2013年12月17日

千葉県政史、近隣市への影響 歴史考7

千葉ニュータウンの計画には、宅地開発として鉄道計画も重要な要素だった。もっとも、我孫子の人間が通勤・通学に利用するルートではないので、この辺りの千葉の事情を見逃しがちとなる。しかし、当然ながらニュータウン計画には、莫大な県費が投入され、今もそれが、尾をひいている。


値下げ交渉で5%減
http://city.shiroi.chiba.jp/iexcms/files/article/10555/20100614153049.pdf

その北総線は1979年に開通し、千葉ニュータウン中央計画の盛り込まれた1960年代には計画人口34万人を見込んでいたが、1970年代のオイルショックや1990年代のバブル崩壊などで縮小を余儀なくされ、現在では8万人にとどまっている。

それでも、わずかながらではあるが沿線開発は続けられ、北総線利用者数は増加している。
北総線値下げについて、5%では値下げ幅が少ないということでの反対運動してえいるのは、北総線が開通することで移り住だ新住民だ。

最初から高いと分かっていた(?)が夫が通勤する時は定期代は会社持ちなので、家計への影響はなかったが、子供が成長して、通学定期を払う必要が生じると家計を圧迫する額だという、当然ながら悲鳴がでた。
 実質的に自分の財布に関係がないとはいえ、県税を払ってもいる県民として、少し、その経緯を追ってみる必要がある。
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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