によって任さんは、柳寛順の出生年が1904年ではなく1902年で、1人娘ではなく姉が1人いたという事実を確認した。任さんは昨年10月、天安大学が主催した「柳寛順烈士追慕学術大会」で、我々が知る柳寛順の殉国月日と生年月日が事実とは異なる、と指摘した。

任さんは、柳寛順の最終刑量は、懲役7年でなく3年だったと主張した。京城(キョンソン)復審裁判所(控訴審)の判決文と受刑者記録表によると、柳寛順は小学校の教科書にあるように「検事に椅子を投げつけたため法廷冒とく罪が追加され、7年の刑を宣告された」のではなく、3年の刑を受けたという。その後、柳寛順は高等裁判所(現在の最高裁)に上告せず、これが最終刑量になったという。

「梨花学堂時代、柳寛順の級友だったポガック(99、僧侶)さんの証言によると、死亡して20日余り過ぎた後、柳寛順の死体を受け取ったそうです。その時、死体は腐っていましたが、四肢は切断されてはいなかったという話です」。

任さんは「柳寛順への盲目的な思い込みから、こうしたいい加減な話が広まり、子供向けの伝記にまで掲載された」とし、「今は、冷静になって史実を確認すべきだ」と話した。

大学で農学を専攻した任さんは、農村振興庁で勤めた経験があり、20年余り自営業(農薬販売)を営んできた。だが現在は、天安地域の郷土史研究に没頭している。

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梨花女子高等学校(柳寛順記念館)
http://homepage2.nifty.com/hashim/seoul/seoul005.htm

柳寛順(ユン・グアンス1902ー1920)という少女が、朝鮮支配を受けていたころ、こつ然と立ち上がり独立を訴えてデモを先導(、そして、時の政府によって投獄されてしまう。しかし、獄中で意思を曲げることなく亡くなったことから、アジアのジャンヌ・ダルクとも言われている。忠清南道天安(チョンアン)郡(現在の天安市:ソウルの南約90キロ)に生れたので、この近くには天安抗日記念館がある。

私も視察にいったことがあるが、韓国の小中学生の見学者が多く来ていたので、日本語で話すのは憚られる雰囲気だった。しかし、最近は日韓の関係を正視して見直すべきとの研究者の声も反映して、展示の方法を訂正していくよう試みがみられているという。日韓研究者らの真摯な調査研究で、無駄な隣国同士の摩擦は解消していくべきだ。
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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