2011年09月04日

 英国インディペンデント紙 「なぜ福島原発事故はチェルノブイリ原発事故より深刻なの か?」

2日午前、1年3カ月もの政権を担った菅直人首相が首相官邸スタッフらに見送られて官邸を後にした。花束を受け取った菅氏は「東日本大震災発生後は、皆さんのおかげでしっかり対応できた。」と笑顔であいさつした。 
初動対応の致命的な誤りで、3つの原子炉の核燃料がメルトダウン→メルトスルー、今後チェルノブイリより深刻な状況がどこまでになるのか実際は分からないというのに、「しっかり対応できた」との言には唖然とした人は多いことだろう。

世界の人に購読される「インディペンデント紙」では、最近のフクシマの状況を次のように伝えている。クリックすると動画も見られます。↓


  The Independent 2011年8月29日 の記事より
http://www.independent.co.uk/news/world/asia/why-the-fukushima-disaster-is-worse-than-chernobyl-2345542.html

                                       (日本語訳山崎康彦)


日本政府は核燃料のメルトダウンの重大さをなかなか認めようとしなかった。しかし今真実が暴露されて始めた。

相馬市からデビッドマクニールのレポートです。

市田良夫さん(53歳)は津波が自宅と友人たちを飲み込んだ人生で最悪の日3月11日をを思い出している。福島の漁師で地震が起きた時丁度船の中で入浴中だった市田さんは、あまりの激しい揺れで海に投げ出されそうになった。激しい地震の40分後に15メーターの大津波に襲われた。市田さんが港に戻った時、隣近所を含め全てのものがなくなっていた。「誰もこんなことは覚えておられない」と彼は言う。廃墟となった海沿いの相馬市で避難所暮らしをしている市田さんは、津波で100人の漁師仲間を失い悲しみに沈んでいる。しかし今漁師仲間と共に生活再建の努力をしている。彼らは毎朝廃墟となった相馬漁港の漁業共同組合の建物に集合して活動再開の準備をしている。そして放射能で汚染された海を見つめながら再開の日を待っているのです。「再び漁ができる日がいつか来る。全員がそれを信じている」

日本国民はこの天災かつ人災の危機から立ちあがってきている。しかし相馬市の海岸から40km南に位置する福島原発の3つの原子炉が核燃料のメルトダウンを起こしたことで、日本は今まで知らないそして予見できない領域に叩き込まれたのだ。

原発の北東方向には何百万の住民が核燃料のメルトダウンがもたらした放射能汚染下で暮らしている。いまだ存在しない納得できる放射能汚染の安全基準を模索している。専門家は放射能汚染の危険性について異なった意見を言い住民をうろたえさせている。

何人かの科学者は、福島原発事故はチェルノブイリ原発事故と同じ最高のレベル7だがチェルノブイリより重大だと言っている。その中の優れた科学者であるオーストラリアの医者で長年反原発運動をしてきたヘレンカルディコット博士は福島の「来るべき恐怖」を警告している。

欧州放射線リスク委員会(ECRP)の科学事務局長であるクリス・バズビー教授(アルスター大学)は、7月日本を訪問した。原発事故で今後100万人以上の死者が出るだろうと言って物議をかもす発言をしてきた人物だが、「福島原発はいまだ日本中に放射性物質をまき散らしている」「チェルノブイリは一週間で止まった。福島はもっと悪い」と言った。

「原子力フェンス」の反対側には原子力事業者と親しい科学者がおり「危機は管理されており放射能レベルはほぼ安全」と主張している。「政府と東電は最善を尽くしていると信じている」と東京大学工学系研究科関村直人副学部長は言っている。関村副学部長は当初原発付近の住民に対して「事故は想定外だった。冷静にしていてください」と助言していたがそれ以来彼の評価は逆転した。

政府の予測は静かに確実に悪化していている。先週金曜日、
原子力安全・保安院と協力関係のある科学者達は「福島原発から核時代を幕開した広島の原爆の168倍に相当する15,000兆ベクレルの発がん性セシュームが放出された」と発表した。

バズビー教授は「福島原発からの放射能放出は少なくとも広島の72,000倍多い」と言っている。

矛盾した情報の嵐に翻弄されながら、日本人は自分たちの知っているかがり火を本能的に探している。市田さんと彼の仲間たちは「福島原発は安全」と言う原発事業者や政府関係者をもはや信用していない。しかし、彼らは政府の放射能検査は信頼しておりいつかは海に戻れると信じている。

「それが間違いの元。政府関係者のウソや不作為や隠蔽はいつものパターン」と疑いをさしはさむ人がいる。先週、政府関係者は長い間批判者から言われてきたあること、すなわち事故を起こした原発近くに住む住民は何世代にわたって帰還できないだろ う、という事を認めたのだ。

「我々は長い期間住民が自宅に帰れない地域が存在するという可能性を排除できない」と枝野官房長官は言った。「大変遺憾なことです」

先週の金曜日、原発に一番近い双葉町と大熊町の住民がおそらく最後の機会として私物を取りに帰宅を許された。彼らはマスクと防御服を身に着け、原発から20km圏内の数百の家畜が死に太陽の熱で腐敗した状態の地域をバズで通過して帰宅したのです。自宅の台所とリビングの一部は自然に浸食されていたのです。「かつてここに住んでいたとは信じ難い」とある住民はNHKに語った。

 原発から北西方向に位置するいくつかの地域は避難命令で住民が避難して放射能のゴーストタウンとなっている。原発事故の後の数週間の間に大量の危険な放射性物質を吸収してしまったと多くの住民は信じています。「ここに戻れるとは思っていません」と、原発から約40km離れた飯舘村近くで米とキャベツの栽培と少数の牛を飼育していた庄司勝三さんは言 う。そこは避難指定地域ではないが、山に囲まれた地形で風と雨に運ばれた放射性物質が作物と水と学校の運動場を汚染したのです。若者や金持ちや母親や妊婦はすでに東京やほかの地域に避難しました。
政府が放射能安全基準を超えたことを認めたことで残った6000人はようやく避難したのです。

政府が畑をつぶし6頭の牛を殺し妻ふみさん(73歳)と共に20km離れた郡山市のアパートに移動するように避難勧告を出した時、庄司さん 【75 歳)のショックから怒りに変わった。「5年か10年で帰れるかもしれない。しかし楽観的すぎるとう人もいる」と庄司さんは泣きながら言う。
「たぶん死ぬためだったら帰れるだろう」

彼は東電から100万円(7900ポンド)と政府から35万円の補償金をもらった。

苦い論争を引き起こすのは避難地域外の住民の運命となった。原発から63km離れた福島市の保護者達は約10万人の子供たちを被曝から保護するように政府に要求をつきつけている。学校は子供たちがサッカーや屋外スポーツができる環境を要求してきた。学校の窓はいつも閉めっぱなしなのです。福島市に住んでいる祖母の佐藤真知子さんは言う。「私たちは自分で生活しろと政府に捨てられたのです」「本当に腹立たしい」

多くの保護者は子供を数百キロ離れた親戚や友人のところに非難させている。福島県民200万人全部を避難させるべきと政府に要求しているいる人もいる。

「彼らは避難できる権利を要求しています」と反原発の活動家で両親と一緒に働いているアイリーン・ミオコ・スミスさんは言う。「言葉を言い換えれば、住民が避難したいと思えば政府は彼らを支援することです」

少なくとこれまでは政府当局は避難する必要ないと言っている。政府の公式見解は、原発事故は沈静化しつつあり避難地域と”ホットスポット”に指定された地域以外の放射線量は安全なレベルである、というものだ。しかし多くの専門家は危機はまだ始まったばかりと警告している。

チェルノブイリ周辺の放射能の遺伝的影響を10年以上研究している生物学者のティムムソー教授は「福島の多くの人々は頭を砂の中に埋めている状態」と言っている。彼のチェルノブイルの研究では、放射線汚染地域内の生物多様性が減少し昆虫とくもの数が減りまた鳥の数が減り鳥の脳が縮小するなど、遺伝的欠陥がみられたとのことです。「本当のことを言えば、我々は長期間の影響に関する正確な情報を持っていない」と教授は言います。「しかし長期の放射線被ばくが健康に長期にわたる顕著な影響を与えることは確かです」とも言っている。

 相馬市の市田さんは「放射能に関する議論は全て混乱している」と言っています。「我々が望むすべては仕事に戻る事です。死に方はいくつもあるが、仕事がなく何もしないのは死ぬのと同じです」

経済コスト

福島: 日本政府は地震、津波、原発事故からすべてを再建するために1880億ポンド(約23.8兆円)かかると試算している。

チェルノブイリ:経済インパクトに関する試算は多くあるが、トータルコストは約1440億ポンド(約18.2兆円)

安全基準

福島:原発作業員の被曝線量は年間250mSvまで許容されている

チェルノブイリ:年間350mSv被曝した作業員が確認されている。

             ほとんどの国では原発作業員の年間最大被曝線量は20mSv。

             原発近くの居住者に許される年間被ばく線量は1mSv。

死亡者数

福島: 二人の従業員が原発施設内で死亡。何人かの科学者はがんで100万人が死亡するだろうと推測している。

チェルノブイリ:爆発の当日に何人死亡したかは国家安全規制が取られたので不明。

          しかし
グリーンピースは事故から25年経過した2011年の時点で放射線被ばくによるがんで20万人が

          死亡したと推定している。

避難地区

福島:政府は最初に
原発から20km圏を指定

チェルノブイリ:最初の避難地区は原発から30km圏。25年経過してもそのまま避難地域に指定されたまま

補償

福島:東電の株価は被害者一人当たりの補償額が1000ポンド(約126万円)が必要と報道されて事故以来大幅下落。

チェルノブイリ:補償額は多くない。アルメニア人への事故補償は1986年で一人当たり約6ポンド(756円)のオファーがされたとの報告が あ る。

援助

福島:人道問題コーディネーション国連事務所の報告では相互援助として9500万ドル(約73億円)。

チェルノブイリ:事故後12年たってウクライナのクチマ大統領は依然として世界の援助を待っていると不満を言った。

(以上)
posted by Nina at 07:18| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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