2012年07月18日

領海問題と高校生の動画

日本は、周辺に領土問題を抱えています。特に尖閣諸島(沖縄県石垣市)を東京都が民間人から購入する計画によって、台湾、などからも抗議しています。島根県にある、竹島については東西2島と数十の岩礁から成り、この諸島の領海について 歴史を紐解くと、果てなき議論になって両国の感情を逆なでし続けるのです。外務省北東アジア課によると、日本の主張する竹島のすべてを国が所有し、他の国有地と同じように国有財産台帳にも載っているとしています。たしかに、竹島は1905年に県が官有地台帳に記入して以降、一度も民有地になったことはないのです。県総務課によると、1940年に県から旧海軍に移管され、終戦後に大蔵省(現在の財務省)が引き継いで現在に至っているとのことなので。でも、その以前の歴史的記録もあるはずを曖昧になったままのようで、とうとう「高校生の日韓両語の動画による簡潔な説明」というのが掲載されました。高校生がつくったのか、どうかはともかくタイトルがそうなっていまして、簡潔に国、県の申し入れのそのままに表現してあります。

http://www.youtube.com/watch?v=mpW6B-qDWcc

この動画の主張は日本の外務省の竹島日本固有領土論をベースにしているので、徳川幕府の鬱陵島放棄したことや、明治政府の太政官布告で竹島他一島(鬱陵島ともう一つの島)が日本の領土外だと指示した文書があることを全く無視ししているのです。江戸から明治初期にかけては日本側は鬱陵島は朝鮮領、その途次にある小島2島も当然に朝鮮領だと認識していましたが、明治、戦争中に竹島独島の戦略上の重要性に気付いて、これを島根県に編入しいました。

1) 竹島領有権についての理解

朝鮮側は、三国遺事に新羅が于山島を征服したいう記録があるとか、「太宗実録」、「世宗実録」に于山島の記録があると主張する人もいましたが、これらの記述が今の竹島独島を示さないことは明らかで、1905年まで、竹島独島が朝鮮王朝の正式記録に領土として記載されたことは一度もなく、朝鮮王朝の役人で竹島独島に行った人は誰もいないこともはっきりしています。

江戸明治を通じて、竹島独島についての関心の度合いは、日本側の方が圧倒的に高かったのですが、その理由は日本の漁師は早くから鬱陵島近辺で漁をやっており、そこに行く途中に竹島独島という小島があり嵐などの際に非難できる場所として知っていたのに対し、朝鮮側は鬱陵島も倭寇の根拠になるという理由で無人地として管理していました。勿論半島の漁師は、鬱陵島に漁に行きましたが、鬱陵島からさらに90キロの沖合の水もでない孤島に対する関心は全くなかったはずです。

江戸時代(17世紀末)に対馬藩が鬱陵島の支配権を奪おうと画策し、幕府と朝鮮王朝との間の外交問題になりましたが、幕府は鬱陵島とそれに付随する島は全て朝鮮領ということで、決着し、明治政府もそれを踏襲して、太政官布告を出した訳です。但し、この決定を受けて、朝鮮王朝が、独島竹島が朝鮮領だと確認したとか、役人を派遣したということは全くなく、朝鮮王朝は独島竹島に何の関心も示しておりません。その無関心さが1905年の島根県への編入に繋がります。

上記のような経緯を考えると、中国を頂点とする前近代的な修好通信関係の中では、竹島独島は朝鮮領でしたが、1905年に日本が、近代国際法の手続きにのっとって、編入した時点で、日本領になったと考えるのが自然です。 

このように日朝の長い歴史を考える時、明治以降の近代国際法だけが、日韓関係の唯一の判定基準なのか、という疑問がでます。


2) 韓国の反日運動
高校生が作るもの、高校生に作らせるものとしては、上記の観点を含めて、領海の問題に何があったかを考えさせてみるべきと思います。何が言いたいかと言うと、韓国人は反日だという前に、「韓国人の反日にはそれなりに理由がある」ことを知るべきだということです。

日本にも右翼の人もいれば左翼の人もいるように、韓国にも反日の人もいれば、そうでない人も、、、、いないですね、 いないにしても、反日の強い人とあまり強くない人もいると思います。ある人間の集団を「○○人は、△△だ。」とレッテル貼りをしないよう、高校生には教えて貰いたいと思います。

こういう私は、毎日中央日報の反日記事を読みながら、如何に嫌韓にならないかを、考えています。

この歴史的事情から、領海の問題を議論するには、日本が一歩譲歩するとしたら、韓国側には十歩譲歩する心がけがなくては無理です。韓国の独島領有権にも、根拠がないということを知ってか知らずに、ただ「独島わが領土」を繰り返しているのは、韓国人自身にとっても恥であり、十歩、または百歩譲歩しても、事実をしっかり認識して、議論のテーブルにつくのが両国の名誉に繋がると思います。

ですから、日本が韓国について知らなくてはならないのは、韓国の反日運動は戦前の規模を10とすると戦後は20くらいではないかと思うくらい、戦後意図的に作り出されたところもあるのだろうとの認識をもつことが不可欠だということです。

反日の理由の一つは、日本の撤退後、朝鮮半島は北と南に分かれて争いが起き、どちらも自分達の政権の正統性を主張しますが、植民地が独立した時に政権を担うのは、宗主国を追い出した人達です。朝鮮半島では、宗主国を追い出したのは、アメリカとソ連でしたが、それに便乗した朝鮮人政治家たちは、自分達の正統性を主張するために、日本の植民地下での独立運動の実績や反日活動を強調します。北では金日成が自分は抗日パルチザンということで、自分が日本を追い出したと宣伝したのに対し、南側はそれに代わるような華々しい実績がなかったため、李承晩は徹底した反日教育、反日行動に出て、自分達の正統性を主張した訳です。その徹底した反日教育を受けた世代が次の世代にまた反日教育をするということが繰り返されて、韓国では自分達もどうしようもないくらい、根深く反日が根付いてしまっているようです。

それから日本人が敗戦後も朝鮮人に対する強烈な差別をしてきたこと、差別意識を隣国に対して持っていたことを、肝に銘じるべきではないかと思います。


大人の世界でどれほど、関係修復の努力がされているかと言えば、相変わらずです。昨年12月に日本京都で開かれた野田佳彦首相との首脳会談で李明博大統領は、「野田首相と1時間を越えて慰安婦問題についてばかり話し合ったのに、野田首相はあれこれと話題を変えて誠意を示さなかった。会談後も日本政府の措置は全くなかった」ともらしていました。復光節(独立記念日)での李大統領の演説は昨年8月15日の演説では謝罪要求はせずだったが、今年は総括的な謝罪要求がされると想定されます。

他方、昨年10月に合意したスワップ協定では、韓国への資金支援枠は従来の5倍以上に増え、総額700億ドル(約5兆5千億円)となっています。日本と韓国は緊急時にドルなど外貨を融通し合う通貨交換(スワップ)協定の大幅拡充や、日本によるウォン建て韓国国債の購入で合意しているため、韓国経済の安定へつぎ込んでいる日本は、韓国の経済悪化は避けたいと考えてきました・・・。

最も近い近隣国でありながら、領海問題では大きな火種を抱えてきています。そこで日本政府は、独島問題を1954年と62年にもICJ裁定を申請していましたが、韓国は「独島は韓国固有の領土で紛争自体が存在しない」のであるから裁定にはおよばずと拒絶され続けています。ICJで解決するには紛争当事国である相手国の同意が必要です。

日本は領土問題を担当する専門組織の新設も検討している。新組織は独島だけでなく中国と紛争中の尖閣諸島(中国名・釣魚島)、ロシアと紛争中であるクリル4島(日本名・北方領土)問題をすべて扱うことになるということです。


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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