2011年08月14日

マニラ市街戦 〜死者12万 焦土への1か月〜

NHKhiで「ハイビジョン特集 証言記録 マニラ市街戦 〜死者12万 焦土への1か月〜」という8/5に放送された番組(の録画)を見た(再:[BS1]2007年 9/1(土) 後1:10−3:00)

今日は、62年目の戦争記念日である。(と同時に親父の11年目の命日だな〜・・・⇒本件と関係ないが・・・)
それで、NHKから色々な戦争特集番組が放送されているが、1945年2月3日から3月3日の太平洋戦争最大のマニラ市街戦。この証言ドキュメンタリーは、なかなか見応えがあった。
内容のあまりの悲惨さに、途中で見るのを止めたが、思い直してさっき(今夜)最後まで見た。

先に、沖縄戦争の映画「ひめゆり」を見たが、同じ手法で、当時の人の証言から、マニラ市街戦の惨劇を振り返っている。
そこには、一般市民が戦争に巻き込まれ、10万人もの犠牲者を出した過程が生々しく再現されており、自分としても、かなりのショックを受けながら見た。

番組のナレータにより、印象に残った場面を綴ってみる。
最初のナレータ。
「これは戦前アメリカの統治下の、フィリピン マニラの映像です。人口は100万。そこには美しい町並みがあり、東南アジアでも指折りの豊かさがありました。・・・
そのマニラが戦場となりました。1945年市民が暮らす町中で、日本とアメリカが熾烈な戦闘を重ねたマニラ市街戦です。わずか1ヶ月で破壊されたマニラの町並み。死者12万人。そのうち10万人はマニラの市民でした。なぜマニラは戦場となってしまったのか。なぜこれほどまでの市民を犠牲にすることになってしまったのか、あの時、マニラで戦った日本・アメリカの元兵士、そしてマニラの市民38人の証言によって記録します。・・・」

・・・・(火炎放射器で火達磨になって転げ回る人・・・・・)・・・

「1945年2月17日。フィリピン総合病院が米軍により制圧され、飢餓にあえいでいた7000人が救出されました。しかし降伏する兵士は少なく、日本兵達は地下室に逃げ込み、籠城を続けます。こうした日本兵に対して、アメリカは火炎放射器を使います。フィリピン総合病院から救出されたリカルド・ザルコさんはその有り様を目撃していました。
「あんな武器は使っちゃいけない。日本兵の体は油で揚げられたみたいになりました。それでも日本兵は転がりながら米兵を撃っていました。日本兵は死の間際まで戦っていました」

・・・・・・・・・
日本軍の掃討のために無差別攻撃をする米軍。
ゲリラ掃討の名の下の日本軍による殺戮。
それぞれの軍に味方した、フィリピン人通しの殺し合い。
・・・・・・・

「フォートサンチャゴに作られた地下壕。ここからはフィリピン人男性およそ600人の遺体が発見されました。
2月24日、イントラムロスで発見されアメリカ軍に押収された、日本軍の大隊の命令書(マニラ海軍防衛隊大隊至急命令)。『フィリピン人を殺すのは極力一カ所に纏め、弾薬と労力を消費せず処分せよ』・・・」

そして死者、
日本軍      16,555人
米軍        1,010人
フィリピン人  100,000人(米軍公刊先史より)

(最後のナレータ)
「ビューティフルダウンタウンと呼ばれた美しい町マニラ。そのマニラで普通の生活を営んでいた市民達、日本とアメリカ、大国どうしが戦ったマニラ市街戦。その戦場とされたマニラを逃げまどい、亡くなった市民の姿です。なぜ10万もの市民が犠牲にならなければならなかったのか・・・・」

1942年にフィリピンを日本に占領され、マニラを去る時にマッカーサーが言った言葉 「私は帰ってくる」・・・・・。
米軍は日本兵を掃討するため、フィリピン人の犠牲もやむを得ないとし、日本軍は、抗日ゲリラの掃討を理由にフィリピン人を犠牲に・・・・

この悲劇が、日本でどのくらい語られているのだろう・・・?(戦争をこれから勉強しようとしている自分には分からないが・・)
高校の日本史の教科書(山川出版p341)には、フィリピンについてこの様な記述がある。
「・・・その結果、日本軍は仏印・フィリピンをはじめ各地で組織的な抗日運動に直面するようになった。(注:日本の敗戦後、これらの民族解放運動は植民地の本国軍と戦って自力で独立を勝ちとり、結果的に、アジアにおける欧米の植民地支配は一掃された)」
いや、これしかない・・・。

マニラ市街戦でのマニラ市民の犠牲者10万は、原爆による広島の死者(被爆後5年間に)20万人以上、長崎の14万人以上、沖縄戦での民間人死亡者9.4万人にも匹敵する惨事である。
しかも、フィリピン市民は一方的に占領され、戦争当事国とは違う・・・・。

とかく戦争というと、『自国の犠牲』ばかりが前面に出てしまう。しかし、この番組は『事実はそれだけではない』事を指摘している。戦争の悲劇は、あまりに底が広いが、戦争体験を風化させないためにも、このような新たな切り口での指摘は重要だと思った。
また我々日本人は、韓国を筆頭に中国・アジアでの対日感情が非常に悪い原因がどこにあるのかを、(幾ら戦後世代だとはいえ)その文化を受け継いている者として、今一度自覚する必要があるかも知れない。
このドキュメンタリーを見ると、それについても「なるほどな・・・」と納得してしまう説得力がある。


参考HP:
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/2_2eae.html
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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