2011年11月04日

杉村楚人鑑邸、公園を訪ねました。

3日は、文化の日に相応しく、1日にオープンした杉村楚人冠記念公園に行ってきました。先月、ブログでもお呼びかけしましたので30人ちょっとの方が集まりご一緒しました。お天気も良くて、秋の散策にぴったりの一日でした
 
私が、2年前の議会予算審議のときに、土地の確認に現地視察に行ったのですが、あれからすっかり綺麗に復元整備され、家の中まで見たのは初めてです。マントルピース、サンルーム、凝った床材の書斎、湖畔吟のサロン、町で4番目という時代の電話室なども興味歩かいものがありました。ここの書斎で大逆事件の秘密文書が見つかったり、職員も文書の解明にワクワクしているのが分かりました。
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                                   書斎のこの場所に針文字文書が保管されていた。↑

”日本のジャーナリズムの祖・杉村楚人冠”ともいわれる人物がこの別荘(のちには自宅とした)であり、しかも日本における民間初の世界一周旅行を企画した人だけに、大変にいい趣味の内装としつらえのお宅でした。庭はまさしく別荘地・我孫子の感が実感でき、散策に適した公園となっています。この土地の購入で議案審議のために見に来た時とは雲泥の状況、杉村の愛した沼べり高台の絶景が理解できました。傾斜地を利用したみごとな別荘設計がされたのも、当時の建築界の異才に依頼したという事を聞けば、皆様にも市税投入で保全した意味を納得していただけると、賛成してなお余りありの感を持って見てきたのでした。市民の誇りとして史跡が生きた活用がされていく例だと思いました。

そして杉村は、湧水を利用して離れにお風呂も作ったそうで、お天気のいい時は富士山の姿を見ながらお風呂で疲れをいやし、仕事もバリバリこなしたことでしょう。最初は「白馬城」と名付けてお気に入りの別荘にしていましたが、関東大震災後は都内・大森から転居して通勤も可能だを自宅としたのでした。なにしろ、ここの主人・杉村楚人冠(広太郎)は、その時代の海外特派員、そして民間初の世界一周旅行を企画した人でもありましたので、展示室にした居室には、その時の旗もありました。

この11月1日に記念館、見事に整備されてオープンしたので皆様も是非、散策がてら行ってみてください。車ではちょっとアクセスしにくい、まち歩き観光、ウオーキングにぴったりのコースです。
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私は論文審査を控えて調査がてら行ってみてきたのですが、感激さめやらずでレポートしています。別荘研究にはうってつけの場所であり、大逆事件*など、新聞学史、ジャーナリズムに関心のある方にも一見の価値ありでした。


  *大逆事件は、大日本帝国憲法のもと言論統制が厳しくなった中で幸徳秋声らにかけられた嫌疑が、あまりの短期間で有罪、処刑となった。その際の嘆願書が密書(針で穴をあけて書いた)として杉村の手にも届けられていた。
新たな資料などが発見された1960年代以来、大量の研究書が発表されており、大逆事件は国家によるフレームアップの典型例であることが確実となった。志賀直哉など、多くの作家、芸術家にショックを与える出来事だった。

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posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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