2011年07月30日

科学者の良心

27日に行われた衆院厚労委員会で、児玉教授によって放射能被害についての意見陳述が行われました。最先端の話であるため、内容についていくのは難しいものの、その真摯なまなざし、怒りを抑えつつ論理的に語ろうとする時の人の心根は伝わるものです。これまでの政府の対応に対して、押さえようとしても押さえきれない怒りが満身からにじみ出ています。Youtubeでその様子を聞けたとして、今、感動の輪が広がっています。下記、必見です!

http://www.youtube.com/embed/O9sTLQSZfwo

さて、我孫子では8月30日に、藤村靖之氏をお呼びして“放射能から子どもを守る勉強会”のお知らせ(海津にいなブログでも紹介)をしています。その講師について、ちょっとしたエピソードを紹介します。
那須に在住の藤村先生は、原発事故の経過から早期にメルトダウンの状況を予測して、事故後の早やい時期に那須町で“子どもを守るプロジェクト”を始めました。そもそも、藤村先生のご子息が強烈なアトピーに苦しんでいて、環境の問題に取り組まれるようになったということです。科学する行動人としての行動は、企業での開発者の立場を辞するところから始まりました。一時は、ベンチャービジネス界で孫正義氏と二雄といわれるほどの先見性を称えられなどで、とくに環境の分野の製品開発で注目されました。現在は、発明塾での発信活動を中心に、世界を股にかけ、指導にも飛び回り、また自然豊かな那須町に戻るとピアニストの奥様と音楽(チェロ)を楽しまれ、そして、非電化の推進をされています。もちろん、原発問題は40年来の取り組みだとのことです。

8月30日は、どんな話かあるか、是非、勉強会に来て質疑に加わってください。 なお、下記のテキストに関心のある方はネットで検索して簡単にお求めいただけます。


『福島原発事故と放射線被曝対策』(藤村靖之・著)テキストの目次
A4版 50ページ 簡易製本  1,000円
  1. 原発事故で何が起きるか? ・・・・・・・・・・・・・2ページ
  2. 被爆の形式・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
  3. 緊急避難・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
  4. 放射線の種類と特徴・・・・・・・・・・・・・・・・6
  5. 放射性物質の種類と特徴・・・・・・・・・・・・・・8
  6. シーベルトとベクレル(放射線量と汚染濃度)・・・・10
  7. 測定方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
  8. 外部被曝量の定め方・・・・・・・・・・・・・・・・12
  9. 外部被曝の限界基準 ・・・・・・・・・・・・・・・13
  10. 内部被曝量の定め方・・・・・・・・・・・・・・・・15
  11. 内部被曝の限界基準 ・・・・・・・・・・・・・・・17
  12. 空気中の放射性物質の影響・・・・・・・・・・・・・22
  13. 空気の放射能汚染対策・・・・・・・・・・・・・・・24
  14. 土壌中の放射性物質の影響・・・・・・・・・・・・・25
  15. 土壌の放射能汚染対策・・・・・・・・・・・・・・・28
  16. 水の放射能汚染対策・・・・・・・・・・・・・・・・29
  17. 野菜の放射能汚染対策・・・・・・・・・・・・・・・30
  18. 牧草の放射能汚染対策・・・・・・・・・・・・・・・31
  19. 母乳を介しての放射能汚染・・・・・・・・・・・・・33
  20. 付録1.放射性被曝による甲状腺への影響・・・・・・・・・・・・・35
    付録2.実効線量係数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
    付録3.組織荷重係数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38
    付録4.放射線測定器の例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
    付録5.チェルノブイリ事故後にスエーデン牧畜業者が取った対策・・42


posted by Nina at 12:33| 千葉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

福島の真実!!

吉田所長のインタビューってお読みですか?

インタビューを読むと、吉田所長は、津波ではなく地震での配管破断などが原因としていますし、玄海原発の再稼働問題について、「そんなバカなことはやめたほうがいい。」と言っています。

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福島第一原発の最高幹部がついに語った【フクシマの真実:前編】
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週刊朝日2011年7月22日号配信
http://www.wa-dan.com/article/2011/07/post-135.php

独占スクープ!! 【内容は下記】
福島第一原発の最高幹部がついに語った【フクシマの真実:本文前編】

福島第一原発が「循環注水冷却システム」に完全移行した。しかし一方で、玄海原発の再稼働問題を巡って政治は迷走するばかり。こんなことで、原発事故は本当に収束できるのか。この1カ月余り、本誌の取材に応じてきた第一原発"最高幹部"の一人が語った「すべて」をお届けしよう。(本誌取材班)


 いまこの国が抱える喫緊の課題は原発問題のはずである。ところが、東日本大震災から4カ月がたったいまも、司令塔であるべき政治は権力闘争に明け暮れ、迷走している。その"無様さ"は、玄海原発の再稼働問題でも露呈した。

 「いずれ時期が来ましたら、私も責任を取らせていただきます」

 海江田万里経済産業相(62)は7月7日、国会答弁で辞任を示唆した。それはそうだろう。海江田氏は、菅直人首相(64)の"思いつき"と"いいとこ取り"に振り回され続けてきた。

 5月初旬の浜岡原発の停止要請では、海江田氏が中部電力などに根回ししながら環境整備を進め、いざ記者会見しようというところで、菅首相が突然、横取りして発表した。5月下旬のG8サミット(主要国首脳会議)では、海江田氏に知らせることなく、菅首相がいきなり「太陽光パネル1千万戸構想」をぶち上げた。

 そして今回の玄海原発再稼働問題では、菅首相は6月中旬に再稼働容認を明言したのにもかかわらず、その意を受けて地元自治体との調整を進めてきた海江田氏を尻目に、自身は「脱原発」の姿勢を強め、揚げ句の果てに、新たな安全性評価(ストレステスト)の実施を持ち出して、すべてをひっくり返したのだ。

 菅首相自身は「脱原発」の闘士気取りで、周囲に「(浜岡原発の停止以降)経産省の抵抗がすごい」などと漏らしているそうだが、これまでの言動に照らせば、その"信念"は大いに疑わしい。そもそも、ストレステストもしていないのに「安全」だと宣言した判断の根拠は何だったのか。

 結局、この政治のゴタゴタで玄海原発の再稼働は遠のいた。そして政府は7月19日にも、福島第一原発の事故収束に向けた新たな「工程表」を発表するとしている。果たして本当に「安全」だといえるときは来るのだろうか−−3月11日の事故以降、現場に詰めて作業にあたってきた福島第一原発の「最高幹部」に、本誌は6月以降、幾度となく取材を繰り返してきた。いわば原発のすべてを知るこの人物が、こう語るのだ。
   ◇   ◇
 いま玄海原発の再稼働問題が取りざたされていますが、フクイチ(福島第一原発)の事故を経験した私に言わせれば、そんなバカなことはやめたほうがいい。玄海原発1号機の操業開始は1975年で、老朽化が心配。それに、現地はフクイチよりも地盤がやわらかいようです。正直、再稼働して大丈夫なのかと感じる。

 私が、こう言うのには理由があります。フクイチが地震と津波、どちらでやられたのかといえば、まず地震で建屋や配管、電気系統など、施設にかなりの被害を受けたのは事実です。地震直後、「配管がだめだ」「落下物がある」などと緊急連絡が殺到しました。制御室からも「配管や電気系統がきかなくなった」などと、すさまじい状況で、多くの作業員が逃げ出した。耐震性に問題があったのは否めません。

 こうした事態に対応している間に「津波がくるらしい」という話が入り、とにかく避難が優先だと施設内に放送を流し、情報収集を進めているうちに津波が襲ってきた。これで、街灯やトイレなど、地震後もかろうじて通じていた一部の電源もほぼ通じなくなった。完全なブラックアウト(停電)です。

 そのとき頭に浮かんだのは、どうやって冷却を続けるか、です。すぐに人を招集して、とにかく電源回復を急ぐようにと指示した。何とか電源を回復できないかと、(東京電力)本社に電源車を要請するなど、もう大声で叫ぶばかりでした。

 津波の破壊力を実感したのは、電源確保のために状況を見に行った作業員から「行く手をはばまれた」「瓦礫(がれき)で前へ進めない」などと報告を受け、携帯写真を見たときです。本当にとんでもないことになっていた。本社に電源車を頼んでいるような悠長なことではとても無理。自分たちで何でもやれることはやらなきゃ、もう爆発だと覚悟しました。すぐに車のバッテリーなど、原発内でとにかく使えそうなものを探させました。

 日が暮れ、周囲は真っ暗で作業がはかどらない。携帯電話の画面を懐中電灯代わりにしている−−現場からは、こんな報告が次々と上がってきました。

 このあたりから「最悪のケースもありうる。海水も早い時期に決断せねば」と覚悟しました。メルトダウン(炉心溶融)も、ありうると思っていた。

 ただ、これがもしも地震だけだったら、要請した電源車なども早く到着したはずですし、非常用電源なども回復できた可能性が高い。爆発は防げたと思います。

 ここまで事故が深刻化した原因について、津波対策がおろそかだった、非常用電源の設置場所が悪かったなどと言われますが、私は何よりも、操業開始から40年という"古さ"が、地震・津波に負けてしまったと感じています。いくらメンテナンスで部品を新しくしたところで、建物は同じ。原発自体の耐用年数だけでなく、建物や構造など全体的にみて、40年は長すぎた。

 実際、免震棟ができる2年ほど前までは事務本館しかなかった。それが、地震だけでメチャメチャになり、使えない。これは、玄海を始め、全国の原発に当てはまることだと思いますね。

   ◇   ◇

 いまだ予断を許さない状況が続く福島第一原発だが、7月2日になって、最大の課題だった原子炉の安定冷却と、放射能汚染水の浄化を実現する「循環システム」がようやく完成した。

「これは、原子炉建屋などの地下にたまった汚染水を装置に通して浄化し、循環させて原子炉の冷却水として再び使うシステムです。当初、6月27日に稼働が始まりましたが、わずか1時間半あまりで停止。原因は、原子炉に再注入する配管から処理水が漏れるというお粗末なものでした。その後もトラブルが相次ぎ、不安定な状態が続いていましたが、ようやく動き始めたのです」(東電関係者)

 総延長約4キロに及ぶこの循環システムは、まず東芝の装置で「油を分離」し、次に米キュリオン社製の装置が「放射性セシウムを吸着」、それを仏アレバ社製の装置が「薬品で除染」し、最後に日立の装置が処理水から塩分を取り除いて「淡水化」する。1日1200トンを処理し、たまりにたまった計12万トンの高濃度汚染水をゼロに近づける予定だ。

 東京電力が4月17日に発表した「工程表」では、7月中旬までに「原子炉の安定的な冷却」を完成させるとしているが、このスケジュールどおり事故処理は進むのだろうか。

◆無理があった「3カ国連合」◆

 注水をしている限り、汚染水が増えるばかりで安定はありません。フクイチの1〜4号機ともに循環システムがうまく機能して初めて冷却、安定となります。とにかくまず冷却して安定させなければ、先が見えません。ペースは遅いかもしれないが、一歩ずつ確実に近づきつつある。

 もちろん、現場ではもうこれ以上、汚染水を海に放出することは許されないと認識しています。ただ、なぜか本社は海に流すことをいとわない雰囲気があって、温度差を感じます。

 システムの管理は、東芝が中心でやっています。米キュリオンと仏アレバの機器を組み合わせ、日立が塩分を取り除く装置を担当している。

 システムの構成については、現場からも提案しました。でも、本社から、
 「もう決まった。これでやりなさい」
 と日米仏の装置を一つにまとめる方式になったのです。現場としては、日本だけで十分やれると考えていました。しかし、政府同士で商取引の約束でも交わしたのでしょうか、本社のある幹部は政府や経産省との絡みも暗ににおわせて、「勘弁してくれ。こちらでもどうにもならない」ということでした。

 てこずったのはアレバの装置です。仕様書などはフランス語だけでなく、一部がイタリア語で書かれていて大混乱でした。原発関連の言葉をイタリア語で読みこなすのは難しく、アレバに問い合わせても、肝心なところは「国家機密で言えない」と拒絶されるのです。

 結局、循環システムが稼働するまでに、バルブの開閉トラブルやフィルターの目詰まり、装置の接点で想定外の放射線量が出るなど問題が起き、何度も止まりました。統括した東芝も「オールジャパンでやっていれば......」と言っていた。

 とはいえ、アレバの装置の威力はさすがにすごい。放射性物質はきれいに除去されています。

 ようやく動き始めたといっても、水回りの作業はトラブルがつきものです。現場で「ぞうさん」「シマウマ」などと呼ばれている注水車もポンプの調子が悪く、よく中断しますから。

 それに、まだまだ瓦礫などの線量が高く、作業がはかどりません。1号機では、原子炉建屋の1階と2階にある配管で循環システムを接続するつもりでしたが、線量が高すぎるため、別の配管を使わざるをえなかった。無人ロボットも、瓦礫を片付けられずに入れないところがたくさんあります。

   ◇   ◇

 事故以降、現場で陣頭指揮を執ってきたのが、原発を統括する吉田昌郎所長である。「所長こそがフクイチをいちばん理解し、把握している」(現場社員)と信頼が厚い。今後の事故処理の行方は、彼の手腕にかかっているといっても過言ではないだろう。

 その吉田所長がにわかにクローズアップされたのが、5月20日に発覚した、菅首相による1号機の海水注入「停止命令」問題だ。

 きっかけは安倍晋三元首相のメールマガジンだった。

「(3月)12日19時04分に海水注入を開始。同時に官邸に報告したところ、菅総理が『俺は聞いていない!』と激怒。官邸から東電への電話で、19時25分海水注入を中断。実務者、識者の説得で20時20分注入再開」
 と記されていたのだ。

 それまでに官邸や東電が発表した資料では、菅首相の指示で中断していた注水が再開されたことになっていた。これでは話がまったく逆である。

 首相の大失態が原発事故を悪化させた−−この問題は、谷垣禎一・自民党総裁も国会で追及するに至り、「菅おろし」を巡る政局は一気に緊迫した。

 しかし、現実には、「中断」はなかった。事態収拾に動く東電は5月26日、海水注入は「所長判断」で継続していた、と発表したのだ。

 この「55分間の注水中断」について、吉田所長は、
 「こんなに騒がれて、本社にまで呼び出され、大変なことになるとは思ってもいなかった」
 と漏らしていたという。

◆悪者になった吉田所長◆

 それほど、現場と本社の間には明らかな温度差、認識の違いがあるのです。

 実際は「55分間の注水中断」がなかったことは、一部の幹部たちは前から知っていたはずです。確かに資料上は政府に配慮して、「(注水を)菅総理の指示で再開した」ということにするため、20分程度で注水を中断したことになっていました。でも、この問題が国会にまで持ち込まれ、いまさら政府に報告した内容をひっくり返して「中断してなかった」などとは言いだせない状態だったのです。

 だから、最終的に「吉田所長が独断で中断しなかった」という話で落ち着きましたが、実は違う。

 そもそも、あの時点で注水を中断するなどという選択肢はなかった。原子炉を冷やし続けなければ、爆発は時間の問題。私たちや作業員はもとより、周辺住民も被曝(ひばく)するかもしれない。「死」につながることになるかもしれない。原子力を少しでも学んでいる人間ならば、誰でもわかることです。そんなバカなことをするわけがありません。

 当時、現場の意思は、
「『総理が了承していない』なんて言っている場合じゃない。こっちは生きるか死ぬかだ。なりふり構っていられない」
 ということでした。

 とはいえ、あれだけ問題になってしまったので、皆、「今回は、吉田所長が悪者になるしかない」と言ってましたね。

   ◇   ◇

 この「55分間の中断」について吉田所長は、東電の調査に対し、「事故の進展を防止するためには、原子炉への注水の継続が何よりも重要と判断して継続した」と説明している。

 一方の東電は武藤栄副社長が、問題発覚を受けて開いた5月26日の緊急記者会見でこう答えている。

「(3月12日の)19時25分ごろ、官邸に詰めていた者から、海水の注入について首相の了承が得られてないと連絡があった。首相の判断がない中でできないという空気を伝え、(テレビ会議で)いったん中断しようと本店と(吉田)所長が協議の上、合意した」

 結果的に、吉田所長は「合意」などしていなかったのだが、東電が「首相官邸の空気」を忖度(そんたく)して、危険な判断に踏み出そうとしていたのは事実である。一連の原発事故の処理を巡って、官邸と東電がいかに「いびつ」な関係になっていたかを表していよう。現場にとって、本社のこうした"姿勢"は許しがたいものだったに違いない。

 そのフクイチの現場では、いまも決死の作業が続いている。それでも、危機的状況は脱した−−とは決して言えないのが偽らざる現状だ。今後の作業はどうなっていくのか。

◆大晦日も正月もずっといる覚悟◆

「建屋カバー」は、なんとか台風の時期の前には設置したかったが、ちょっと難しい。作業は天候に大きく左右される。大きなクレーンで設置するので、少しの風でも作業に支障をきたしてしまうのです。それに、かぶせると言っても、爆発で建屋は左右対称ではなくなっているので、技術的にもなかなか難しい。

 ちなみに、このカバー設置も本社の主導でした。ある幹部曰(いわ)く、「覆いをすれば、グーグルなどで原発の衛星写真が世界中に広がるのを隠せる」ということで、この案に政府も同意したそうです。カバー設置で放射線量の数値が劇的に下がることはないと思います。

 設置は、大手ゼネコン数社が受注しましたが、いまだ契約で話し合いが続いています。工事が必ず成功するとは限らないからです。

 最終的に、チェルノブイリのように原子炉をコンクリートで固める「石棺」にするかどうかという議論があります。実際にシミュレーションもありますが、これは、安定したときの状況次第ですね。

 安定したら、何とか核燃料を外に取り出したい。しかし、その燃料がどんな状況なのか、すでにメルトダウン、さらにはメルトスルー(原子炉貫通)もないとはいえない。飛び散っていることも考えられる。それを把握してからですが、いまのところは「石棺」は考えていません。

 いずれにしても、いま一番の課題は「人」ですね。現場で作業するのは、作業員たちです。暑さと雨の中で仕事ができるのかどうか。これまで、うち(東電)は作業員や協力会社に正直、十分なことをしてこなかった。うちの人間は現場にはあまり出ず、作業員任せというシステムが問題であることはわかっていましたが、現場レベルではどうすることもできなかった。それが事故の重大さを把握できなかった一因でもある。

 現場ではいまも、寝るとき以外は仕事です。食事も最近まで1日2回とれたらいいところだった。本社では休んでいることになっていますが、実際はろくに休んでいません。吉田所長は、こう言っています。

「恐らく今後、年内に安定化できるかどうかが焦点になるだろうが、それは正直、厳しい。クリスマス、大晦日(おおみそか)、正月、ずっとフクイチで過ごす覚悟でいる。私は最後の最後まで、事故が収束するまで、ここを離れない決意です。作業員や協力会社の方々にも申し訳ないが、ご協力を頂きたい」

 その思いで、皆が一丸となって事態に当たっているのです。 

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2011年07月27日

救援、支援活動の人々、自衛隊、警察



破壊的な地震と津波が起きて数時間後に、自衛隊は救助・支援活動を開始した。総勢10万人以上の隊員が東北沿岸の被災地に入ったという。これは、日本の自衛官の40%にあたるそうだ。

日本のメディアでは、報道されないが、物-資を運び、がれきを撤去し、被災者を避難させた。また、不明になっている方々の捜索、救出、亡くなられた方々を収容し、埋葬するという任務を黙々と遂行する。自衛隊は、米-軍と連携し、不眠不休で働いている。

Within hours of going on a destructive earthquake and tsunami, the SDF will begin rescue and support activities. Into the affected areas of the Northeast coast of more than 100,000 members in total. This is 40 percent of the Self-Defense Forcese (SDF). Carry the goods, to remove the debris, evacuated the victims. The search for people who are becoming known, rescue, to accommodate those who died, the missions have been to bury it. SDF, in cooperation with U.S. forces, working in day and night.

Though our media is not a scene, we have to know their tasks with our gratitudes.
posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月20日

放射能から子どもを守る勉強会

「放射線被曝から子供を守る」
 

   ―那須の親たちの取り組みーfujimura.jpg

  8月30日(火)1時半〜3時(開場:1時〜)
   
   アビスタホール
 
  参加費 500円  定員 70名

  主催:「大人の力で子どもをまもる」勉強会実行委員会
  
        我孫子カルチャー&トーク
   

 お申込み/お問合せ     7184-9828(海津)  
                      
ninakaizu@gmail.com

*****************************************
講師:藤村靖之(写真)
那須在住。住民プロジェクト「那須を希望の砦にしよう」呼びかけ人
『テクテクノロジー革命』(大月書店)など、非電化を推進する。
著書多数
科学技術長官賞など受賞多数。工学博士。

100
キロの那須では、子どもを守るプロジェクト推進のため、テキスト『福島原発事故と放射線被曝対策』(1000円)が作られ、必要な知識が分かります。 例)放射線被曝の内容、被曝限度の定め方、放射線被曝対策、吸入による内部被曝・土壌から野菜への移行量の夫々を算出する方法、草の放射能汚染対策・・・等などが含まれています。 テキストは希望者に勉強会の当日にも販売しますが、夏休み前にご希望の方は、上記へお問合せ下さい。

posted by Nina at 17:59| 千葉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

昨日のご報告

三連休最後の18日(月・祝)に「柳宗悦の思想 その面白さ」というテーマの講演会を催しました。
早朝のなでしこJAPANの快挙をテレビで見ていて、講演会のことを忘れてしまったのではないかしらんと思っておりましたら、沢山の方がおいでくださり、その上に講師の武田康弘氏の粋な計らいで「柳兼子伝」の著者・松橋桂子さんもおいで頂けました。


大正時代、白樺派の中心メンバーで民芸運動の創始者であった
柳宗悦・兼子の夫妻は、新婚時代、そして子育ての7年間を我孫子で暮らし、民芸運動、国際交流にも貴重な足跡を残しました。
その柳宗悦が、この地で暮らしながら創り上げた哲学、思想とは何かを『白樺』に造形が深い哲学者・教育者の武田氏に語って頂き、柳宗悦、そして兼子夫人の偉大さを改めて認識した次第です。講演後には、次々に質疑に手が上がり、開場にいらした松橋さんにもお答えいただく場面もありました。不快指数が最高の夏日に、“なでしこ”と『白樺』で爽やかな時間を過しました。翌日には下記のようなメールも頂きましたので紹介です

 
> 昨日は大変お世話になりました。
> いろんな方と出会えて、いろいろ考えることができて、とても良い会でした。
> 私の勝手な感想ですが、「柳宗悦・兼子の碑をつくる会(柳の会)」から、「白樺派を未来に伝える会」に発展させたらどうか、と思いました。
>
> 「柳宗悦・兼子の碑をつくる会(柳の会)」では、どうにも広がりにくい感じがするのです。
> 特に若い学生さんたちは、あまりピンと来ないのではないでしょうか。
> 「白樺派を未来に伝える会」なら、いろんな方の参加が期待できますし、学生さんも関わってみようという気になるのではないかと思います。
>
> ほぼ100年前に我孫子を中心に起きた巨大な文化運動の歴史的意義を明らかにし 、そのかけがえのない文化遺産を後世に発展的に伝えていく事業。
>
> ・・・・・・・白樺派の思想と活動は極めて先進的であり、混迷を極める現代の日本人こそが学ぶべき普遍性を持つものであった。それを学生の皆さん方にも伝えてほしい。本当の「新しい公共」がここから始まるのだ、と。
>
> 柳宗悦・兼子の碑をつくることがあってもおかしくないし、事業の中心はもちろん 、「柳の会」の方々です。
> とにかく、世界に誇れるすぐれた文化遺産なのですから、このままにしておくのはもったいないと思います。
>
> 勝手にいろいろ書いてしまいましたが、今後ともよろしくお願いします。
> ありがとうございました。
>

私が主宰している我孫子カルチャー&トーク(国際理解NPO活動)、そして千葉高校など県内の高校の歴史の先生方が主宰する柳宗悦・兼子の碑をつくる会(略称「柳の会」)、日韓・朝鮮研究会で準備をしてきたものでしたが、早速に参加者から嬉しいメールを頂き、更に喜んだところでした。実際に碑を作るということを究極の目的にするのではなく、あの時代に我孫子で夫妻が芸術家として向き合った凄さ、宗教哲学者・美学者として我孫子に居住した意義をしっかりと後世の人に伝えて顕彰していこうというのが目的だということです。柳宗悦は物心両面どころか、文字通り経済的にも兼子夫人(声楽家)に臆することなく支えられたという事、知れば知るほど20世紀を超越した夫婦が我孫子に住んでいたのです。武田先生(白樺文学館初代館長)に哲学の側面からお話ししてもらえて、またとない貴重な時間でした。 

posted by Nina at 00:43| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月18日

Thanks to friends of the World!


Round 1 Japan 2 – 1  New ZealandWin
Round 1 Japan 4 – 0  MexicoWin
Round 1 Japan 0 – 2  EnglandLoss
Quarterfinals Japan 1 – 0  GermanyWin
Semifinals Japan 3 – 1  SwedenWin
Final Japan 2 −2    U.S.A.Win

Nadeshiko Japan is the Japan women's national football team, became  the best female players in the world 2011. The team played the U.S.A. and won the final on penalties after the game finished 2-2 after extra time in this very early morning,on 18 July. 手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)

"Nadeshiko Japan" was a nickname of the team7 July 2004 by chosing from among about 2,700 entries.    "Nadeshiko", a kind of dianthus, comes from the phrase "Yamato Nadeshiko"(大和撫子, "ideal Japanese woman").

The "Japan Women's Football League" (L. League) was established in 1989,  and the women’s national team qualified for the "1991 FIFA Women's World Cup" in China.  L. League has been going to be popular, however, in 1999, Japan failed to qualify for the 2000 Summer Olympics, and this helped to cause the withdrawal of a series of teams from the L. League. Japanese women’s football was on the verge of decline.

Homare Sawa in 2011.JPG
photo by wikipedia; transferred to Commons by User:Kafuffle

Sawa Homare(澤穂稀)lead the Japanese national team as captain to a World Championship victory and received the Golden Boot and Golden Ball awards as the top scorer (5 goals during the 2011 World Cup) and top MVP in the tournament. After a 2-2 tie in front of a sellout crowd in Frankfurt Germany (with 1 goal by Sawa in the 117th minute),Japan won the penalty shootout 3-1, defeating the U.S.A. to win their first ever FIFA World Cup.パンチハートたち(複数ハート)

posted by Nina at 10:48| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月17日

安全基準はあくまで年間1ミリシーベルト、0・19マイクロシーベルト/時です

年間20ミリシーベルト、それを基に算出した3・8マイクロシーベルト/時という数値は、ICRP(国際放射線防護委員会)が緊急事故後の復旧時を想定して決めた値です。それが一般生活者の基準になっていいわけがありません。一般人の安全基準はあくまで年間1ミリシーベルト、0・19マイクロシーベルト/時です」(元放射線医学総合研究所主任研究官・崎山比早子氏)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/9839?page=3


「週刊現代」で、首都圏で放射線量を独自に調査した。その結果は、予想以上の汚染を証明するものでした。 以下に掲示する数値が、一つの判断材料になるのではないか。これまで日本における通常時の線量は0・1以下であり、崎山氏が言うように、0・19が安全かどうかの重要な判断基準になる、という原則を心に留めておいて、「週刊現代」を発行する講談社(東京・文京区)を周りを調べれば、サーベイメーター(線量計)は0・22マイクロシーベルト/時(以下、単位はすべて同じ)の値を示していたのは脅威だったという。池袋駅から山手線に乗り、移動しながら各駅の線量を調べたのが下記の数値です。

 駅名 区名  線量
池袋 豊島区   0・14
新宿 新宿区   0・15
渋谷 渋谷区   0・16
品川 港区     0・15
東京 千代田区 0・15

 ここから銀座一丁目交差点(中央区)が0・20。さらに、築地市場の移転が計画されている豊洲(江東区)に足を延ばすと、 豊洲駅前が0・24、市場移転予定地(更地)が0・25。ここまでの調査で、文京区と豊洲が0・19を超え、思いのほか高いことがわかった。
 東京大学、お茶の水女子大を抱える文教地区で、高級住宅街でもある文京区が高いとなると、住民に与えるショックは大きい。区の職員が匿名で明かす。
「東京は坂が多いことで知られますが、不忍通り、目白通り、本郷通りに囲まれた文京区は大部分が『谷底』です。その地形が影響しているのでしょう」
 その推測は恐らく当たっている。放射性物質は空気より重く、低いところに集まる。急な坂にぶつかるとその手前で溜まる。ちょっとした地形で線量が変わることの見本が、都内では文京区なのだ。
 豊洲については、4月に来日したジョージア大学のチャム・ダラス教授が高線量を指摘して話題になった。ダラス氏はチェルノブイリ事故の米共同調査チームの代表を務めた人物だ。
「確かに豊洲は福島県の郡山市より高い。以前あった火力発電所や重工業にも原因があるのではないか。いずれにせよ子供は注意すべきだ」(ダラス教授)
 放射線量は複合的な環境要因で決まるので、ダラス氏の指摘にも一理あるだろう。しかし、本誌の今回の調査では、江東区は豊洲だけでなく全体に線量が高いことが判明した。
 さらに言えば、江東区から江戸川区、葛飾区、足立区までを含む東京23区東部にはっきりとした「汚染ベルト」が存在することがわかったのだ。以下にその数値を挙げていく。

・江東区 砂町水再生センター正門前 0・28
・江戸川区 葛西水再生センター北門前 0・30
・葛飾区 金町浄水場正門前 0・38

 浄水場、水再処理場付近を選んだのは、そこが住民生活に直結する場所だからだ。北上するにつれて数値が如実に上がっていく。記者の持つ線量計は放射性物質を検知するたびに「ピッピッ」と音がするのだが、その頻度が明らかに増えていく。


「半減期約29年のストロンチウムが体内に入ると非常に危険です。カルシウムに似た性質で、歯や骨に蓄積される。海中に放出されたストロンチウムが生物濃縮され、いま陸に飛んでいる量とは違う単位で人間の体内に入ることになれば、重大な健康被害を及ぼす可能性があるでしょう。ストロンチウムの出すβ線はガンのリスクを高め、また骨髄に集まるので白血病の危険性も増大します」(前出の崎山比早子氏)


2011年06月27日(月)
週刊現代

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東北被災中学生の学習サポートへの協力を

船橋の知人より、下記のようなお願いのメールが来ました。
教えた経験のある方はまずは見学に来てほしいとのことです。
学習階への協力者が多いと夏休み対策もしやすく、日数のやりくりにも有り難いとのことです。

----- Original Message -----
 
Sent: Friday, July 15, 2011 7:33 PM
Subject: 21日(木)東北被災中学生の学習サポート案内と協力のお願い

福島からの受験生サポート、学習サポートのボランティア募集、まず中学生向け(高校生は準備中)をスタートします。

千葉県公立高校入試問題を素材に、中学の5教科の復習をしています。

中学生たちは、明るくふるまっていますが、言葉や態度の端々に被災のショックがにじみ出てきます。


学習サポートは学習面にとどまらず、精神的サポートになるとの感触を持っています。
もちろん、被災中学生の受講料は無料です。

以下の日程で7月21日(木)に、まずは見学を実施します。経験者はぜひ見学いただき、ご協力ください。

船橋駅徒歩5分が学習サポート室、船橋駅までおいでいただければご案内します。
090-4075-5067(朝倉)に電話ください。

7月21日(木)
10〜12時 数学 
1〜3時  理科   
3〜5時 英語  

講師をお引き受けいただく方は交通費(2000円以内)出します。
今のところ、理科を担当する朝倉幹晴(駿台予備学校生物科講師)を中心に、数学・英語・社会に講師予定者がいます。他にも数人の講師がいると時間を多く教えられます。現時点で、特に国語を教える人がいないので探しています。理科も第1分野もやっていただくと助かります。
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2011年07月15日

前人未到 1046勝

魁皇が、相撲史上初の1046勝を達成した。日本人力士が激減する一方で、不祥事が続く相撲界だが、23年間も現役力士として頑張っている。みんなの声援にこたえるために相撲を続けるのだというが、激しい体当たりのスポーツであるのだから並大抵の努力ではない。

このところの日本の明るい話題はスポーツに支えられている。福島の高校球児たちはチーム編成が不可能になったため相双連合のチームが作られた。甲子園に向けて声援を受けた。

首相の辞任がカウントダウンの中で政治は一向に振るわない日本だが、くさっていてもしょうがない。一人ひとりが、自ら出来ることを考えて、時間のかかる復興への歩みを続けるしかない。
なでしこJAPANの快進撃も元気を与えてくれている!
posted by Nina at 23:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

なでしこJAPAN

妥協しない、最期まで諦めない!
日本女子(やまとなでしこ)の本領発揮、欧米人選手との身長の差も、有力チームに挑戦していくたびに乗り超えている。夢(志)の大きさでは今や世界一、最終日には大輪の花を咲かせて欲しい。放射能・津波・地震で苦しむ日本の状況を世界中が理解している。だから、ぐんぐん力をつけて成長しているなでしこJAPAN"の姿を心から応援してくれているようだ。いい試合をして、日本国民が元気づくように、復活するように、願ってくれているのを感じる。
既に銀メダルまでは決まった。来週月曜日(祝)のキックオフ、視聴率はこのところの湿度気温のように最高潮に達しています。
”なでしこJAPAN”、日本女性の淑やかで凛とした美しさを讃える別称「やまとなでしこ}の意味は忘れられてたようですが、この際、思い出させてくれました。戦後復興で、家族を支えようと立ちあがり、まず未来へ目を向けたのは女性たちでした。
そして、2011、3.11後、明るい彼女たちの笑顔が復活する日本の象徴になると信じて、応援しよう! 
posted by Nina at 09:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

4 months after after Fukushima earthquake

原発に東京都ハイパーレスキュー隊も放水に加わっていた


People in Fukushima and other earas have been cheered by support from the world but still ...

Orphans of Tohoku
They have stayed at a sheltry giunagium because their relatives also lost their house.
(you may see Youtube if you click a red button)
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3063

Kids of Tohoku wrote their memories:
they lost their house,mother and father or all. They have to start their life without them. 
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3062

posted by Nina at 20:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

校庭、園庭の土除去

ホットスポットへの不安が言われるようになって、並木小の校庭の放射能汚染値が市内でも特に高いとわかり、保護者達で汚染低減しようと、7月9日に集まって、土の表面をスコップで削り、学校裏の凹地に捨てたということだ。市内の私立幼稚園では自主的に土の表面を除去したという。市外の保育園に通わせている祖父母からも、測定したいと私のところにも相談があったので測定器をお貸しした。

SPEEDIの公開をしていれば、東北ばかりでなく、放射能物質の汚染が広がっていることが早く認識でき、対処が早かったのにと悔やまれる。稲わらへの汚染によって、肉牛への汚染は全国に広がって、既に販売に至っており回収騒ぎになっているが、国民の自主努力でモニタリングがされるようになってホットスポットが言われるようになり、SPEEDIを公開するなどでは危機管理、対処があまりに遅い。避難地域の人たちへの内部被曝の危険性も説明が今頃されていたり、学校が自主的に健康調査の手帳を作って渡したりしているのだとニュースになっていた。ひょっとしてチェルノブイリ事故より官制統制が利きすぎているのではないかという気にさえなる。
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2011年07月09日

パキスタンの核の父、今を語る

I Saved My Country From Nuclear Blackmail"

国際社会の「誤解」、パキスタン指導者たちへの失望──短期間でゼロから核開発を成功させた科学者・アブドル・カディル・カーン(科学者)が今だから語る怒りとジレンマが、Newsweek 翻訳されていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 パキスタンの核開発計画はずっと、欧米諸国の不当なプロパガンダやいわれなき非難の標的になってきた。はっきり言わせてもらおう。パキスタンが核開発に走ったのは、インドが74年5月に核実験を行ったからだ。それを聞いて私は急きょ祖国へ戻り、核による抑止力を構築して、インドの「核による脅迫」から守るために働いた。

 ヨーロッパで15年を過ごし、ウラン濃縮の技術を身に付けた私は、75年12月に帰国し、当時のズルフィカル・アリ・ブット首相から核兵器の開発を委ねられた。84年12月10日には、当時のモハマド・ジアウル・ハク大統領に、命令があればいつでも核実験を行えると報告している。

 80年代後半までには核技術の信頼性も向上し、90年代前半には核弾頭の発射システムも完成した。自転車のチェーンさえ作れなかった国が、欧米諸国の妨害をものともせず、短期間で核ミサイルの保有国になれた。まさに偉業である。

 わが国の核開発の現状について、私はほとんど何も知らない。パキスタンの主要な核開発施設であるカフタの原子力研究所を辞めてから、もう10年になる。

 これは私の推測にすぎないが、今は核攻撃システムの設計を完成させ、巡航ミサイルに搭載できるよう小型化する作業に注力している段階だろう。先制攻撃を受けても反撃できるだけの弾頭数を確保する必要もある。

 忘れてならないのは、核兵器を保有する国が敵に侵略され、あるいは占領され、あるいは領土を奪われた例はないという事実だ。

 イラクやリビアに核兵器があったら、あんなふうに破壊されることはなかっただろう。パキスタンが71年以前に核兵器を保有していたら、(第3次印パ戦争での)不名誉な敗北の後に国土の半分(現在のバングラデシュ)を失うこともなかったはずだ。

 パキスタンが核開発に費やした金額について、国際社会の理解は完全に間違っている。スタート時の予算は年間1000万ドルにすぎず、最も多い時期でも年間2000万ドルだった(スタッフの人件費や医療費、住宅費、光熱費から物資の調達費まで、すべて含めた金額である)。これでも近代的な戦闘機1機の値段の半分だ。

 こうした事実について無知で、しばしば外国に雇われているパキスタン人たちは、わが国が核開発計画に法外な金額を費やしていると吹聴しているが、まったく根も葉もない主張だ。

 インドもパキスタンも、冷戦時代に戦争を防いだ「相互確証破壊」の原理を理解している。どちらが先に核兵器を使おうと、結局は両方とも破滅を避けられない。だから軍事的な小競り合いはあっても、両国間に核戦争はあり得ない。

核抑止力を得ても変わらない現実

 私たちは祖国パキスタンが自信を取り戻し、敵国の攻撃に対する抑止力を持つために核兵器を開発した。そうして国の主権が確保された以上、次は国民の生活水準を引き上げることに注力すべきだと、私は歴代の政権に提言してきた。

 残念ながら、その後の無能で無知な支配者たちは、そうした国民の利益のための努力を怠ってきた。国民の暮らしは、経済制裁を受けていた20年前や40年前に比べても、ずっと苦しくなっている。それを思うと、私の心は痛む。

 核兵器はわが国に鉄壁の守りをもたらした。インドとの対立が解消されるまで、この抑止力を維持していくしかない。

 そしてこの抑止力は、両国の新たな平和の時代へとつながっていくものだ。かつて敵対していたドイツとフランスが今は平和的に共存しているように、パキスタンとインドが仲良く共存できる日を、この目で見たいと願っている。

出典:http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/06/post-2165.php
[2011年5月25日号掲載]
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2011年07月07日

熱中症対策

雨がない七夕、これから暑くなりそうです。熱中症対策は、めまい、筋肉痛、吐き気、症状が出始めてからでは、遅い。経口補水液(水1リットルに砂糖おおさじ4杯、小さじ1/3混ぜる)を取るとスポーツドリンクより更に良い。また、変調を感じたら脇の下、楚警部を冷やすなどをすると体温を速やかに下げるのに効果が高いという。
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

柳宗悦の思想 その面白さ

日本全国で不安定な陽気、大雨が続いて起きています。

電力不足への節電要請、放射能汚染の広がり、ホットスポットだと言われて落ち着かない上に、そんな中で復興相の発言による辞任劇、あいかわらずに東北被災地に対する長期的展望に立った方向性が示されないのを見るのは非常に残念な状況です。

朝鮮.jpg 

クリックすると拡大↑
さて、爽やかに日韓高校生の国際交流を続けている千葉県内高校教師(千葉高校、小金高校たちで日韓・朝選関係研究やホームステイを行う。)のグループ「柳の会」と、我孫子カルチャー&トークとで講演会を準備しています。柳宗悦の民芸運動の持つ意味を我孫子の多くの市民の方にもっと知っていただこうとの企画です。我孫子を良く知る機会になります。どうぞ、ご参加ください。



「柳宗悦の思想 その面白さ」

1. 日 時 2011年7月18日(月・祝) 

         15:00〜(14:30より受付)             

2.場 所 我孫子市民プラザ 会議室1

 (我孫子駅北口:あびこショッピングプラザ3階)                   

3.資料代 500円

大正時代、白樺派の中心メンバーで民芸運動の創始者であった柳宗悦・兼子の夫妻は、新婚時代、そして子育ての7年間を我孫子で暮らし、貴重な足跡を残しました。

その柳宗悦が、この地で暮らしながら創り上げた哲学、思想とは何かを『白樺』に造形が深い哲学者、教育者の武田康弘氏に面白く語って頂きます。

    主催  柳宗悦・兼子の碑をつくる会(略称「柳の会」)

           我孫子カルチャー&トーク                        
   問い合わせ  090-8495−8834 (佐々木)

 

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2011年07月04日

放射能対策に希望

野呂美加さんのお話をつくし野の近隣センターに聞きにいきました。90人近い小さな子どもを持つ若い親たちが、2時間半に真剣に聞いていました。野呂さんのNPO活動「チェルノブイリのかけはし」は、ドイツで始められたチェルノブイリの子どもを受け入れて保養させていこうとの声に応え、20年継続してきたものでした。

講演を聴いたお陰で、子どもが放射能の影響を受けたとしても、こうした取り組みによってかなり救われる部分もあると少し希望が湧いてきました。
つまり、ベラルーシ(国土の約7割被爆)の子どもたちをこれまでは放射能に汚染されていない日本で過ごさせて、色々な試みを20年の間に続けてきたところ、回復する可能性もあるのだと明るい展望を見いだせる内容をお話下さったからでした。すでに各地でも講演をされていて、本日の内容とほぼ同じで、Youtubeに掲載されているのでご一覧いただければと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=Vn1VtTHcajQ&feature=mfu_in_order&list=UL

野呂さんは、次のような事を特に強調して言われました。
「数値は関係ない。もともとの放射能(バックグランド)に戻すようにするか、しないかの大人の覚悟です。怒るべきです!」
「水たまり、芝生、樹の根元に放射能が溜まりやすい、次世代の負荷を少しでも除染してほしい」
「子供達を安全な所へ移して、安全なものを食べさせるとダメージ回復はできる」
「(放射線量)汚染させている所は土なので 地表を測らないと意味がない。 地上1mの空間線量ではこどもには無意味」
「 母親の笑顔、愛情が子どもの安心、免疫を高めるが、母親の怖い顔は放射能被害より怖い!?」
「放射能の中に入っていく経験もしたけれど、非常に怖いことです。更に恐ろしいことは作業の現場にいく方だと思います。至高の使命感で身代わりになってくれている人がいること、愛がなくては出来ない行為です、それをけして忘れないで欲しい。」
「放射能は恐ろしく酸化を早めるのをおみせしたが、酸化しやすいスナック菓子は食べさせないで、酵素の多い新鮮な果物を摂ってください。」

次の点が分かったことは救いでした。
20年間チェルノブイリの子ども達を日本に受け入れるNPO活動で分かってきたことは、保養して、汚染されていない食べ物、空気の中で暮らしていると、溜まった放射能を排出して、子どもが回復する、体内放射能が不検出になる。特にEM酵素の摂取での効果が分かって来た。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/474.html
 
ガンバろう 我孫子@東葛ホットスポット

posted by Nina at 17:54| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

AERAの記事について


次にAERA6月20日、記事の本文より一部抜粋。


―子どもが高血圧にも―


ヨウ素131は揮発性が高く、原発事故が起こると漏出・拡散しやすい。しかも取りこむと、主に甲状腺に蓄積してβ線やγ線を出し、甲状腺がんなどを引き起こす。


セシウムも揮発性が高く漏出・拡散しやすい。化学的性質がカリウムに似ているため、全身の筋肉や生殖腺に蓄積する。筋量が少ない女性は、乳腺や子宮にも蓄積されやすく、乳がんや子宮がんの要因ともなる。


チェルノブイリではセシウム131が約8.5京ベクレル放出された。放射線医学総合研究所元主任研究官の崎山比早子氏はその影響はがんだけではなかったと指摘する。


「ベラルーシの研究者が最近発表した論文では、高汚染地域の子どもたちの約半数が高血圧になっていると報告されています。セシウムが心筋に沈着しているためだと考えられます」


事故後70回近く現地を訪れ、医療支援などを続けてきたNPO「日本チェルノブイリ連帯基金」の神谷さだ子事務局長も、こう証言する。


「子どもたちが疲れやすくなったり、風邪をひきやすくなったという話を、母親や学校の先生たちから何度も聞きました。セシウムが胸腺などの免疫系に蓄積し、免疫機能の低下を招いているからだとみられています」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こういう重要なことが週刊誌に書かれ、なぜか新聞はこういうことを報道しません。

同誌の、『見えない「敵」と闘う母』の記事には胸にくるものがあります。旦那さんや義父母、友人などと意見が食い違い、一人で闘ってい
子どもを守るために必死になるお母さんたちが神経質だとか、過剰反応などではなく、子どもを守るための当然のお母さんの行動です。

煽るわけではなく、大丈夫ではない、ということを広くみんなが意識し、少しでも良くしていくように考えないと何も変わらないから。


posted by Nina at 15:36| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月02日

「電力業界を保護しようとする態度がゆるせない」と、楽天・三木谷会長、経団連を退会

 楽天の三木谷浩史会長兼社長は30日、インターネット動画配信サイト「ニコニコ動画」の番組に出演し、経団連を退会した理由について、「経団連の言うことが日本の産業界のコンセンサスだと思われているが、実は違うということをクリアに示したかった」と語った。

 楽天は2004年秋に経団連に入会。三木谷氏は当時の奥田碩会長(元トヨタ自動車会長)時代を振り返り、「経団連は日本の競争力を上げるためにどうすべきかを考えるべきだ。私が入会していたころは、奥田会長を筆頭にやっていた。ところがいつのまにか元の形に戻って、非常に保守的になってしまった」と現状を批判した。
 三木谷氏は5月下旬、ツイッターで「電力業界を保護しようとする態度がゆるせない」と経団連を批判。6月23日に退会届を出した。


出典:朝日新聞(6月30日)

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2011年07月01日

“Nuclear Ginza"

報道カメラマン・樋口健二は、3月11日以降、「隠された被曝労働者」によって日本でも知られるようになっています。これまでは、イギリスでその活動が知られてきました。最近の講演の様子が下記で分かります。
http://www.youtube.com/watch?v=qhBTJZeI8zs

1987年、ニューヨークでの第1回核被害者世界大会で日本の原発被曝の実態を報告してきていましたが、1995年には英国の公共テレビ局チャンネル4のリポーターとしてドキュメンタリー「隠された被曝労働 〜日本の原発労働者〜」("Nuclear Ginza")において原子力発電所における労働災害を取材。各地での講演活動も活発に行っていました。2011年の福島第一原子力発電所事故以来、樋口氏の仕事が注目を浴びてきていましたが、100人以上もの作業員がゆくへ不明のままでいることでもいよいよ気になります。
posted by Nina at 15:36| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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