2013年10月31日

『アレクセイと泉』がDVD化 

まるで、映画『風の谷のナウシカ』に出てくるような信じられない奇跡の実話があります。
1986年4月に起きたチェルノブイリ原発事故で、村が汚染されていく中で唯一汚染されなかった奇跡の泉。
チェルノブイリ原発事故の放射能汚染の影響は、180km離れた場所にあるブジシチェ村にも及びました。村人が村を離れる中、1人のアレクセイという青年と50数名の老人だけは村を離れようとしませんでした。
アレクセイは言いました。
「僕らにはあの泉があるからね。あの泉は100年も前から僕らを守ってくれているんだ」
その証拠に「百年泉」といわれるその泉だけは放射能が検出されなかったのだそうだ。


ブジシチェ村は、事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所から北東に180キロ。この村が、最も放射能の汚染がひどかったのは、北東の風に乗った放射能がこの村の森の上空に運ばれてきたとき、雲ができて雨が降ったからだった。このまま雨が降らないでずーっと運ばれたとしたら、その行く先にはモスクワでした。

実際、この村の美しい森は、チェルノブイリと同じぐらい汚染されており、60キュリーから150キュリーの放射能が、検出されています。
事故直後、40キュリー以上が、強制移住として指定された地域だったので、汚染度はかなり深刻で、当然、この村に住んでいた約600人の人々は、別の地域へ移住していきました。村は強制移住地域に指定され、ほとんどの住人は村を離れたが、現在も23軒、56人がこの地に暮らしている。大半が60歳以上のお年寄り。現在、この村に残っているのは、55人の高齢者と、ただ一人の若者。34歳のアレクセイだけ。

あらゆる土地が汚染されているにもかかわらず、何と、この泉の水からは、まったく放射能が検出されないというのです。

高濃度に汚染されている森で採れるきのこも、『絶対に食べてはいけない』と何度警告されても、その時期になると、
森に入り、採取し、ちゃんと泉の水で洗ってから、食べたり、
保存食用に瓶につめたりして、森の恵みをしっかりいただきます。
村人は、この泉を「百年の泉」と呼びます。
「この水を飲んでいれば大丈夫」と、老人は言います。
「あの泉のそばには、神様が立っている」と、言うのです。
だから、"リンゴ祭り"、"秋の収穫祭"、"冬の十字架祭"と、
季節ごとの祭りはすべて、この泉で執り行います。
ここは、水を汲むだけの場所ではなく、村人の心のよりどころなのです。

この映画が撮られた2000年、ほぼ10年ぶりに、司祭がやって来ることになり、
女達が、2年も前から、やいのやいのと言っていた、
腐りかけていた、泉の木枠の修理を、じいさん達が渋々始めるところが、
この映画の中でも、とても楽しいシーンです。
平均年齢71歳の5人衆は、森に入り、適当な大きさの木を切り倒し、
泉まで運び、斧と鋸だけで、どんどん木枠を修理していく技と姿は、
なかなかの男っぷりで、かっこいい!
もちろん、力仕事がある所に、アレクセイは必ず現れます。

ちょっとした力仕事から、
収穫時の、コンバインの運転や、トラクターの修理など、
困った時は、誰もがアレクセイに声をかけます。
アレクセイは、その助けの声に、イヤな顔一つせず、
当たり前のように、黙々と仕事をします。
アレクセイもまた、泉と同じように、村人の心のよりどころなのです。
しかも彼は、とてもやさしい。
馬や犬や、カエルと遊ぶ時も、笑顔で話しかけ、
十字架を作るために、木を切り倒す時も、そっと「ごめんね」と声をかける男です。
その姿を追っていると、宮沢賢治の詩の中に出てきそうな、
聖者のように思えてきます。

アレクセイは、小児麻痺の後遺症のため、動作が少しだけゆっくりです。
それが理由なのか、年老いた両親を残しておくのがしのびなかったのか、
この村に残りました。
彼は、その理由をこう語ります。
「村で生まれた者は、たとえ町へ出て行っても、いつも村に心を寄せている。
 運命からも、自分からも、どこにも逃げられない。
 だから、僕もここに残った。」

誰かの力になること、助けることは、つまるところ、
助けられることと、同じなのかもしれません。
老人たちを助けることで、アレクセイもまた、生かされている。
そうやって人は、助け合うことで、共に生きていく。

祭りの時に、ばあちゃん達が、輪になって踊る時の、あの喜びの笑顔。
共に生きることのすばらしさで、輝いています。
村の喜びの中心に、こんこんと湧く、泉があるのです。
その泉の存在を、神がいることの証だと、思う人もいるだろうし、
奇跡だと、思う人もいるでしょう。

この泉は、命の源泉のようなものと同じで、体のずっと奥の、深く静かな部分にある何かと、共鳴する。
それは、誰にも触れられない、
自分でさえ触れたことのない、赤ん坊の時のままの何かで、
普段のわたしの生活では、ほとんど思い出すこともない、
命の力が、呼び覚まされる何かです。

アレクセイは、こうも語ります。「泉の水が僕の中に流れ、僕を引きとめている。
 泉が人々に故郷に戻るよう、引き寄せているのだろう。」

DVDになったこの村の様子を見た人は、心の中の泉を信じ、諦めて生きることのすごさ、
目の前の現実を受け入れて暮らしていくことのすごさに、胸うたれる映画だとのこと。

音楽は坂本龍一が担当した、日本の監督らによる日本映画です。
posted by Nina at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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