2011年11月19日

東北とのつながり

若きブータン国王は、神、仏、自然の前では、ひとりの人間として謙虚にならなくてはいけないという姿勢を貫かれています。京都の三十三間堂ほか仏教のお寺では、地面に両ひじ、両ひざ、頭をつけて、御仏に対して尊敬の気持を表す五体投地(ごたいとうち)や、明治神宮では日本のしきたりに従って二礼二拍手一拝をされるなど、国王という立場を超えて、ひとりの人間としてきちんとしきたりに従って参拝されていました。

そして、11月18日、国王と王妃は福島県相馬市立桜丘小学校の子どもたちをお訪ねになりました。

ブータン.jpg

そんな子どもたちに対して、国王はブータンの国旗に描かれた「龍」の話をされたのです。

皆さんは、龍を見たことがありますか?
龍は何を食べて大きくなるのか知っていますか?
龍は、経験を食べて大きく成長していくのですよ。
私たち一人ひとりの中に「人格」という名の龍が存在しているのです。
その龍は、年を取り、経験を食べるほど、強く、大きく、なっていきます。
人は、経験を糧にして、強くなることができるのです。
そして何よりも大切なことは、自分の龍を鍛えて、きちんとコントロールすることです。
この「龍」の話を、私がブータンの子どもたちにする時には、同時に、「自分の龍を大切に養いなさい、鍛錬しなさい」ということを言っています。
わがままを抑えることや、感情をコントロールして生きることが大切なのです。

山間部の農村まで自らの足で歩いて回られる若き王様は、いまや国民から絶大な支持を得ているという。
ブータンの国旗には龍が大きく描かれているが、それはブータンがチベット語の方言で「龍の地」として知られているからだそうだ。
生きていく上で、もっとも大切なことは、年を取るにしたがって、自分の人格や品格を高めていくことだ。
一生かけて、自己修養に励み、己の魂を磨き続けることこそが、生きる目的だと言っても過言ではない。
人は幾多の困難を乗り越え、筆舌につくしがたい苦労を経験するからこそ、いぶし銀のような人格ができあがる。それが、ブータン国王の「龍」の教え。一人ひとりの心に住む、美しい龍を大切にしたい。

良いお話しだと思いました。そして、我孫子と東北のつながりについても、下記で触れておきたい。

11月1日から、杉村楚人冠記念公園もオープンしている。私は、3日の文化の日に行ってきたが、皆様にもこの飛び石連休で行ってこられたらとお勧めします。今後は企画展を沢山用意すると職員ははりきっていた。何しろ6千点ほどの貴重な資料を抱えているので様々な取り組みがされて研究者にも興味がわくスポットになると思われる。

ご存知の朝日新聞の名コラム『天声人語』は一世紀以上も続いているが、このコラムの命名は杉村楚人冠によるものだという。記録の整理も杉村本人が、丹念に取りためていたので、今後の研究で歴史的な資料となるものも多いのだろう。

そして楚人冠は、当時の朝日の押しも押されぬ記者であり、調査部の創始者、そして随筆家として名をしらしめていた。その筆によって書いてもらいまちおこしがされた一つの例が八幡平周辺の「玉川温泉」だ。

もともと地元では、古来からの呼び名で「鹿湯」と言われた温泉で、それも鹿が傷をいやしく来るという逸話から、あちこちに同名異泉が各地にあった。秋田県田沢湖の山奥約80q標高740mの場所に癌に効果がある、奇蹟の起きる鹿湯として地元では知られていた。効能を調べてみると、強酸性泉㏗1.2が含まれるためカラダの毒素を追い出してくれると分かった。細胞が刺激され内臓全体が活性化して若返させる。実際に天然の岩盤浴でリュウマチが治ったり、温泉とラジウム効果と森林浴の環境も元気の源になるという。

ところが「酸ヶ湯」などいう温泉にも近いため発音が似て紛らわしかった。1934年(昭和9)、東北地方の朝日新聞幹部たちが集まった際に、楚人冠氏の提案によって東京にある多摩川と、その地に流れる玉川が、関東圏の人には覚えやすいので「玉川温泉」と名づけることになり、またたく間に玉川温泉は有名になったのだ。

温泉湯治は10日間以上必要だが、入浴・飲泉・岩盤浴・睡眠・食事療法のやり方をきちんと順を踏んで療養に取り組むと、難病から治癒した人も多いということだ。実は、世界でも秋田の玉川温泉と台湾の北投温泉にしか存在しない薬石「北投石」の湯の花を産出することも分かった。1922年(大正11年)北投石は天然記念物に指定される。

ラジウム温泉のなかに含まれる低レベルの放射線は、細胞 を外側から刺激し、内側からはラドンで刺激して疲労の回復を早めるといわれている。この温泉の開発は、宮川村・関直右衛門が1929年(昭和4年)にこの湯で湯治を行い、その効能を知って、1932年に近隣の湯瀬温泉に湯瀬ホテルを建設すると共に、玉川温泉の権利を取得した。1934年(昭和9年)には、それまでの地元の鹿湯という呼び名から楚人冠によって「玉川温泉」と命名されて、世の知れる所となる。
 

それでも、戦前は馬が主要な交通手段であったため、玉川温泉への交通ルート非常に不便なまま進まなかった。戦後の1950年(昭和25)に、国道およびバス路線が開通し、これにより開発は大きく進展、1959年(昭和34年)、厚生省告示第256号により、八幡平温泉郷の一部として国民保養温泉地に指定され、現在に至っている。

特に効果があるとされる疾患は胃腸病、皮膚病、心臓病、高血圧、喘息、腺病質、肺疾患、糖尿病、リューマチ、 脳漏血、肝硬変、腎炎、膀胱炎、耳鼻咽頭疾患、眼疾患等。

参考: http://www.right-net.co.jp/tamagawanohanayu/


東北・秋田と千葉県・我孫子が、楚人冠のゆかりの地として姉妹都市になってれば、環境と健康の仲間づくりになりそうな気がするが、どうだろうか。

posted by Nina at 11:27| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

千葉における観光の取り組み

・21世紀のサステナブルツーリズムは、いやし・体験・健康など、新しい価値を求める個人や友達同士で行う、少人数・こだわりの観光へと変わりつつあります。かつての名所・旧跡を団体でめぐる従来型のまずツーリズムは減りました。

・貴重な観光資源であるみどりや海を維持するために、房総半島の自然や風土を活かした21世紀型の観光地づくりを進めます。市町村・観光事業者と連携し、新しい観光資源の発掘、既存観光資源の魅力アップ、観光のプラットホームづくり、ネットワーク化に取り組みます。

・日本における最大規模の観光キャンペーンJRとの協働で、首都圏では初めてとなる「ちばデスティネーションキャンペーン(DC)」を平成19年2月〜4月までの間実施しました。期間中の観光入込客数は延べ3,015万人で、前年同期比で7.9%の増(宿泊客357万人 3.9%増)となりました。

・また、成田空港を利用する外国人観光客等を本県観光地へ誘致するため、海外旅行会社・マスコミを招聘して観光情報等を積極的に提供するとともに、韓国・中国・台湾などでの海外プロモーション活動などにも、全県をあげて取り組み、観光地へのアクセス改善など受入体制の整備を進めました。
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