開催国が韓国でもあり、中国ばかりでなく、沖縄、台湾からの参加者も日本国の謝罪の不十分さを指摘されました。そういう中へ日本人としてあえて行って話をするという、居心地の悪さを予想しながらも、21世紀の各国が真の理解へのプロセスをどう創れるのか、次世代の人々が和解していける可能性を見出せるのかどうなのか、私はそれを探る為に参加しました。
●NGOの可能性
私が参加した分科会では、「領有問題と歴史問題におけるNGOによる平和和解の可能性について」、大学教授、NGO、研究機関の専門家などと話し合いをしました。出発前に、参加用のペーパー(英語)の提出を求められていましたが、それを冊子にして配布してくれました。韓国、インドネシアの参加者からは日本の領海、歴史への認識の指摘や、マレーシアからはミンダナオ島の領有問題、バングラディシュからは子供たちのトラフィキング(拉致されてインドで使役に使われたり、臓器移植の対象になるなど)など様々に国境間の問題があるとの課題が提示がされました。ロシアの研究者(スエーデンで平和研究所勤務)は、冷戦後更に紛争が増加したとのデータ説明がありました。カメルーンからは、一部地方の独立問題について話してがでました。中国、米国のNGOは歴史認識・領有の問題について、その解決法を探る真摯な提案がなされました。そうした中で私は、我孫子の事例として柳宗悦夫妻(治安維持法下においての、光化門破壊反対の運動)のされた努力、そして戦後の我孫子市民による平和記念碑の取り組みなど、市民レベルでの平和の取り組みを話して、理解を深める努力をしてきました。
その他、テーマごとの分科会に幾つも分かれており、ナイジェリア、フィリピン、カナダなどからも様々な問題の提起がありました。今後の平和構築の為にどんな努力が出来るかの話合いがされていましたが、全部を回ることは不可能な数です。それら参加者の中には、9条について触れる人もおり、海外でも平和憲法への認識は広がりつつあると感じました。9・11まではそうした認識は国外にはなかったように思います。話合いの外に、映画の上映もありました。
たまたまアイリス・チャンの伝記的映画「レイプ・オブ・ナンキン」を見ました。執筆活動によって、南京大虐殺を取り上げてセンセーショナルな時の人になった彼女は、その後かなりの記述の誤りも指摘されてもいましたが、自殺したのを知り改めて驚きました。
基調演説をされた台湾の代表者の女性は高尾族の出身で、南京で起きたような日本軍の狼藉を指摘しながら古い写真をパワーポイントで映し出し、お祖父さんの話をして激昂されていました。
日本を取り巻く、東アジアにおいて歴史と領有の和解努力を進める為にミディエイター(仲裁者)が必要であるとの声もあり、なる程と思いました。どちらの領土として明確にするかいがみ合いで平行線を延々と続けるよりは、インド国境に儲けたピース・ゾーンの考えかたを試行してみてはというのに共感しました。
それぞれが相手を尊重して、じっくりと話を聞き、そして、互いの考えを伝えていける時間を共有できると、理解に到達する努力は出来る可能性はあると思えました。もちろん、けして易しいことではありませんが、21世紀は、平和をつくる世紀にするよう人類の叡智を集めて、努力を続けなくてはいけないと、それぞれが確認しました。今回のような、こうした和解努力を支持して、さらなる努力を継続していくように、連絡を取り合おうと約束し、閉会(11日)しました。
これからは、やはりインターネットなど、情報技術が不可能を可能にしてくれると期待できます。それにしても、言葉(語学)は大事です! (海津)