2012年06月03日

永遠のアルト 柳兼子

昨日は、我孫子けやきホールにて ”柳兼子〜魂の歌唱”というコンサートに行った。
なんと、入口では白樺派のカレー普及会(兼子が作ったというその当時のカレーを復元。)が、来場者にレトルトカレーをプレゼントしてくれた。始まる前の10分間ほど、カレーのエピソードをユーモアの話しぶりで聞くこともできたアットホームで、それでいて質の高いコンサートだった。

後援が我孫子市教育委員会で、市長の挨拶も手短にあった。

久々に、感動のコンサートだった。柳兼子への思入れがあったのもあるが、期待以上の歌い手の質の高さと品格によるのではないかと感じた。先週は島筒さんのピアノコンサートにご近所と連れ立っていったのに、今回も一人で行かずにもっと誘えばよかった、などと思った。コンサートの余韻が残るままに通路に貼り出された兼子さんの毛筆の手紙文字の字配りの美しさ、文章の気配りに感心したり、お子さんに頬を寄せて慈しむ写真の表情の優しさに驚いたりして、CD「魔王」を買って帰った。それを聞いたところ更に感動した。

兼子さんの歌声を聞くことができるのと、そればかりでなくCDにはインタビューがあった。兼子さんの芸術への取り組みの姿勢がわかって感動が倍増したのだった。
明治の後半に当時めずらしい女子音大生であり、校則で男性との交際を禁じられながら、柳宗悦と200通も恋文を交わして、ようやく両家の理解を得て結婚し、我孫子には新婚ほやほやで転居して来て、二人の男の子をもうけながら歌に精進していた。それだけでも、ファン心理として嬉しくなるのに、謡ぶり、インタビューが残されて復刻されたのは、兼子の心がずっと人々の側に忘れがたくあった証拠であろう。

「結局、芸術は心ですからね・・・どれだけ、長いことがかかったか
自分が納得できて皆様の前で歌うことができたのは40歳になったころでしょうか、
自分で分かっていても出来ないんでございます。泣けるほどに感動するという人はそうはいない
もんです。何を歌いだそうとするか、芸術はそこにあるのじゃないか・・・。芸術家
というものが、宗教家と似ていて、人格を磨くというような気がいたします。修行して
自分を晒すので、人間として生まれて、えらい芸術家は本当の力を与えて下さるのじゃ
ないか、自分を自分で掘るということで、私はまだまだ、捨てきれず、もっとうまくなる
というのが欲望であり、やらなくてはならない仕事、一生勉強でした・・・」という
くだりがあり、興味深く思いました。女性として初の芸術院恩賜賞。
改めて、我孫子に住んでいるお蔭で色々なことを教えられ、有難く思いました!!

CDを聞いていない皆様は、柳兼子「魔王」を聞いてみて下さい。お勧めです
巻末には松橋桂子さんの『楷書の絶唱 柳兼子伝』の紹介もあって、是非一読をと添えられている。

芸術家として後世に残る人はそうはいない、まして女性はさらに少ない。
さらに、その人生によって感動を誘う人はまたさらに少ない。

*CDは過去の音源より3枚分収録され、白樺文学館でも手に入る。

posted by Nina at 06:32| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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