セシウム都の戦いは除染の継続にあると言える。
だが、福島市内の「ホットスポット」では除染後も大きな効果が上がらず、地点によってはむしろ線量が上がった。政府は「除染すれば大丈夫」と繰り返す。
だが、現実的な除染方法がいまだ見つからない場所がある。
「除染しても数値が上がった!」
「政治に求められているのは、いつの世も『誠心誠意』の四文字があるのみです」
国会で野田佳彦首相の所信表明があった9月13日、福島市渡利地区に車で入ると、マスクをして下校する小学生たちとすれ違った。真夏を思わせる厳しい残暑の中、ランドセルを背負う子どもの額に汗がにじんでいる。助手席に置いたロシア製ガイガーカウンターの数値は1.4マイクロシーベルトを超え、「デンジャラス(危険)」の文字を表示し始めた。
渡利地区は、JR福島駅から東に約1キロの住宅街で、約1万6400人が暮らす。福島氏の中でも、最も線量が高いホットスポットの一つである。「ここは子どもを近づけてはいけません!」
翌日、同地区の学童保育施設で線量の測定に当たっていた山内知也・神戸大大学院教授が声を張り上げた。施設と隣接する神社境内の地面すれすれに近づけた測定器の針は「10.6マイクロシーベルト」を示した。この施設では、小学生約70人が放課後を過ごす。
「ここは子どもがよく遊ぶところなのに・・・・・」
保護者の顔が青ざめていく。「地区のお寺では6月に測った値よりむしろ増えていました。雨水がたまって乾燥し濃縮を繰り返しているのです」(山内教授)
渡利地区は政府による「特定避難勧奨地点」に指定されるかどうかの瀬戸際に立たされている。指定されると避難するかとどまるかを選択でき、さまざまな補償が受けられる。渡利地区(渡利、小倉寺)の138世帯の調査結果では、同地区で年間積算線量が20ミリシーベルト超と推定される基準値3.2マイクロシーベルト(高さ1メートル)を超えたところはなかった。だが、最高値は3.1マイクロシーベルトとぎりぎりの数値だったため、国と市が協議中だ。一方、調査が山側の住宅しか実施されておらず、地区内の住民に不満がくすぶる。山内教授が、その調査エリアからわずかに外れた側溝で足を止めた。
「針が振り切れそうだ」
地表面の値は14.8マイクロシーベルト。住宅街を縫うように延びる側溝の脇を歩いて行くと、4歳の少女が遊んでいた。
側溝脇にある少女の自宅の庭を了解を得て測った山内教授が「地表、20マイクロシーベルト!」と数値を読み上げる。祖母が「ここで遊んじゃだめ。放射能があるんだ!」と慌てて孫に駆け寄った。
子を持つ親たちのいらだちや焦りは限界に近い。
「住民総出で除染したのですが、結果は芳しくありませんでした」
工務店勤務の菅野吉広さん(43)が怒気を込めて言う。小3と小6の2児の父。これまで住民運動に携わった経験などなかった。だが、住民説明会で一方的な話に終始し、住民の意見に耳を傾けなかった市の姿勢に疑問を感じて6月、他の保護者らと「Save Watari Kids(渡利の子どもたちを守る会)を立ち上げた。現在、汚染マップ作りなどに取り組んでいる。
住民による除染作業は7月24日にあった。町内ごとに分かれ、渡利小と南向台小の通学路を重点的に、草刈りや歩道の高圧洗浄、側溝の土砂上げなどを実施した。住民3337人、市職員256人と業者160人が参加する大がかりなものだったが、市がその4〜6日後に線量を測定して除染前と比較したデータが、住民を落胆させたという。
渡利小の通学路では、高さ1メートルで1.6マイクロシーベルト→1.2マイクロシーベルト(除染率25%)まで下がったが、南向台小では高さ1メートルで1.7マイクロシーベルト→1.5マイクロシーベルト(同11.8%)と除染率はさらに落ちた。
さらに問題なのは、除染後の線量が除染前よりも上がった場所があったことだ。渡利中の敷地角の信号など2カ所で、それぞれ1.80マイクロシーベルト→1.90マイクロシーベルト、3.67マイクロシーベルト→4.63マイクロシーベルトと、わずかながら上昇した。
除染したはずなのに、なぜ上がるのか。前出の菅野さんが解説する。
「毎時20マイクロシーベルトもの汚泥を入れた袋を、市が側溝脇に数日間放置するなど処置がずさんだった。水やブラシを使って洗い流した汚染物質が別のところに移動した可能性もあります。ですが、最大の原因は山から流れてくる雨水でしょう」
除染は何年も続くイタチごっこ
渡利地区の東側には山林が広がっている。雨が降れば汚染物質を含んだ汚水が住宅街の水路を通って阿武隈川に流れ出るが、一部は側溝内などで堆積してしまうというのだ。
菅野さんは「背後に山がある街の宿命で、除染はこれから何年も続くイタチごっこ。市街地には隠れたホットスポットがたくさんあります。渡利を面的に避難勧奨地点に指定してもらうことで除染が進むのではないか」と訴える。
渡利地区の東側、山間部に位置する市内のも一つのホットスポット、大波地区(約1380人)を訪ねると、山が除染を阻む現実がよく分かる。
8月に大波小の通学路を除染した結果は、高さ1センチで2.4マイクロシーベルト→1.8マイクロシーベルト(除染率25%)。1メートルでは1.5マイクロシーベルト→1.4マイクロシーベルト(同6.7%)にとどまった。
専門業者が行ったが、5カ所で除染前より0.01〜0.37マイクロシーベルト上がっていた。歩いてみると、線量が上がった地点の多くが山林に面していた。 近くに住む50代の主婦が、自宅裏の岩山を見上げて言う。
「雨が降ると岩山から水が流れてきて、家の前の道路が川のようになるんです。道路をきれいに除染しても、汚染されたこの山をなんとかしないと。個人の力ではどうにもなりません」
市の担当者は「放射線の飛距離」を挙げる。
「放射線は70メートルほど飛ぶと言われています。道をきれいにしても、近くの山林や田畑のセシウムから放射線が飛んでくるので下がらない可能性があります」
山道を車で2キロほど上がると、畑や雑木林に囲まれた兼業農家、小池光一さん(63)の家がある。
「耕作はやらず、屋内でも2マイクロシーベルト近くあるため、妻と二人で室内の線量の低いところで過ごしています。31歳の娘は避難させました。この膨大な土を除染するなんて、とても現実的ではありません。まずは若い人や子どもを避難させる手立てを考えるのが先決です」
大波地区では、2.9マイクロシーベルトを計測するなどホットスポットが点在しているが、国が避難勧奨地点指定の目安とする同地区の基準値3.1マイクロシーベルトに達していないため、指定は見送られた。このため、当面は除染にかけるしかない。
大波地区自治振興協議会長を務める成願寺の佐藤俊道住職が言う。
「事故から半年がたって、
土や屋根、壁などにセシウムがしみ込んでしまい、劇的な除染効果はもはや期待できません。知りたいのは、室内や庭、山などでの除染効果が実証された、我々が実行可能な方法なのです。
田畑の表土を削るのが効果的なのは地区の子どもでも知っていますが、予算や汚泥土の仮置き場所の広さを考えたら、果たして現実的と言えるかどうか。地道にやっていくしかない」
今後はボランティアを募り、各世帯の除染を進め、放射線の飛距離を考えて住宅周辺75メートルの間伐、草刈り、腐葉土の除去などを定期的に行うよう行政に求めていくという。
佐藤住職は、最後にこう言って記者に頭を下げた。
「地元の小学生30人のうち8人がここを離れました。私たちを助けてください」
原発事故をはじめ、政府の対応はすべて後手に回った。綿密な測定を怠ったまま、機械的な線引きだけで住民への対応を先送りにしたその不誠実さが、住民に重たい十字架を背負わせている。
出典:サンデー毎日
2011.10.2号・大場弘行